第62話 激突
イリアは、ふと我に返った。
どれぐらい呆然としていただろう。
何もする気が起きなかった。
桐子はモエを連れて逃げろと言ったが、既にモエの姿は無かった。
イリアはハルバードを、ゆっくりと拾い上げてた。
ガレージの火事は、だいぶ収まっていた。
その代わりに月明かりが復活していて、周囲をほのかに照らしている。
残酷な光景は銀世界を無機質なものに変えてしまった。
少女達の遺体の周りには血が黒く染み付いている。
流れ出た血は雪に吸われたせいか、その領域を拡げることなく遺体に纏わりついている。
もはや噴火や地鳴りのことなど、どうでも良かった。
桐子達の遺体を埋葬する気力もイリアには無かった。
1人でどうにかなるものではない。
桐子、乙葉、梢、利恵、愛衣。
もう、誰が生き残っているのかを考える余裕が無い。
乙葉は先ほどまで息があったようだが、今は反応がない。
イリアとモエ、闇の中に消えて行った望海。
その3人の他に誰か居ただろうか?
いや、はじめにこの島に来た時のメンバーすら全員思い出せない。
あてもなくイリアは歩いた。
トボトボ歩きながら、いつの間にか無意識に足跡を辿っていることに気付いた。
「足跡……」
それが望海のものであることに気付くには随分と時間を要した。
彼女への怒りはある。
だが、それは強いものではないように感じられた。
持続しない憎しみ。膨らんでは萎んでしまう復讐心。
それなのに、なぜ未だに武器を手放せないのだろう?
イリアは右手のハルバードを眺めた。
その目に生気は無い。
まるで場違いなものを寝ぼけ眼で見つめるようにイリアはハルバードの先端が鈍く光るのを見つめながら歩いた。
しばらく歩いたところで道の真ん中に赤みを帯びた石碑がぽつんと設置されているのに気付いた。
よく見ると足跡はそこまでで終わっている。
「妙だわ……この石碑。全然、雪を被っていない……」
イリアはリュックからスケッチブックを取り出す。
「この地図には載っていない石碑?」
確かに見張り小屋の落書きにあった星印は緑の石碑があった位置と一致していた。
だが、星印は全部で6つ描かれていた。
一対は砂漠のストーンヘンジとジャングルを繋ぐもの。
もう一対は雪原と民宿側の山の中腹を繋ぐものだ。
残る星印は湿原帯の隅、それも岬に近い箇所と森の中だ。
そのどちらも現物は発見していない。
地図上にはあるが、それらしい場所に実物は無かったと思われる。
「どこに飛ぶんだろ……」
イリアはフラフラと石碑に歩み寄り、何気なく手を触れた。
『フシュッ!』
イリアの周囲に生じた音と空間の歪みは他の石碑と同様だった。
無気力なイリアは何ら抵抗することなく流れに身を任せた。
そして次の瞬間、熱い空気に包まれた。
「熱い……」
目を開けるとオレンジ色の眩い光が目を刺した。
暗い所から急に明るい場所に出たせいで目が慣れない。
「ここは……どこ?」
イリアは周囲を見回す。そして戸惑った。
「こんな場所、あったっけ……」
はじめは鉄工所の内部かと思った。
左手にオレンジ色の液体が流れ落ちるのが見えたからだ。
それは熱せられた鉄が流れ出ているように見えた。
だが、足元はゴツゴツした岩場になっている。
しかも所々にオレンジ色のひびが入っている。
洞窟の内部だと気付くまでに少々の時間を要した。
高い天井は岩石のドームのようになっていて、鍾乳洞によくある突起物が上からも下からも無数に生えている。
右手には赤く盛り上がった箇所があって今にもマグマを吹き出しそうな具合だ。
何となくではあるが、ここは噴火した山の内部なのではないかと思われた。
戸惑うイリアの足元が『ビシッ』と跳ねた。
細かな石が飛んできてイリアの顔に当たった。
「痛っ」と、イリアが顔を歪める。
そして顔を上げて前方に立つ人影を認知した。
人影の正体は望海だった。
彼女はライフル銃を放ると双剣を手に持った。
そして声を掛けてくる。
「なんだ。アンタか」
望海はそう吐き捨てると首をグルリと回した。
「望海……」と、イリアが呟く。
そしてその目に力強さが戻ってくる。
「モエかと思った。けど、アンタでもいいわ。どのみち戦うことになるだろうから。負ける気はしないけど」
望海はそう、うそぶいた。
イリアは、ツインテール桐子への銃撃を非難する。
「なぜ撃ったの? 理由も無いのに! 酷すぎる!」
望海は「は?」と、馬鹿にしたような表情を浮かべる。
そして意味深な笑みを浮かべて胸を張る。
「生き残るためよ」
今度はイリアが「は?」と、言う番だった。
「頭、おかしいんじゃないの?」
イリアの問いに望海は首を振る。
「分かってないね。アタシ達は最後の一人になるまで殺し合うのよ」
イリアは強く頭を振って望海の言葉を拒否した。
「バカなこと言わないで!」
だが、それはイリアにも分かっていたことだった。
桐子と行動を共にする間に、その可能性について何度も思い当たった。
桐子は『閉鎖された空間でボク達が殺し合うよう誰かが仕組んだ』という説を主張していた。
望海はフッと笑って言う。
「小屋の落書き。あと3人とか書いてあったわよね。ヘレンから聞いたでしょ? あれは事実。アタシ達と同じことが、この島であったって考えるのが自然だわ」
イリアはそれを否定することができない。
恐らくその考えは当たっている。
望海は大きく深呼吸すると「ああああっ!」と、叫んだ。
すると彼女の膝、腕、肩、頭がそれぞれ発光し始めた。
そして甲高い破裂音と共に防具のようなものが出現した。
望海は、それを見せつけながら言う。
「どうやら戦う意志を持った時に、これが出るみたいよ」
それはテレビアニメや漫画に出てくるような戦うために変身した者のスタイルだった。
白で統一された防具は金細工が施されていて、まるで貴族が美しさを競う為に作らせた鎧のパーツのように見えた。
頭を保護するヘッドギア、肩パッド、丸い盾が着いた二の腕、膝上のロングブーツ。
それらが下着姿の望海に装着されている。
イリアは後ずさりした。
「い、嫌……戦いたくない」
望海はそれを見て無言で腰の辺りをタップした。
すると『パヒュン』という音がして、彼女の目の前に大剣が現れた。
「へええ。随分と大げさな剣ねえ。で、どんな能力を使わせてくれるのかな?」
それは桐子の大剣だ。
言うまでもなく、望海は桐子を殺したことでそれを奪ったのだ。
それを目の当たりにしてイリアの闘志に火が付いた。
「許さない……」
イリアは「あああっ!」と、気合を入れる。
すると彼女の膝、肩、肘、足先に望海のそれと同じような防具が出現した。
それと引き換えにイリアの衣服は消失して下着だけとなってしまった。
望海は双剣を構える。
「やっとその気になったみたいね。いいわ。来なさいよ」
その余裕はどこから来るのだろうか?
何人かの武器と能力を奪ったことで自信を持っているのかもしれない。
イリアは警戒しながらも覚悟を決めた。
この期に及んで命が惜しいとは思わない。
―― どうせ殺し合う運命なら全力で桐子の仇をとってやる。
イリアはハルバードをぎゅっと握りしめ、最初の一撃に備えた。
一歩、前に踏み出す際にイリアは軽く足首を回してみた。
思ったより防具の可動域が大きい。
これなら自由に動けそうだ。
続いて肘当てに触れてみる。
見た目は高価な陶器のように白くてスベスベしている。
だが、異様に硬い質感を持っている。
肩と膝のそれも丈夫なものに違いない。
恐らく、望海が身に着けている防具もイリアと同じようなものだろう。
肌の露出はお互い様だ。
イリアはハルバードを両手で持って足を開き気味に立ち、オープンに構える。
大きく息を吸って、ゆっくりと吐く。まずは防御だ。
真正面に立つ望海はジリジリと距離を詰めてくる。
―― どのタイミングで攻めてくるのか?
イリアは視線を逸らさない。
そして望海の足元を注視している。
望海は挑発するような半笑いを浮かべながら双剣を『ハ』の字に構えている。
時折、水蒸気の噴き出す高音が周囲で生じた。
溶岩流がもたらす熱とオレンジの明かりがイリアの白い肌を火照らせる。
先に望海が動いた!
望海はユラリと蜃気楼のように身体を揺らすと、急にスピードを上げてイリアの懐に突っ込んできた。
その動きはまるで相手ディフェンスを翻弄する為に、わざと緩い動きを見せるフェイントのようだった。
不意を突かれたイリアの反応が遅れる。
望海は右の剣を内側から外に払う。
だが、それはフェイントで、狙いは左の剣での突きだった。
一発目をハルバードの柄で受けたイリアだったが、二発目の突きに反応できない。
辛うじて姿勢を低くすることで肩口の防具で剣先を受ける。
『ガキィン!』と、金属音が響く。
イリアは、ちょうど肩でタックルするように望海の剣を押し返した。
「ちっ!」と、望海は剣を引っ込め、半回転するといったん距離を取る。
イリアは、ここで望海が連続攻撃を仕掛けてくるとみて、ハルバードを身体の前で斜めに構えた。
だが、望海は数歩下がっていく。
それを見てイリアは左腕の痣をタップして鎖鎌を取り出した。
そして遠心力を利用して重りを飛ばす。
鎖が猛烈なスピードで望海の足元に伸びていく。
「フン!」と、望海は鎖の軌道を読み切って一歩下がる。
ところが、躱したはずの鎖が『クンッ』と一伸びして重りが望海の足にヒットした。
しかし、巻き付くまでには至らない。
「痛っ!?」
目測を誤ったというよりは、まるで鎖が伸びたように見えた。
「なにコレ!?」と、望海が驚愕する。
すると今度は鎌の部分が飛んで来た。
鎖を従えて飛来する鎌は、イリアが手元で、ひとしごきしたことで途中で軌道が変わる。
まるで蛇が飛び掛かってくるように鎌が迫ってきたことで望海は焦った。
「なっ!?」
望海は右の剣で鎌を受けようとする。
だが、飛来する鎌のスピードについていけず目測を誤った。
『ザクッ!』「痛っ!」
望海の剣では完全に弾くことが出来なかった。
直撃は免れたが手先を鎌に引っ掻けてしまった。
そのせいで手の甲に深い切り傷が刻まれる。
想定外の変則的な攻撃に望海は狼狽する。
続いてイリアはハンドガンを取り出して発砲した。
『バン!』『バン!』と、立て続けに望海を狙う。
だが、精度は高くない。
イリアの射撃は大きく外れてしまう。
やはり片手では反動で弾が大きく逸れてしまうのだ。
それでも望海の足を止めるには効果があった。
望海は「くそっ!」と、どちらの方向に動くか迷った。
続けてイリアが『バン!』『バン!』と、発砲する。
先程よりはマシだが命中には程遠い。
望海は前に出て接近戦に持ち込むことも考えたが躊躇する。
やはり飛び道具は怖い。
『バン!』と、5発目が放たれたところで望海が痣をタップする。
『バン!』と、6発目を撃ったイリアが標的を見失う。
「え!?」
望海の姿が消えた。
が、イリアは慌てない。感覚を研ぎ澄ませる。
と、そこに背後から大きな牙のような槍を持った望海が迫る。
その気配を察してイリアは振り返り、槍の先端が突進してくるのを躱わした。
そしてハルバードを半回転させてカウンターを狙う。
望海が「うそっ!?」と、仰け反る。
大きな槍は両手でなければ持てない。
しかも直線的な動きの為、躱されてしまうと無防備になってしまう。
そこを突かれた望海は槍を手放して超スピードでの回避を余儀なくされた。
すかさずイリアがハルバードの鉾先を突き出す。
それを望海が横に避けたところに追い討ち気味に鉾先を振る。
望海は腕の防具でそれを弾く。
『ガチンッ!』と、火花が散るような衝突で望海の腕が痺れた。
望海は顔を歪めながら「やったな!」と、腰の痣をタップする。
すると彼女の目の前に大きな剣が『ボフン』と出現した。
望海は柄の部分を引っ手繰ると、それをイリアの立つ方向に押し出すように振り下した。
「くっそぉおお!」
突然、目の前に現れた大剣にイリアが目を見開く。
「うああああ!」と、イリアは風圧を受けながら夢中で横に転がった。
『ザンッ!』と、大剣の刃が地面に突き刺さる。
大剣の先端が抉った箇所から小石が跳ねる。
その威力にイリアは恐怖した。
イリアは「くっ!」と、素早く立ち上がりながらハルバードの先端を望海の方に向ける。
―― 届く!
そう思って突き刺した。
しかし、望海は超スピードの能力でそれを回避して、逆にイリアの脇腹に前蹴りを食らわせた。
「ぎゃっ!」と、イリアは訳も分からず尻もちをつく。
まるで見えなかった。
望海の動きの速さは尋常ではない。
それが彼女の能力なのかもしれないと思って目を開けた時だった。
「終りよ」
至近距離で望海がショットガンを構えていた。
彼女は乙葉の武器を奪っていたのだ。
目の前にあるショットガンの銃口。
一発目は結界バリアで防げたとしても二発目は防げない。
バリアの効果は短いのだ。
この距離では避けようが無いことを悟って、イリアは死を覚悟した。




