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十五少女異世界漂流記【改】  作者: GAYA
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第46話 最期の頼み

 玲実と双子は逃げ去った。


 真っ白な雪に只ならぬ量の鮮血が塗りたくられていた。

 そして辺りは焦げ臭い。


 その中心には仰向けになった、ぽっちゃり和佳子の姿があった。


 委員長の利恵と姉御の愛衣が和佳子を挟む形で呆然としている。


 愛衣が「和佳子さん……」と、しゃがみ込んで和佳子の頬を撫でた。


 和佳子が片目を開けながら何かを訴えようとする。


 利恵が首を振る。

「ダメだよ、喋っちゃ……」


 しかし、和佳子はかすれた声で何かを訴えようとしている。

「……して……」


 利恵が「え?」と、耳を近づける。


「……ころ……して」


 和佳子の言葉に利恵が息を飲む。


 すると和佳子は震える右手で利恵の手、続いてハンマーに触れた。


 利恵が激しく首を振る。

「嫌だ! 嫌だよっ!」


 しかし、和佳子は続ける。

「……渡したく……ないから……アイツらに……」


 愛衣が口元に手を持っていきながら悟る。

「玲実さんに武器や能力を与えたくないってことね……」


 愛衣の言葉に利恵が涙と鼻水でくしゃくしゃになった顔をさらに歪める。

「うっ、そんなこと……」


 愛衣は「どうするの?」と、利恵の意思を確認する。


 利恵は「そんなこと……」と、返答できない。


 愛衣は言う。

「和佳子さんは貴方にかたきをとって欲しいんだわ。だから自分の武器と力を貴方に……」


 虫の息の和佳子は頷く代わりに瞬きで答える。

 それは自分の思いを愛衣がくみ取ってくれたことを喜んでいるように見えた。


 冷たい風が一陣、和佳子の髪を揺らせた。


 彼女の口から洩れる白い吐息は弱々しく、直ぐにかき消されてしまう。

 和佳子はまるで睡魔と闘っているように頭を微かに揺らせた。


 上空では分厚いグレーの雲が、隙あらば手下どもを地表に送り込もうと息を潜めている。


 利恵は唇を噛んで目を閉じる。

 そして「分かった……」と、ハンマーを手に静かに立ち上がった。


「ごめんね……和佳子さん」

 そう呟いて利恵は天を仰いだ。


 静かに降りだした雪が利恵の眼鏡に落ちてきた。

 レンズに触れた雪の結晶はうっすらと色を失い、透明な水滴へと変わっていく。


 ひとつ、またひとつと舞い降りてきた雪がレンズの上で重なりはじめた。

 それがすっかり視界を塞ぐほどに積み重なった頃、利恵の涙は完全に止まっていた。


     *    *    *


 嘔吐おうとし続けるお嬢様の玲実。

 その背中を梢がさすっている。


 望海はその様子を冷たい目で見ている。

「いくじなし……使えない妹だわ」 


 それを聞いて梢が言い返す。

「お姉ちゃん達のほうがおかしいよ! なんで、あんなことが出来るわけ? 理解できない!」


「殺らなきゃ殺られてた。それだけよ」


「嘘! 先に仕掛けたのはお姉ちゃん達じゃない!」


「梢。アンタ、昔からいつもそう。自分だけ、いい子ちゃんぶってさ。悪いことは全部、アタシにやらせようとする。アノ時だってアンタは……」


「やめてよ!」


 梢に遮られて望海は口をつぐんだ。

 そして憮然とした表情で腕組みする。


 相変わらず玲実は吐き続けている。

 もう何も吐く物が無いのか咳き込む回数が増えた。


「やっちゃった……何であんなこと……うっ!」


 どうやら玲実は和佳子を撃ったことで良心の呵責かしゃくに耐えかねているらしい。


 望海はそんな玲実の様子を見て尋ねる。

「どう? 玲実ちゃん。何か変化はない?」


 玲実は「……変化?」と、戸惑う。


 望海はニヤリとしながら言う。

「例えば身体にアザが出来たとか、ないの?」


 望海の問いに対して玲実は意味が分からないというような顔をした。


 梢も姉がいきなり何を言い出すのかといった感じで呆れている。


 望海が首を傾げる。

「おっかしいなあ。そろそろだと思うんだけど」


 望海の言うことが理解できずに玲実と梢が、きょとんとする。


 すると望海はあっけらかんとした様子で続ける。

「あのブタ女がくたばったら武器が手に入るはずなのよ」


「え?」と、玲実が驚く。

「なんで?」と、梢は困惑する。


「言ったでしょ。ヘレンって子の情報。殺した相手の武器を奪えるって話」


 望海の言葉に玲実が目を見開く。

「そういえば……」


 梢は信じられないといった表情で望海の顔を見つめる。


 望海は妹の視線を無視して続ける。

「ヘレンはアタシの目の前で武器を出してみせたの。確か、腕にあった痣をポンポンって軽くタッチしてたわ」


 玲実は望海の顔を見ながら絶句した。

 梢も姉の言葉に驚きを隠せない。


 望海は首を捻る。

「おかしいわね。まさかあのブタ女、死んでないのかな……」


 望海は、しばし考える素振りを見せると「仕方ない」と、来た道を引き返し始めた。


「お姉ちゃん! どうして戻るの!?」


 望海はあっけらかんとした様子で答える。

「決まってるでしょ。止めを刺しに行くの」


 まるで用でも足しに行くかのように、そう言った望海の様子に梢と玲実は身震いした。



 利恵達と戦った場所までは十数分の距離だが、降り続く雪で直ぐには辿り着けなかった。


 ようやく先ほどまで戦った場所に着くと、血の跡や爆発の跡は新しい雪で隠されつつあった。


 望海はスタスタと歩きながら、毛布のふくらみを発見した。

「たぶん、あの毛布が死体ね」


 望海は毛布を持ち上げてゲンナリする。

「うえっ、やっぱグロいわ……」


 雪の密度が濃くなりつつあった。

 音も無く淡々と落ちる雪は遠近感をぼかし、時の流れを曖昧にした。

 じっとしていると世界が失われてしまうような錯覚に陥りそうだ。


 髪に絡まった雪を払いながら望海は首を竦める。

「梢は見ない方がいい。寝れなくなるから」


 望海の足元には赤い毛布が広げられていて、それが人型に膨らんでいた。

 毛布は柄が判別できなくなるぐらい雪にまみれている。


 玲実が恐る恐る尋ねる。

「やっぱり死んでいるの?」


 望海は渋い顔で頷く。

「うん。間違いなく死んでるわ。頭が割れてる。飛び降り自殺した人と同じだね」


 それを聞いて玲実は「ひっ!」と、両手で顔を覆った。


 望海は、すまし顔で言う。

「頭の傷。これが致命傷ね。てことは、玲実ちゃんのせいじゃない」


 望海が発見したのは和佳子の遺体だったが、死因は鈍器のようなもので頭を殴られたものと思われる。


 その証拠に和佳子の頭蓋骨は明らかに輪郭が歪んでいて出血が激しかった。


 梢が泣き出しそうな顔で言う。

「お姉ちゃん、よく平気だね」


「んー、グロ画像なんてネットで幾らでも見られるからね」


 和佳子達と交戦した場所に利恵と愛衣の姿は無かった。

 幾つもの足跡と踏み固められた雪のくぼみには、うっすらと新しい雪が積もり始めていた。


 望海は頭を掻きながら悔しがる。

「やられたわ。まさか、あの眼鏡女が止めを刺しちゃうなんて。想定外だわ!」


 梢は信じられないといった顔で首を振る。

「なんで!? 何であの子、そんなことを?」


 和佳子の頭をかち割って死に至らしめたのは利恵のハンマーだと思われる。

 それは梢には理解しがたいようだ。


 玲実も震えながら呟く。

「この子たちは仲間じゃなかったの? どうして……」


 戸惑う2人に対して望海は冷静に分析する。


「考えられるとしたら2つ。苦しまないように楽にしてやった。ホラ、戦争映画とかであるじゃん。助からない仲間を撃つ、みたいなシーン。それか、所有権のことを知っててそれを阻止するために自ら手を下した。もし、後者だとすると厄介ね……」


 武器の所有権が移転することを知っているのは、ヘレンも含めて自分達だけだと望海は思っていた。


 しかし、利恵達もそのことを知っていて、絶命寸前の和佳子に止めを刺したのだとしたら当てが外れたことになってしまう。


 望海がハッとして周囲を見回す。

 そしてある一点に目を留める。


「あーあ。やっぱりそうか」


 そう言って望海はある箇所を指差した。

「ブタ女が最後に投げた槍があそこに刺さってたはず。なのに持って行かれちゃってる」


 玲実もその場面を思い出してトライデントが刺さっていた箇所を凝視する。

 だが、そこにそれは無く、壁に穴が開いているだけだった。


 望海は忌々しそうに言う。

「やっぱり回収されてる。ダメだ。いったん引き揚げよ」


 望海は梢と玲実に、この場から去るよう促した。


 梢が不安そうに尋ねる。

「ね、どうして? お姉ちゃんは何を考えてるの?」


 すると望海は当たり前でしょというような顔つきで説明する。


「数的に不利だから。あっちにはボクっ子の桐子とかイリアが一緒にいるかもしれないからね。作戦の練り直しよ」


 玲実は望海の言葉に顔を顰めた。

 そして今更ながら自分達のしでかしてしまったことを改めて後悔した。


    *   *   *


 目の前に広がる広大な砂漠。

 だが、足元には雪が深く積もっている。


 ツインテール桐子はピョンと飛んで砂の上に着地した。

「うあっ! 暑っ!!」


 桐子のすぐ背後には雪に支配された白い世界。

 それに対して前方には灼熱の砂漠地帯。


 ちょうど桐子が飛び越えたラインを境目に二つの世界が並んでいた。


 イリアは長靴にこびりついた雪が溶けていくのを眺めながら感心する。

「信じられない……不思議」


 ベレー帽の智世は右足を砂漠に左足を銀世界に残して境目を興味深そうに観察している。

 そして乾いた笑いを浮かべる。

「あは、冷たいのと熱いのが隣り合わせだなんて。変な感覚」


 桐子は砂漠側に立って右手だけを銀世界に突っ込んではしゃぐ。

「すげえよ! 見えない壁があるみたいだ」


 それはちょうど水槽の中と外のように一枚の壁によって異なる世界が同居している状態だった。


 桐子は境界線を反復飛びしながら、雪のゾーンに移っては「寒い」、砂漠に戻っては「あったかい」を繰り返して遊んでいる。


 しばらく、その異様な光景を堪能たんのうしてから3人は砂漠地帯を進むことにした。


 30分ほど歩いた所でイリアが円形に並んだ岩の群れを発見した。

「あれは……」


 智世がスケッチブックを出して前方の岩と地図を見比べる。

「星印で示されてる所、みたいだね」


 桐子は汗を拭いながら岩の形を見て笑う。

「なんかキノコみたいだな。似たようなのが何個も並んでるぜ」


 自然と歩みが早まる。

 砂漠の真ん中に出現した人工的な岩の並びは何かありそうな雰囲気だったからだ。


 3人は砂に足を取られながらも早足で目的地に到達した。


 エノキダケの形をした3メートル級の岩は等間隔で円を作っていた。

 それぞれの距離は10メートルほどで円の中心には緑色の石碑があった。


 桐子が岩の直立する様を見上げながら溜息をつく。

「ふえぇ……これ、やっぱり自然にできたものじゃないよなぁ」


 イリアが隣で頷く。

「ストーンヘンジみたいね」


「やっぱそう思う? ボクも最初にそれを連想した」


 智世は目を細めながら周囲を見回す。

「凄く神秘的。面白いね」


 3人揃って岩の並びを一周してみることにした。


 一周300メートルほどの円を岩の並びに沿って時計回りに歩く。


 途中で桐子が何かに目を付けた。

「あ! あったぞ。地図通りだ!」


 智世のスケッチブックに記された地図には×印が2つ付いている。そのひとつめがそれだった。


 イリアが呟く。

「剣……大きい」


 岩に立てかけられる形で大剣が光を放っている。


 近づいてみると、その大きさは圧倒的だった。

 何しろ長さだけで2メートル近くある。

 幅も広く、刃の部分が分厚い。


 見ただけでその重量が普通ではないことが分かる。

 そして、その近くには例の白い十字架が落ちていた。


 桐子はそれを確認して苦笑いを浮かべる。

「ハハ、分かってても、やっぱ気分悪いな」


 墓標にはしっかりと『KIRIKO』と刻まれている。


 桐子は、しゃがんで大剣の持ち手に手を伸ばす。


 持ち手の部分と刃の部分の割合は1対2といったところか。


 イリアと智世は黙って桐子の動作を見守る。

 だが、まさかそれが持ち上げるとは考えていないようだ。


「うへぇ、意外!」

 そう言って桐子はひょいと大剣を持ち上げた。


 桐子があまりに軽々と剣を持ち上げたものだからイリアと智世は仰天した。


「なっ!?」と、イリアは剣先を見上げる。


 桐子が立って剣を掲げると剣先は岩のてっぺんに届きそうな高さに達する。


「うん。意外とイケるな。ちょっとバランスが悪いけど」


 智世はぽかんと口を開けてそのシュールな光景に吹き出してしまった。

「ププ……凄すぎて笑うしかないね」


 イリアは呆れたように首を振る。

「まさか本当に持ち上がるなんて……」


 桐子はニッと笑って胸を張る。


「へへ。一応、ボク専用みたいだからね。でも、これを持ち運ぶの大変だなあ」


 桐子は試しに剣を縦に振ってみた。


 流石に片手ではフラつくので両手で剣を振り下す。


 すると大剣は自身の重みで、まるで大木が切り倒されたみたいな動きで地面に『ドスン!』と剣先をめり込ませた。


 そのダイナミックな動きに翻弄された桐子は不恰好に前のめりになった。


「うえっ! 持って行かれた!」

 大剣の勢いに桐子の身体が追いついていない。


 桐子はむきになって再び剣を構える。


 そして「えい!」と、今度は横に振る。

 すると今度は、その遠心力でハンマー投げの投てき直後のように身体が引っ張られてしまう。

 まるで剣に遊ばれているようだ。


「くそう! 悔しいな。デカすぎだろうよ」

 そう言いながらも桐子は何度か剣を振ってみた。


 縦、横、斜めと感触を確かめながら不恰好に剣を何度も振り回す。


 桐子の奮闘を見守っていたイリアが苦笑する。

「傍から見てると踊ってるみたい」


 桐子も笑うしかない。

「な!? 酷い言われようだな。結構、大変なんだよ。これ」


 しばらく桐子が剣との格闘を続けているとイリア達の背後で「あれ?」と、いう声がした。


 振り返るとモエと乙葉、そして詩織がこちらに向かってくるのが目に入った。


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