揺れる金天秤:帝国領 第四幕 異界の神
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システナ大聖堂、聖壇。 巨大な聖堂の祈りの場所だった。一人の女性が聖壇の中央の彫像に向かって膝を付き、一心に「神」に祈りを捧げていた。
教皇ルーブラン=エイダズ=アルトマーであった。
”神が作りたもうた大地に、汚濁が溜まり、北の大陸を覆いつくした。 全世界を神の名において一つにする” と言う教義に真摯に従い、勇者を、そして、聖女を異世界から召喚してきた。 彼らの力をもってしても、「神」の地たる北の大陸の奪還は頓挫している。 ”神は何処までも、われらに試練をお与えになる”と、彼女は信じている。 篤い信仰が彼女の生きた証でもあった。
背後に大司教 バヌアン=フラール が同じく深く膝を付き、神に祈っていた。
「バヌアン、如何した?」
「はい、教皇様。 アナトリー=アポストル=キノドンダスと話をしました」
「「神」の祝福を受けいれそうか」
「彼女の父、エドアルド=エスパーダ=キノドンダスと相談すると」
「やはり・・・な。 あれは、『帝国の牙剣』が娘御。 そう簡単には、話は進まぬ。 あれの母親はそうでもなかったがな」
「アトゥール=ホリエール=キノドンダスは、もともと帝国本領の貴族の娘で御座いますゆえ、幼少の頃より聖堂で祈られておられたので・・・」
「そうであったな。・・・ところであの娘は、如何している?」
「マニューエで御座いますか?」
「ああ、そうだ」
「聖堂薬草園にて、聖女候補エルフィン=サザーラントと、共に薬草園の再生に努めております」
「して、あれの周りは?」
「もう、彼女に見向きする者の居りますまい。 今なれば、我らに心を開くと・・・」
「・・・春頃に一度会うか」
「教皇様がですか」
「いかんか? 次の聖女の依代と考えておる。 見極めは必要ぞ」
「・・・仰せのままに」
「ん、準備せよ」
「御意に御座います」
聖堂の中に、彼らの密やかな声が広がる。 彼らの話を聞くものは、華麗な彫像と絵画と整然と並ぶ椅子だけだった。大司教 バヌアン=フラールが教皇の前を去り、彼女一人だけが其処に残った。
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「教会」と云われる組織は、古くは聖女の補佐として存在していた。 聖女は神に祈りを捧げ、勇者達を助け、人の領域を護る存在だった。 マジカ保有力の高さから、魔術に秀でていた「森のエルフ族」がその組織に加わりだして、少しづつ、年月をかけて変質し始めた。 本来の聖女の補佐から、聖女候補の選定の任を自任して、聖女の誕生に関わる強い権限を有するに至った。 また、深い魔術への理解と、高い魔術師としての能力で、「召喚の儀式」が可能なのも、彼等だけだった。
彼らの秘匿する文献に異世界の「神」の名が記された文書があり、それを元に組上げられた魔術の儀式が彼らの言う「召喚の儀式」だった。 今までの中で最大の儀式が十数年前に行われ、勇者一名と、聖女二名、それと、依代に召喚した勇者の魂が一名 一度に召喚された。 かつて無い程、魔族が大人しいその時ならば、北の大陸を、「神」の御使いである「森のエルフ族」の彼らが手に入れる事が出来ると確信していた。
彼らは、神聖アートランド帝国皇帝が病に伏している状況を利用し、彼の息子達に軍を引きいさせ北の大陸への長征を促した。 彼らは難色を示したが、彼らに繋がる有力な貴族達をうまく操り、実行に移した。また、彼等とは考えと信仰が違う、エルフ族の大公家の一派を取り込み、エルフの軍勢もあの地に送り込むことに成功した。獣人族には権柄ずくで当たり、北東部のアカギリ族には利を持って、誘いこみ、合従連合軍を組織した。
もちろん自分達が表に出る事は無い。自分たちが意のままに出来る者達を使った。「教会」には血生臭い事には関わらない。建前であり、本音でもあった。 「神」の栄光があの地に響き渡った後、神の栄光を引き継ぐべく、我らが、魔族を殲滅した後に、あの地に行くことはあっても、あの地で殺し合いをする事は、我らのすべき役割ではない。
そう本気で思っていた。
教皇ルーブラン=エイダズ=アルトマーは、聖壇を前に思う。
”「神」の御使いである我等 そう、他の民族は皆我らの為に、為すべきを成す。 我等「教会」の指導者である「森のエルフ族」に傅くべきなのだ。 「神」への信仰を強固な物にし、教義を広め、蒙昧な愚民に「神」の偉大さを伝授し、精霊などと云うものに執着せず、一心に「神」に祈る。そして世界を一つにし、平穏なる社会を我らの手によって誕生させるのだ”
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細い三日月が窓のかかっている。 冬の夜空の星が瞬きもせず輝いている。 風も無くシンと冷え込む冷気が窓を通して部屋にも滑り込んでくる。 マニューエは中央のテーブルの上に、壊れてしまったハンネから貰った銀細工の髪留めを置いて、悩んでいた。
「このまま放置って訳には行かないわよね」
修理する事は出来るが、また同じ目にあいそうだった。 此のところ、ずっと聖堂薬草園にお手伝いに行っているので、学園に居る時間が少ない。 薬学の教授のアンリ=ウエイバーに、週に一度報告に来るくらいだった。 学園に姿が見えないので、アナトリーがクラシエ経由で手紙をよこしていた。 曰く
「如何なさっているかと心配しています。 経緯はルル様からお聞きしています。 本当にごめんなさい。自分の事で精一杯になっていたので、気が付きませんでした。 経緯をお聞きになったアルフレッド殿下、ハンネ殿下は大層ご立腹しておられました。 貴女の姿が学園で見られないので、何かあったとは思っていらっしゃったのですが、まさかそんな事に成っていたとは思いもよらなかった。 来年度の学園舞踏会にはぜひご一緒出来るように、色々と動きますので、ゆるしてくださいまし。 追伸では有りますが、ハンネ殿下より、”渡した髪留めは使ってもらっているのだろうか”との御質問が御座いました。 今度お会いに成った時に着けていらして頂ければ、ハンネ殿下もお喜びになると思います」
大事な部分はそんな感じだった。アナトリーにはすぐに返事を書き、近況を知らせた。 また、聖堂薬草園で充実した毎日を送っているので、気にしないで欲しいと、状況の変更を止めるような事も伝えてみた。思い留まるとは思えなかったが、少しぐらいは歯止めになるかと、敢えて書き記した。
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あの日、もしもの時を考えて、貰った銀細工の髪留めを付けて、アンリの元に行った。 まさか本当に会うとは思っていなかったが、ハンネに出会った。 彼もアンリの下に居たからだった。 なんでも、帝国軍で使用するポーション類の量産に関しての質問と、アンリの薬草園の薬草の効能が夏休みの間に幾倍にも高まった事を報告されていた事で、軍でも、学園薬草園の薬草を利用でき無いかとの相談の為だったらしい。
アンリの部屋でハンネに出会い、互い近況を話すうちに、彼の視線が髪留めに止まった。
「気に入ってくれて嬉しく思う」
さり気無くそう言うと、うんと、一つ頷く。 薄銀色の髪に大変よく似合う髪留め。 にこやかに微笑み、礼を言って、そっと手を遣るマニューエ。そこから、薬草園に戻る途中で、あの事件が起こったのだった。
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取り敢えずは、壊れた部分を補修して、ブローチに変えてみる。 マフラーやケープを留める時にでも使えるようにしてみた。 まず、他人に見られ無いように、見られても、それと判らない様に。もし、ハンネに尋ねられたら、自分の不注意で壊してしまって、大事な物なので、少し変えたという事にしようと決めた。
コツコツコと、窓を叩く音がした。 振り返って窓を見ると、一羽のフクロウがマニューエを見ている。多分マニューエにしか見えない燐光がフクロウを取り巻いている。その様子から、そのフクロウが、特別な物だと判った。 窓を開け中に招き入れる。 テーブルの上に降り立ち、マニューエをじっとその瞳で見る。 マニューエは、そっとフクロウの頭を撫でる。 フクロウが銀色の粒になって窓から滑り込む夜気に溶けて行った。 後に残ったのは銀製の籠。 中に一通の手紙が入っていた。 表書きは只一行。
「マニューエへ」
懐かしい、そして、待ちわびていた文字が其処にあった。思わず声が出てしまった。
「マスター・・・マスターからの手紙・・・」
そっと手紙を取り出し、それを胸に当てるマニューエだった。
揺れる金天秤:帝国領 も、そろそろ収束に向かい始めます。
マニューエの学園&帝都での生活もあと半分くらい。
お話の進行も加速していきます。
頑張っていきましょう! 自分! オー!




