05.放課後
放課後。
彩は空手部、晶子は風紀委員の仕事があるため、天牙は光と2人で帰るはずだったのだが、朝来たメールにより別々に帰宅することになった。
それを昼休みに光のクラスに伝えに行ったところ、光はなぜかさらに不機嫌になった。
1年の教室に入った直後は笑顔だったのに、天牙が放課後一緒に帰れないことを話すと、どことなくむすっとした表情になってどこかへ行ってしまった。天牙が落ち込んだのは言うまでもないことである。
「……光に嫌われたらもう生きていけないかもしれない」
暗い表情でうなだれる天牙の横でパチンッと扇を閉じる音がする。
「安心なさい。死んだら土に埋めてアイスの棒を指してあげるわ」
冷気を纏っているかのような澄んだ声音に天牙はいつもの調子を取り戻して言い返す。
「は?今のご時世ペットの方がもう少しちゃんと埋葬されるぞ」
「あら?それならペットとしてしかるべきお墓にいれてあげましょう」
「いつ俺がお前のペットになったんだ」
「え、違うの?」
「意外そうな顔できょとんとしてんじゃねえよ!」
「怒鳴らないでもらえるかしら?」
「……悪い」
「耳があなたのつばで汚れるわ」
「よし、表に出ろ」
「走行中の車の外に出たいの?」
しばしの沈黙が車内に流れる。
「………で、話はなんだ?」
「誤魔化したわね」
とぼける天牙に舌莉はスッと目を細めたが、紫がかった黒髪を耳にかけて話を戻した。
「まあいいわ。それと二度手間が面倒だから話は小夜が揃ってからよ」
「溝口は今日のシフトは入ってないぞ」
「知ってるわ」
眉をひそめた天牙に舌莉は察しの悪さに呆れるような表情になる。
「だから今向かってるじゃない」
リムジンに付いている電話で3コール、プツンと相手に繋がった音がスピーカーから聞こえた。
『も、もしもしゅ!み、みじょぐちですっはぅうう!?』
「「………」」
噛みすぎてなにを言ってるかよく分からない相手に天牙と舌莉は無言を返した。
『あ、あの〜?』
「「………」」
『もしも〜し?』
小さな声がさらにか細くなったところで舌莉がため息をついて唇を開く。
「小夜」
『ひゃ、ひゃい?!こ、黒条さんこんにちはっ』
舌莉の声を聞いて飛び上がったことが電話口からも分かるくらいの慌てっぷりだった。
「溝口、お前は舌莉より年上だろ?」
「それを言うなら、わたくしより年下の天牙君の口調も直すべきよ」
電話の向こう、大学生の溝口 小夜のかしこまった態度に天牙が呆れたように言った。
それを聞いた小夜がさらに驚く。
『て、天牙さんもいるんですか!?』
「俺がいたら悪いかよ」
『違います違います!ちょっとびっくりしただけですっ』
「いい加減本題に入りたいのだけれど」
『しゅみませんでしたぁああ!!!』
舌莉の少し不機嫌な声を聞いて小夜が光の速さで土下座をする光景がありありと浮かんだ。
「はあ、わたくしは普通に接するよう言ったはずなのだけれど」
頭痛がしたようにこめかみを押さえる舌莉。
「まあ、散々溝口をいじった前科があるからなぁ」
薄く笑った天牙に舌莉は鋭い目を向ける。
「なによ。文句でもあるの?」
「ありません」
舌莉には逆らえない天牙だった。
会話が途切れたところで小夜がおずおずと切り出す。
『あ、あのう……今日はあたしのシフトは無かったと思うんですけどっ』
「なかったわね」
「ないぞ」
『じゃ、じゃあなんでっ』
「小夜、今日の予定は?」
『は、はい。え〜っと今日届いたゲームをこれから始めるところで……』
「暇なのねわかったわ」
『ふぇ?』
「今から10分後にそっちに迎えに行くから。最低限の支度をしておきなさい」
『ええええ!!?ちょ、ちょっと待ってくださいっ』
問答無用の決定に焦る小夜だが、舌莉は意に介することなく言葉を続けた。
「ちなみに仕事(、、)よ。それで分かるわよね?」
『え、はい。でもゲームがっ……』
ごねる小夜に舌莉の冷たい舌鋒が突き刺さる。
「小夜」
『は、はい!』
「仕事(、、)と言ったはずよね?2度と言わせないでもらえる?」
『は、はぃ〜……うぅ……』
「じゃあ今から10分後に」
『あっちょっと待ってください!せめてもう10分だk…』
みなまで言わせずに舌莉は通話を切った。
天牙は苦笑いになって頭をかいた。
「相変わらず容赦ないな」
「これくらいは普通だと思うのだけれど?」
「それもそうか。というか溝口も舌莉相手によく食い下がるよな。なんだかんだ言ってあいつは大物だよ」
舌莉は澄ました顔でアイスコーヒーのグラスを取った。
「わたくしが認めたのよ?当然だわ」
「そうだ、食材が足りないからスーパーに寄ってもらってもいいか?」
天牙がポケットの財布を取り出しながら舌莉に尋ねる。
「かまわないけれど」
「じゃあ次の角を右に頼む」
「………」
「どうした?」
不意の沈黙に、財布の残高を確認していた天牙が怪訝そうに顔を上げる。
「相変わらず優しいのね」
「なんのことだ?」
「……わかっているわよね?」
ぶつかる視線。根負けしたのは天牙の方だった。
「………身内にだけだ」
「ふふ……本当にそうかしら?」
見透かしたような舌莉の瞳に照れ臭くなった天牙は視線を窓の方にそらせた。
食材の買い出しを終え、待たせている車まで駐車場を歩く。
舌莉は頬にしなやかな指を当てて口の端をわずかに上げた。
「なかなか興味深かったわ。うちのシェフの気持ちが分かった気がする」
買い物についてきた舌莉はどうやらスーパーに入ること自体初体験だったようで、興味を持ったものを逐一天牙に尋ねた。
買い物かごや並べられた食材の品数と量に驚き、レジ打ち係にまで質問を飛ばした。
天牙はあちらこちらにふらふら彷徨うお嬢様に振り回され、いつもの何倍もの疲労を感じることになった。
「舌莉の家にはシェフがいたんだったな」
舌莉の家は一般家庭の天牙からは想像もつかないほどの大富豪である。その感覚のずれには前から大いに驚かされてきた。
「ええ。彼らもこうして選んでいたのね」
「いや、舌莉の家だったら食材が直接届くんじゃないか?」
「よく考えればそうね。失念していたわ」
「舌莉の知る知らないの基準が未だによく分からないな」
「コンビニは知っているわ」
「前に行ったからな。あの時も大変だった」
コンビニでの騒動を思い出して遠い目をする天牙。
舌莉は頬をうっすら紅潮させて視線をそらせた。
「あ、あれは事前にきちんと説明しない天牙君が悪いのよ」
「コンビニの事前説明が必要な人間はそうそういないぞ」
「う、うるさい。お詫びになにか面白いことを言いなさい!」
「ええ〜いきなり横暴ですよお嬢様」
「さっさとしなさい」
言葉に殺気を滲ませた舌莉。
これ以上機嫌を損ねるのは良くないと思った天牙は、お嬢様の要求に応えるために目線を上に上げてしばし考えた。
「スーパー初体験とか、相変わらずのスーパーお嬢様だよな」
「面白くないわ。座布団全部没収ね」
結構な自信があっただけに、ばっさり切り捨てられて少しムッとした天牙は微々たる反撃を試みる。
「見てる番組はお嬢様っぽくないのな」
「口を本返し縫いするわよ」
「はいすいません」
ぴしゃりと鳴らされた扇に天牙は身をすくめて無駄口を叩くのをやめた。
舌莉にはやっぱり敵わないなと天牙は思った。
車はオートロックの大きなマンションの前で止まった。
少ししてキャリーバッグを引いた小柄な少女が出てきた。
「お、お待たせしましたっ」
溝口 小夜は上がった息で肩を上下させながらてこてこ歩いてきた。
「荷物はこのキャリーバッグ1つか?」
「ここにスーツケースがあります。精密機器なので自分でもちますがっ」
「分かった」
天牙が荷台にバッグを載せて、スーツケースを抱えた小夜と一緒に黒塗りのリムジンに乗り込む。
「詳しい話はお店に着いてからでいいかしら?」
「はいっ」
「分かった」
行き先を運転手に告げると車は滑らかに走り出した。




