04.White Eye's
2年B組。天牙は自分の机に突っ伏して項垂れていた。
「光に嫌われたかも。死にたい」
それを聞いた横の席の山西 響一はニヤニヤと笑みを浮かべた。
「出た〜!影山っちのシスコン!今日は何して怒られたんだ?無理に家から連れ出したとか?」
「それは大丈夫だったんだが、光の将来のためにいい相手を考えてたらなんか拗ねられた」
天牙がそう言うと、響一はまたかという表情になった。
「あ〜………そりゃ影山っちが悪いわ」
「な、なんでだよ!」
顔を上げて響一に詰め寄る天牙。だが山西はそれに答える気はないようだった。
「それを言うのは野暮ってもんだよ。光ちゃんは自分で気づかせたいだろうしな」
「野暮……光は自分で気づかせたい……そうかっ!!」
「分かったのか!?」
「光はまだ義兄離れしたくないということだな?まあ可愛い義妹に変な虫が付くよりはいいか。よし、こうなったら人一倍働いて稼いで光の引きこもりライフを応援してやる!!」
「あ〜惜しい、惜しいわ〜……でも光ちゃん的にこれはアリなのか?まあそのうち気づくだろ」
相変わらずの天牙の鈍感っぷりに、山西は呆れ顔になった。
「そういや見たか?今朝の朝刊」
シスコンを暴走させる天牙の意識を逸らそうと、響一は話題を変えることにした。
「あ〜光を起こしたり飯作ったりいろいろやってて読んでないな」
いつも天牙は欠かさず新聞を読むのだが、昨日は少し夜更かしをしたせいで起きるのが遅くなり、さらに光を起こすのに手間取ったせいで一切目を通していなかった。
それを聞くと響一はあからさまに馬鹿にした表情になり、今朝の朝刊をひらひらと掲げながら芝居がかった声を出した。
「オーノー、高校生たるもの新聞の一つや二つ嗜んでおかないと?チミは時代の波にのりおくれるぜ〜?」
「普段テレビ欄しか見ないやつが調子に乗んな」
「いだだだだったっったんまストップストップごめんなさぃいい!!!」
天牙のアイアンクローがかかり、メリッと頭蓋が軋む音がして響一の頭に指が食い込んだ。
「いたたた……んもう暴力はないっしょ影山くぅ〜ん?」
手が離されたのをいいことに再びふざけた調子に戻った響一に天牙がゴキリと指を鳴らした。
「あ、嘘です冗談です!」
「で?」
「あ、今朝のこの記事!ここを見てクレヨン」
「………」
「はい、これです。一面を見てください」
神妙な顔で響一が指差した記事に天牙は目を向けた。
「あーっと、『"東洋の神秘"【月下美人】が孤宝博物館にて7月7日に公開』なんで一面に宣伝が載ってるんだよ」
「そこはいろいろあったんじゃね?」
「まあいいか。それで、これがどうかしたのか?」
「影山っちは【月下美人】についてどこまでご存知?」
「全く知らん」
「ならば教えてしんぜよう!【月下美人】とは」
バッと変なポーズを取った響一を無視して天牙は記事の横の注釈を読み始めた。
「『……"東洋の神秘"と呼ばれる青く輝く大きな真珠であり、月ノ宮家に平安時代から代々受け継がれてきた至宝である……』つまりは宝石か。これがどうかしたのか?」
「影山っち、人が説明してる最中に無視するのいくない」
「お前の説明は長くてまどろっこしいからな」
「酷くない!?」
「それに勿体ぶっててうざかった」
「なお悪い!?」
「まあそれは置いといてだ、これは何かすごいのか?宝石とかあまり興味がないんだが」
天牙の質問に響一はヘラッとした顔で答えた。
「いやこれ自体は俺っちもあんまし興味ないんだよ」
「はあ?」
「いんや、大事なのは今影山っちが読んだやつの横の記事なのさ」
言われた通りに天牙は横の記事に目を移した。
「あーっと、これか。『怪盗一味【White Eye's】が予告状を孤宝博物館のホームページをハッキングして掲載。7月7日公開の【月下美人】を標的とした模様。関係各所はこの声明に警戒、当日は警察による警備が強化される予定。』おいおい、大事件じゃないか」
不穏な名前の登場に、天牙の目が見開かれた。
【White Eye's】。
2、3年ほど前から度々世間を騒がせている素性不明の怪盗一味で、メンバーは3人で全員女性だということだけが分かっている。
狙う物は主に美術品。博物館や美術館にあるものだけでなく、個人の邸宅にあるものを盗むこともある。
狙いを定めた美術品がある場所に白い手紙で予告状を出し、分厚い壁の金庫であろうと100人が周りを固めていようと、それをあざ笑うかのように鮮やかな手口で指定した時刻に必ず盗み出してしまうのだ。
「というか【White Eye's】ってやたら注目されてるよな」
「そりゃあな。現代に蘇った【Cats Eye's】とも呼ばれてるんだぜい」
「俺らが生まれる前に活躍した女の怪盗集団か」
「細かいところは違うけどな。そして【White Eye's】の人気の秘密はやっぱり正義の盗賊ってことだぜ」
「盗んでる時点で悪だろ」
そう言った天牙に響一はニヤリと笑って人差し指を振る。
「チッチッチ、影山っちは分かってないな!」
「なにがだよ?」
「【White Eye's】が盗むのはみんな盗品や強引に奪ったものばかりなのさ。それをあるべきところ、元の持ち主に返すのを生業にしてるんぜよ。だから俺っちみたいなファンも多いのさ」
「それは有名な話だな」
それだけでなく、私腹を肥やした金持ちから盗んで孤児院などに多額の寄付をする怪盗紳士アルセーヌ・ルパンのような義賊でもある。ここも【White Eye's】が犯罪者でもあるにも関わらず世間の人々から人気がある理由である。
「ちなみに俺っちの調べたところによるとメンバーは3人で、最年長が潜入と特殊工作、2番目が用心棒として敵を排除、最年少がハッキングと道具の開発を担当してるって話だぜ」
「やたら詳しいな」
「そりゃあな。女怪盗だなんてしびれるじゃないか!」
「で、本音は?」
「【White Eye's】のお姉様方とお近づきになりたい!!」
「そういう思考ね」
「俺っちを盗み出して欲しい!」
自分で自分を抱き寄せてくねくねと動く響一を天牙は気持ち悪そうな目を向けた。
「1億積まれてもやらねーよ」
「酷い!影山っち酷い!!」
「まあな」
「褒めてねえ!」
「それで影山っち」
少し真剣な声音になる響一。だが天牙はこういう時でもふざけるとわかっているのでおざなりな返事を返した。
「なんだ」
「気づかないか?」
「なにが?」
「だ〜か〜ら〜、【月下美人】だよ!」
「博物館に展示され……あ」
言葉の途中でハッととした表情になる天牙。
それを見て興奮を抑えきれないという面持ちで響一が拳を握りしめた。
「YES!【White Eye's】が動いたってことは……」
「【月下美人】、もしくは展示される孤宝博物館関係になにかしらの問題があるってことか」
「そうさ!そしてそれを裏付けるように孤宝博物館の先代館長の村山 善造には黒い噂がちらほらと……」
「長くなりそうだからパスで」
聞く気はないとコーラを開けて飲み始めた天牙に響一は物足りない表情になる。
「ええっ、これからがいいところだぜ!?」
「お前がゴシップネタを語り出すとキリがない」
「まあな!」
「褒めてねえ」
誇らし気な響一に冷めた顔で天牙がボヤいた。
「それはそうと影山っち。【BLACK MOUTH】は今回動くと思うか?」
「ぶはっ!」
「影山っち!?大丈夫か!?」
天牙は飲みかていたコーラを盛大に吹き出してむせ返った。
響一がティッシュをなぜか箱ごと取り出して渡してくれる。それを礼とともに受け取った天牙は口と汚れた机を拭いた。
「げほげほっ……あー大丈夫だ、問題ない。続けてくれ」
「【White Eye's】と双璧をなす怪盗【BLACK MOUTH】。【White Eye's】とは違って欲望のままに盗む悪の権化!」
「いやさっきも言ったが、盗む時点で悪だから」
だが再びスイッチが入った響一はツッコミを無視して言葉を続けた。
「こちらは【White Eye's】以上に素性の一切が謎に包まれてるぜ。予告状は出さず、盗ったあとに『貴殿の所持していた○○は我が混沌の口の中に。BLACK MOUTH』という手紙を残していくだけの最低野郎だよな!」
からからと笑う響一。
一方、天牙はコーラの缶を握りしめてなぜか羞恥に震えていた。
「あれ、影山っち?真っ赤になってプルプルしてどうしたん?」
「い、いや改めて読まれると滅茶苦茶恥ずかしい文章だなと……」
「あー確かに、この中二全開の文章はさすがに痛いわな」
「あ、ああ」
響一の言葉に天牙はどこか上の空だった。
「そうじゃなくて!影山っちはどう思う?今回【BLACK MOUTH】は動くかな?」
「あーそうだな……」
答えようとしたところで、天牙のスマートフォンが振動した。
答えを一旦切って指でメールのアイコンを押す。
そして天牙は開いた新着メールをちらりと見ると
「………動くと思うぞ」
なぜか確信しているように答えた。