第8話 琥珀色の誘い
『がっ……ああっ』
届きそうで、届かない。湖まであと一歩の距離で、白虎は苦しみもがきながら地面に深い爪痕を残しながら、懸命に闘っていた。
苦痛をねじ伏せようとも、耐えようとも見える。そんな中で、ただ、ただ。
惹き寄せられた。
そう言えばいいのだろうか?
その美しい、強い光を放つ琥珀色の瞳に。気が付くと私は、自然と近寄っていた。
「――苦しいの?」
問いかけた言葉に、獣は忌々しそうにこちらを睨む。
――我に触れるな。近付くな。
――今すぐにも殺してやりたい。
そう告げる、美しき気高い瞳。
ただ、ただ、純粋な殺意。
殺されてもいいと思ったわけじゃない。
殺されたいとも、思ってない。
けれど、不思議と怖くはなかった。生物としては欠陥しているのかもしれない。
本能的に恐怖を感じなければおかしいはずのそれに、なんの警戒心もなくふらふらと近づきながら、無意識のうちに掌に魔力を集めた。
気が付けば私は、“彼”に触れていた。
「『探索』『解析』」
心臓にほど近い場所に、ぞくりと感じる黒い塊。
白いはずの全身を覆うのは、憎悪や悪意、気持ち悪いほどの嫌悪を感じさせる、漆黒の意思。
「『清浄』」
白い光が黒の塊を溶かしていくのを見ながら、何かが抜けていくのを感じた。
「あ……」
さっきとは違う、体から力が抜けていく感覚。意識がふわふわして、どこにも力が入らない。
そうして私は、ゆっくりと目を閉じた。
放課後の、チャイムが鳴った気がした。
ぼんやりしていた思考を現実に向けると、そこは学校の図書室だった。いつの間にか学校にいたことに嫌な思いを抱く。けれど図書室の空気と静寂に、ささくれ立った気持ちはあっという間に消え去った。
学校は、嫌い。
勉強は、好き。
本を読むのも。それらは、私に新しいことを教えてくれる。今まで知らなかった事を教えてくれる。知らない事を教えてくれる。
そして何より、本の世界は私を拒んだりしない。
教室は、嫌い。
人がたくさん。
――とてもうるさい
教師が来る。
――ただ、教科書を読み上げるだけ
それならいっそ、図書室で勉強だけさせてくれればいいのに。
ここにいるのは、私と司書さんだけ。せっかくの図書室なのに利用者はあまりいないし、見かけない。もったいない。
でも、だから、とても静かに本が読める。司書さんも、こちらから聞かない限りはこちらを気にせず、とても静かに業務を行う。たまに本を読んでいたりもする。
静寂に包まれ、心を癒されながら、誘われるように書架に向かう。“学校”の本だから、読んだことのある本もたくさんあるけれど、読んだことのない本もたくさんある。
ふと目に付いた視線の高さにあった背表紙にタイトルのない琥珀色の本に触れた。
瞬間、驚くほどぱちりと目が覚めた。
『目覚めたか』
耳元にも近い、至近距離からかけられた低音の耳に残る声に、私はただ目を瞬かせた。