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怪盗は迷い猫にいる  作者: うろこ雲
月下美人編
6/14

06.喫茶『Stray Cat's』


 天牙(てんが)達の乗る車は住宅街のとある一軒家の前で止まった。


 車を降りて表通りから路地に入り家の裏側に行くと、家の一階部分に猫のモチーフと『Stray Cat's』という文字がくり抜かれた金属の看板の喫茶店があった。


 ベージュ色の石造りの壁にお洒落なランプが温かな光を放っている。

 精緻な細工が施された木の扉を開いて中に入ると、落ち着いた雰囲気の店内が広がっていた。


 白い漆喰(しっくい)の壁には外国の文字で書かれた古ぼけた地図やなんとも言えない不思議な雰囲気の絵、男女一組が写った写真などが額に入れて飾られている。

 シンプルなデザインの机と椅子が等間隔で並べられ、入り口の向かいにはつやつやに磨かれた木のカウンターがあった。


「とりあえずその辺に座って待っててくれ」


 天牙は食材をカウンターの向こうの台に置くと、そう言い残して居住スペースに繋がる店の奥の扉向かったが、後ろから舌莉(ぜつり)の声がかかった。


「待ってる間のブラックコーヒーをお願いするわ」

「人使いが荒いな」

「店主として当然のもてなしでしょう?」


 文句を言いながらも回れ右で戻った天牙は、カウンターに腰掛ける舌莉の注文の準備を始めた。


「アイスとホットのどっちがいい?」

「アイスをお願い。それと一緒にお菓子もよろしくね」

「了解」


 慣れた手つきで天牙はてきぱきと用意を進めていく。

 棚から今朝焼いたクッキーを取り出していくつか皿に乗せて舌莉の前に置いた。

 そしてちょうど作り置きの水出しコーヒーがあったのでそれを氷を入れたグラスに注ぎ、ガムシロップとストローを添えて舌莉の席に置いたコースターの上に乗せて出した。


「ミルクはいらないよな?」

「ええもちろん。今さら聞くことかしら?」

「一応だよ」


 そんなやりとりをしていると、舌莉の隣でパソコンを開いた小夜(さよ)が元気よく手を挙げた。


「あたしはアイスココアでっ」


 にぱっと笑って注文をした小夜の小さな頭を天牙の手が鷲掴(わしづか)みにした。


「お前は店の準備だろ。なに呑気(のんき)に座ってんだ」

「ひぁぁ〜痛いです〜というか今日私、シフト入って無いんですがっ」


 天牙は抗議の声を上げる小夜を頭を掴んだままずるずると店の奥に引きずって行く。


「いいから来い」

「横暴だっ!?」





 喫茶『Stray Cat's』。


 天牙と(ひかり)の住む家の一階にある隠れ家的な喫茶店であり、オーナーは光の両親である。


 だが世界を飛び回る探検家である三城(みしろ)夫妻が家にいることはほとんどないため、店を切り盛りしているのは主に天牙だ。

 三城家に引き取られた時から天牙はこの店で手伝いを始め、今では店のマスターとしてお客から認知されている。


 店内は全席禁煙。

 種類豊富なコーヒーと紅茶をはじめとして様々な飲み物を取り揃えており、要望があればそれが1人のものであっても無理のない範囲で用意してくれる。

 食事は軽食からパスタやビーフシチューなど本格的なものもあり、喫茶店というよりは洋食屋と感じるお客も多い。


 天牙がまだ学生であるため土日以外は17時から21時の4時間しか()いていないが、それでも美味しいコーヒーや紅茶と食事を求めて足を運ぶお客は多い。

 閑静な住宅街という立地も客足に一役買っているのかもしれない。


 ちなみに地下には夜から営業を始めるBARがあり、そこでは喫煙が可能である。

 天牙はまだ未成年なので、BARは三城夫妻の知り合いの雉下(きじもと)さんというナイスミドルが担当してくれている。





「ん〜」


 開店後、キャラメルラテを作りながら店内を眺めて(うな)る天牙。

 お盆を持って戻ってきた店の制服姿の小夜がそれを見て不思議そう表情になる。


「どうしたんですかっ?」

「いや、最近女性客がやたら多いと思ってな」


 小夜は振り返って店内を見回した。

 すると確かにお客のほとんどが女性であり、男性客もカップルで来ている人くらいしかいなかった。


「そういえばそうですねっ」


 おかっぱを揺らして天牙の方に向き直る小夜。

 仕上げラテアートを完成させ、それを横の女性客の前に「お待たせいたしました」と言って置くと、天牙は思案顔になった。


「メニューは女性に人気そうなものばかりじゃないんだけどな。しっかり作るからカロリーも高いし……」


 『Stray Cat's』は(もう)けに一切頓着(とんちゃく)せず、オーナーの三城夫妻の方針で料理は全て手順や材料を省くことなく一からきちんと作るため、値段もカロリーも高めである。


「確かに……でもデザートは充実してますよっ?」

「そうか?」

「はい。お客さんの要望を聞いてどんどん増えてるじゃないですかっ」

「無理のない範囲でやってるぞ?」

「その辺のカフェとは種類も質も比べ物にならないですよっ」

「へえ」


 天牙としてはレシピ通りに作っているだけで独自のアレンジなどもしていないので、小夜の指摘は少し驚きだった。


「店内の清潔感と落ち着いた雰囲気でゆっくりくつろげますし、カップとかの小物もお洒落ですし」

「食器とかは葉子(ようこ)さんのセンスだな。このカップも……なんだっけ?確かマイ……埋葬(まいそう)?」

「マイセンよ」


 そう訂正したのはカウンターに座っていた舌莉だ。


「まいせん?」


 知らずに首を傾げる天牙。一方小夜は目が点になり口をあんぐりと開けていた。


「ままままままままいしぇん!!?」


 そこだけ震度7の地震が来たように全身をガクガクと震わせる小夜。

 そのあまり動揺ぶりに天牙が舌莉に怪訝そうに尋ねた。


「そんなに高いものなのか?」

「まあまあね。例えばさっき出したラテのカップは1客で4万くらいかしら?」

「へえ……なかなかいいものなんだな」

「ちょ、天牙さん!」


 焦ったような声の小夜が天牙にぐいと詰め寄った。


「どうかしたか?」

「なんでそんなに冷静なんですか!」

「いやずっと使ってたし今さらかなと思って」

「マイセンですよ!!?」

「いいものを使うのはいいことじゃないか」

「割ったりしたらどうするんですか!?」

「いや、うちのお客さんはみんな丁寧に扱ってくれるし、むしろ割まくってるのは溝口くらいだぞ」

「はぅうっ!そ、それはっ」


 藪蛇(やぶへび)だったと気づいた小夜は青い顔で冷や汗を流しながらじりじりと後退して行く。


「お客さんが割るのは気にしないが、従業員がやるのはきちんと取り締まるべきだよなぁ?」

「そ、それはですねっ」

「じゃあ今後割るたびに弁償代を給料から天引k…」

「あたしっちょっとテーブルの片付けとお水が足りなくなってないか見てきますっ」


 天牙が全てを言い終わる前に小夜は脱兎の如く逃げ出した。






 開店から2時間ほど経ち、段々と席が()まってきたところでカラリンと扉のの鈴が鳴り、(ひかり)(あや)晶子(あきこ)の3人が店に入って来た。


「なんで黒条がいるのよ」


 カウンターに腰掛け、パスタをフォークでくるくる巻き取っている舌莉を指さした彩が天牙を(にら)んだ。


「なんでもなにもうちの常連だぞ」

「入店拒否しなさい!」

「無理だからな」

「じゃあ私がいる間だけでいいから」

「無理」

「常連の言うことが聞けないの!?」

「いやお前、金払ってないだろ」

「え…もしかして黒条は……」

「毎回きっちり払ってるぞ」

「うそ……」


 舌莉は実は長年の常連で、店の改装時にいろいろ支援してもらってこともあるのでタダでも構わないのだが、「現金を使う機会はここだけだから」という理由で毎回きちんと支払っていた。

 対して彩と晶子は幼馴染だが、もはや家族のような親密な関係なのでお金はもらっていない。


「俺がこの店で手伝いをするようになった時にはもういたしな。この店のことは俺より知ってるだろう」

「う、浮気よ!」

「なんでだよ」


 彩のよく分からない憤りに天牙は困惑するだけだった。


「黒条!」

「はい?」

「今日のところは引いてあげるけれど、これで勝ったとは思わないことね!」

「?」


「彩ちゃん?ちょっと待って!あ、天くんご馳走様〜」


 悪役のようなセリフで店から出て行った彩を急いでミルクティーを飲み干した晶子が追いかけて行った。


「光、夕食はここで食べるか?なんなら光の好物をなんでも作るぞ!」


 カロピスをストローで飲んでいた光は


「今日は晶子ねぇの家に泊まるからいらない」

「いらない………光に、いらないって、言われた……」


 どさっと(ひざ)をついて絶望の表情になる天牙。その様子に光が首を傾げると、目のハイライトが消えた天牙が光に(すが)りついてきた。


「光!」

「て、天にぃ!?」

「捨てないでくれ」

「!!?」


 突然の義兄(あに)の奇行に困惑する光。


「天牙さん、それはダメ男のセリフですよっ」

「シスコンが過ぎるわ。気持ち悪い」


 状況を理解した2人はドン引きしていた。


「なんでボクが天にぃを捨てるの?」


 事情を飲み込めていない光は普段の無表情を困惑でわずかに(ゆが)めた。


「だっていらないって……」

「いらないのは夕食の話だよ?」

「そ、そうか……よかった」


 朝からたびたび光を不機嫌にさせてしまったと感じていた天牙は光が怒っていないことが分かり、安堵(あんど)で脱力した。


「でもカロピスは飲みたいから魔法瓶にお願い」

「40秒で用意する!!」

「無理したらだめ…だよ?」


 一瞬で立ち上がってカウンターの奥に回った天牙の背中を、光はちょっと心配そうに見つめていた。




 8時。


 天牙と小夜は閉店の準備をしていた。


「結局何も話さないまま長居してしまったわね」

「あーすまん。思いのほか忙しくてな」


 カウンターでため息をついた舌莉にモップをかけていた天牙が済まなそうな顔になる。


「先に帰るわ。準備が終わったらすぐに来なさい」

「分かった」


 どこに、とは舌莉は口にしなかった。いつものことであり、言う必要もなかったのだ。


「了解ですっ」


 ピンと背筋を伸ばした小夜を舌莉の冷たい視線が射抜いた。


「何を言っているの?小夜は一緒に行くのよ」

「ふぇっ?」

支度(したく)は20秒以内ね。1秒遅れる(ごと)にあなたのゲームのデータをひとつずつ消していくわ」

「ふぇええええっ!!?」


 大慌てで更衣室に消えた小夜を見て舌莉はくすりと笑った。


「あまり待たせないでね、天牙君」

「分かった」


 天牙は舌莉の機嫌を悪くしないためにも、片付けを急ぐのだった。

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