Prologue.ユカちゃんの頼み事
赤司れこ@obsevare0430
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うっちーはお金が大好きで、公晴はお金に興味がないっぽいの。お金ってよくわかんない。
「ねぇ、うっちー聞いてる?」
「もちろん。でも他の奴にあげるチョコの相談を俺にするってちょっと酷くなぁい?」
ここは自称内倉遼平が所属してるホストクラブ almaniataだ。この辺りでは比較的高級店の部類に入る。
バレンタインを少し先に控えたクラブの店内で、ホストに欲しい物を客の聞く姿は散見されたが、本命に何を送ればいいのか聞かれるホストというのは他にいないだろうなと内倉はぼんやりと思っていた。それなら仕方がない。自分でぶんどるだけだという考えに至るにはそれほど時間は要さない。
薄暗い店内でほんのり光るグラスにサラサラと泡立つ薄金色の液体を注ぎながら、上目遣いで少し拗ねて見えるような視線をユカに送ることにした。当然それは全て計算の上で、相手から金品をせしめられるかどうかという計算の結果だ。
行けそうだと当たりをつけて、そっとユカの手を取る。
「もう、仕方ないなぁ。うっちーにはこの間メルトリンケ買ってあげたでしょう?」
「ありがと。毎日持ち歩いてる。ユカちゃん大好き。でもチョコかぁ。最近のおすすめはヘクセンハウザーかな」
「聞いたことあるわぁ。どんな感じ?」
「ドライフルーツの効いた濃いめのショコラが有名で、1つ1つが可愛くて美味しいの。甘いの苦手でも大丈夫だと思う。この通りの奥にあるお店なんだけどもう閉まってるから今度同伴しない?」
「うーん。じゃあ明後日どう? 今日はアフターもオッケーなんだよね?」
「もちろん。ユカちゃん大好き。ダメって言われても着いてっちゃうから」
内倉の前で革張りの豪奢なソファにもたれかかって気怠そうにシャンパンを傾けるユカは内倉の指名客だ。全体的にビッグでゴツめの装飾品で溢れてゴテゴテしている。
内倉お金が大好きだ。内倉の信条は金だけは何があっても守ってくれるというものだ。それでユカはお金持ちだ。つまり内倉はユカが、もっと言えばユカの持っている金が大好きだ。
なにせユカが先々週内倉に貢いだメルトリンケの財布は38万円で売れた。
バレンタインは再来週まで迫っている。だから内倉はそれまでに持ち上げられるだけユカを持ち上げて、金目の物を手に入れるつもりだった。
内倉はアルマニアータで上から大体5番目か6番目くらいの売上のホストだ。
熾烈なトップを争いに巻き込まれることもない気楽なポジションにいる。そもそも内倉は愛嬌はそれなりにあって、小綺麗な服を着て軽く化粧を施してはいるものの、トップを貼るような美形でもないと自ら見切りをつけている。売りといえばお友達感覚の気安さと売りとそれなりのトークで、大体の人にはそこそこ好かれるがほんの一部の人には蛇蝎のごとく嫌われる。
そんなわけだから頑張ってトップを目指しても労力に見合わない。それなら必死で営業するよりトップにくっついておこぼれをもらうのが費用対効果がいい。
正直なところ、ホストというものは客に惚れさせて金を巻き上げる仕事なのだけれど、ガチで労力を費やすよりは気楽に手広くやるほうが儲かる、そのスタイルが自らの性に合っている。それが何年かやってわかった内倉の持論だった。
「うっちーに相談したいこともあって」
「相談? なんでも聞いちゃう」
「よかった! 息子に女の影があるのよ」
「息子さん? 確か30くらいでEooeleに勤めてるんだっけ?」
「そうなのよぅ、ちょっとカッコいいからって飲み屋で変な女に絡まれちゃったみたいで」
「えぇ〜大変。ユカちゃん似ならかっこよさそう」
「わかる? そうなのよ」
ユカは時折息子の自慢をする。内倉はユカは素は綺麗だからおそらくイケメンだと当たりをつけ、さらにEooeleなら年収はうんぜんまんの後半から億くらいと当たりをつけた。内倉は金をもらえるならば相手の性別や年齢などに一切拘らない。ユカの息子とは常々お友達に成りたい、可能ならお付き合いしたいと思いつつ、聞いた話からマザコンぽいとも想定していて、常日頃からそれは少し面倒だとも思っていた。
なにせ息子はユカと同居で、辻切区から神津区に通勤している。付き合いなどすればユカと切れる。それであれば金払いのいいユカを抑えたほうが金を引っ張れそうだ。内倉の脳内は大抵の恋愛的活動は金払いに変換されて収束するのだ。
けれどもその内倉の想起はユカの差し出したスマホ画面で打ち切られた。
「この子なんだけど」
「ふんふん」
そこには男女を写っている。
男は細マッチョのイケメン。内倉の経験からも金持ちでモテる。けれども女に見覚えがあった。内倉の頭に浮かんだのは神津区のクラブ、アンジェル・ホートスの茉莉花だった。そして内倉の知り合いのケイヤというホストに貢いでると聞いたことがある。
ユカの話では2ヶ月くらい前からこの女のLIMEが息子の携帯に届いているそうだ。この写真はユカが息子を神津区で見かけて撮影したらしい。少しブレていて、けれどもその2人の距離感からはそれほど仲が良さそうには見えなかった。
「手がかりはこれだけ?」
「そうなのよう」
ユカは世代的にスマホ詳しくない。だから息子のLIMEからデータの吸い出しは無理だったのだ。
「なんかちょっとケバくて水商売じゃないかと思ってるんだけど。うっちー知ってる?」
「知らない子。でも友達に聞いてみるからこの写真、LIMEに送って」
「頼りにしてるわぁ」
「まかせて。ユカちゃんのためなら喜んで」




