第48話 交錯する刃、向けられた殺意
詩織が放った鎖は、イリアのハルバードにガッツリ絡みついている。
詩織が鎖を強く引く。
すると鎖は、まるで掃除機に収納されるコードのように詩織の手元に吸い寄せられる。
イリアは「ぐっ!」と、数歩踏ん張ったが、鎖が巻き付いたハルバードごと引きずられてしまう。
「ううっ!!」と、詩織は力を込めて、なおも鎖を手繰り寄せる。
その引力は詩織の引手による力だけではない。
まるで鎖そのものが縮んでいくかのようだ。
イリアは倒れまいと、とっさの判断でハルバードを手放す。
するとハルバードは鎖に引っ張られて、物凄い勢いで詩織の足元に引き寄せられてしまった。
イリアは我が目を疑った。
「どういうこと!?」
詩織の鎖は20メートル以上離れた所まで届くような長さではない。
どう見ても鎖そのものが伸び縮みしているとしか考えられない。
唖然とするイリアの左方向からモエが戦斧を手にダッシュで迫ってきた。
「うおぉぉ!」と、モエがイリアに襲い掛かる。
武器を持っていないイリアの反応が若干、遅れる。
モエの突進を回避するには近すぎる!
イリアの後方でツインテール桐子が左手を伸ばして叫ぶ。
「止めろっ! モエ!!」
と、その時『ボンッ!』と、空気の破裂音が生じた。
そして、それに呼応するかのようにモエが大きくバランスを崩す。
まるで見えない壁に接触してしまったかのように。
桐子は「え? 何だ? 何か出た?」と、自らの手の平を見る。
そして、感覚を確かめるように指を曲げて伸ばしてを繰り返す。
一方のモエは突然、何かに突き飛ばされたようにダッシュが左方向に流され、勢い余って転倒してしまった。
「ぐっ! 何や? 今のは?」
爆風のような見えない圧力が桐子の居る方向から押し寄せてきた。
起き上がりながらモエは桐子を睨む。
ツインテール桐子は先ほどの動きを再現する。
モエに向かって左の手の平を向けて「はっ!」と、気合を入れてみる。
だが、何も起こらない。
「ありゃ? 何も出ない?」と、桐子は困惑する。
一方、武器を奪われてしまったイリアは、詩織が振り回す鎖鎌を躱すのに精いっぱいだ。
さらに緑の石碑に近い所では、金縛りが解けたへそ出し乙葉が、ベレー帽の智世に向かってショットガンを発砲していた。
智世は石碑に隠れてそれを回避する。
だが、2発目の散弾が抉った石碑の破片を頬に受けて「ああっ!」と、悲鳴をあげる。
モエが立ち上がって再び詩織に助太刀しようとした。
桐子は、試しに大剣を右から左手に持ち替え、今度は右の手の平をモエに向ける。
そして手先に「はっ!!」と、力を入れた。
すると再び『ボンッ!!』という破裂音がして、ワンテンポ置いてモエが「うあっ!!」と、吹き飛ばされた。
「できたぞ!」と、桐子が手の平を見ながら目を輝かせる。
桐子の脳裏に『能力』という言葉が過った。
手の平から出す空気砲のような衝撃波。
恐らくそれが桐子の能力なのだろう。
2発目の衝撃波を食らったモエは吹っ飛ばされて、運悪く岩柱に「ガフッ!」と、頭をぶつけてしまった。
そして、そのまま気絶してしまう。
それを見てツインテール桐子は、大剣を携えてイリアの援護に駆けつける。
桐子は鎌を振り回す詩織をイリアから引き離す為に「うぉおおおお!」と、大声を出しながら大剣を横に振った。
身体ごと半回転しながら剣先を詩織に向かって押し出す。
だが、思っていたよりも深く踏み込んでしまった。
牽制のつもりが大剣の刃先は詩織の脇腹に『ドッ!』と、直撃してしまったのだ。
「しまった!」と、思わず目を閉じた桐子だが、詩織の反応が無い。
桐子は、恐る恐る目を開けて絶句した。
イリアも詩織から距離を取りながら「え!?」と、目を見開く。
詩織は「ううっ」と、自らの脇腹に当たった大剣の刃を右手で押さえながら桐子を睨んだ。
桐子は「素手で止めた!?」と、目を剥くとともに大剣の刃がグニャリと曲がっていることに驚愕した。
まるで熱せられたガラス細工のように大剣の刃先が変形している。
ちょうど詩織の右手が触れた部分を中心に大剣の刃が大きく波うっていた。
イリアも「どういうこと?」と、異変に気付く。
その時、石碑のところから三たび動きを止められた乙葉に向かって智世が拳銃を発砲する音が2発、3発と響いた。
智世は「当たれ! 当たってよう!」と、発砲する。
だが、4発目も5発目も乙葉に命中させることができない。
痺れを切らした智世はスタスタと乙葉に向かって近づく。
おそらく至近距離で命中させるつもりなのだ。
乙葉は迫ってくる智世の赤い瞳に恐怖した。
だが、身体はまるで動かない。
「く、くそぅ……」
智世は能面のような表情で乙葉のすぐ目の前まで近づくと彼女の眼前に銃口を突き付けた。
そして両手で拳銃を握り、狙いを定める。
その手に震えはない。
乙葉は覚悟した。
この至近距離ではさすがに避けようがない。
金縛りで動くことが出来ない。
無表情な智世に焦りや迷いは見られない。
そして引き金にかかった指がピクリと動いた。
『ザシュッ!!』
そんな音が智世の動きを止めた。
智世は軽く右に首を傾げる。
次の瞬間、彼女の左首筋から音も無く血が噴き出した。
それは、まるでダムの放水のような軌道を描いて智世の左半身を真っ赤に染めた。
「え?」と、乙葉の金縛りが解ける。
そして目の前で智世が手をだらんと下ろす様を見せつけられる。
まるで時間が息を潜めたかのように皆の動きが止まった。
智世はゆっくりと両膝を地面に着き、まるで爆破で解体される煙突のように崩れ落ちた。
なおも出血は止まらない。
流石の乙葉も返り血を浴びて言葉を失った。
ツインテール桐子の「智世っ!!」という絶叫でイリアが我に返った。
イリアは智世の無残な姿を見て、次に振り返って詩織を睨みつけた。
当の詩織は鎌を投げた時の姿勢のまま、険しい顔つきで固まっている。
詩織が手にした鎖はイリアの脇を抜け、乙葉と智世が立つ位置を超えたところまで伸びている。
それが着地した地点には鎌が転がっていた。
それが智世の首筋を切り裂いたものだと理解するのに時間はかからなかった。
イリアの目に涙が溢れた。
「よくも……」と、唇を噛んでそれを堪える。
そして弾かれたように動き出す。
イリアは、まるでアンダースローの投球フォームのように右手をしならせて地面のハルバードを拾いあげると、ヒョウのように低い姿勢で詩織に接近した。
詩織が「うっ!」と、鎖を両手でピンと張ってイリアの攻撃に備える。
イリアはダッシュしながらハルバードの斧部分を掬い上げる。
詩織は両手を前に突き出して鎖でハルバードの斧を受け止める。
そして動きを止めた斧に右手で触れた。
すると斧の部分がグニャリと曲がって垂れた。
やはり硬い物体を変形させる能力が発動しているのだ!
だが、イリアはそれに構わず突進すると左足で詩織の腹を蹴った。
もろにそれを食らった詩織が「あっ!」と、顔を歪める。
そこでイリアはハルバードを半回転させると一歩後退し、至近距離からハルバードの先端を詩織の脇腹に突き立てた。
あっという間の出来事に詩織は成す術もなく腹を刺された。
触るよりも先に槍が届いてしまった。
詩織が「うぐっ」と、反応した時には既にイリアは槍の先端を引き抜き、反転して乙葉に向かっていくところだった。
乙葉はイリアの接近に気付いて「こ、このっ!」と、慌ててショットガンの銃口を向ける。
『バンッ!!』と、乙葉の散弾が炸裂する。
しかし、イリアの周りで幾つかの弾丸が跳ねただけでイリアの突進は止まらない。
まるで自身の周囲にバリアを張ったみたいにイリアは散弾を跳ね返してしまった。
それは無意識に発動したイリアの固有能力だった。
乙葉が「ば、ばかなっ!?」と、驚愕する間にもイリアは乙葉との間合いを詰め、ハルバードを振って柄の部分で乙葉の顔面を打ちつけた。
「ぐぁっ!!」と、乙葉が顔面を強打されて怯む。
イリアは乙葉を突き飛ばしてその脇をすり抜ける。
ちょうど石碑のところでは桐子が智世の上半身を引きずっている。
「イリア! 逃げるぞ!」
ツインテール桐子は、ぐったりした智世を引きずりながら石碑に近付くと、智世の手を取って自らの手を重ねながら石碑にタッチした。
イリアは桐子の意図を読み取ってそれに続く。
イリアは石碑の近くに置いていたリュックを拾い上げると、乙葉達を一瞥して石碑に触れた。
イリアの姿が、ふっと消え失せたところで乙葉が頬を押さえながら呻く。
「くそう……」
そして痛みを堪えながら仲間の様子を確認する。
詩織は腹を押さえながら前屈みで立ち尽くしている。
モエは岩柱のところで倒れて動かない。
「詩織……」
詩織が重傷であることは一目で分かった。
彼女の太ももから地面に流れ落ちる血の量が只事ではないことを物語っている。
イリアに殴られたダメージが残っているのか乙葉は思うように歩けない。
砂漠の熱気が今更のように乙葉の身体を蝕む。
乙葉は、よたよたと歩きながら大声でモエの名を呼んだ。
「モエッ! モエッ!! 起きてっ!」
歩きながら何度か声を掛けて、ようやくモエが目を覚ます。
「うう……しもた」と、モエは起き上がる。
そして頭の痛みを自覚して顔を歪める。
「モエッ! 詩織が! 詩織がやられた!」
乙葉の言葉にモエが周囲を見回す。そして詩織の姿を認める。
「ちょ、なんでや!?」
モエは慌てて詩織に駆け寄った。
そして足元の血溜まりを見て言葉を失う。
詩織は苦悶の表情を浮かべて地面を見つめている。
その顔色は青白く、全身が微かに震えている。
そこにやっとの思いで乙葉が合流する。
「詩織。大丈夫?」
しかし、乙葉の呼びかけに詩織は反応する余裕が無い。
意識はあるようだが痛みに耐えることで精一杯のようだ。
モエが乙葉の顔を見て問う。
「誰や? 誰がやってん?」
「イリア……イリアの槍にやられた」
「ホンマか! くそっ! で、あいつら、どこ行ってん?」
「石碑。あそこから逃げた」
それを聞いてモエは戦斧をブンと振って「クソッ!」と、怒りを露わにした。
そして石碑に向かおうとする。
それを乙葉が制止する。
「待って! 今行っても無駄」
「なんでや? このままじゃ済まされへんで!」
「ワープしたところを攻撃される。それに今は詩織が……」
「う……確かに」
「移動しよう。取りあえず荷物を」
「しゃあない。分かった……」
そう同意したモエだったが、「クソッ!」と、地面の砂を蹴り上げる。
乙葉とモエは両側から挟み込むような形で詩織を肩で支えた。
「行くよ。ゆっくり」
「ええで。よいしょっと」
乙葉とモエは、それぞれ詩織と身体を密着させて下から持ち上げるようにしてヨロヨロと歩き出した。
重なった3つの影は力なく砂漠のスクリーン上をゆらゆらと移動した。




