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帰り道。
夕陽が照らす歩道をとぼとぼと、自分の足元を見ながら歩いていた。
はぁ…。靴箱から、ここまでずっと口から出るのはため息ばかり。
前を向いて歩こうとするけれど、気分が落ち込んでしまっていて自然と頭は下を向く。
「はぁ……」
いったい何度目のため息なんだろう。
誰かがため息つくとその分幸せが逃げて行くって言ってたけど、もう私にはため息つきすぎて、幸せは一かけらも残ってない気がする。
「ため息つくと幸せ逃げるよ。橋宮」
「だよねぇ…」
ほんと、そうだよね。って!!
この聞き覚えのある声は。
「梶瀬くん!!!?」
私は何度も目を擦る。
「橋宮、俺は本物」
「うそ!」
梶瀬くんは、私に近寄ると私の目線に顔を合わせてニコッと笑った。
「なんで?」
「なんでって?」
「なんでここにいるの?」
「うーん…本原ユカ様の差し金かな?」
梶瀬くんは意味が分からないことを言う。
「ユカの差し金?」
「そ、本原ユカ様が俺に直々に司令を出されたんだよ」
「もう!冗談やめてよ」
梶瀬くんはずっとニコニコして言うから、私はいまいち状況が飲み込めない。
それに、梶瀬くんはどうして普通に笑ってるんだろう。
この前の遊園地でのこととかもう忘れちゃったのかな。
「どうした?急に黙り込んで」
「ううん!なんでもない」
梶瀬君は、夕陽の方を向くと、少し小さな声で
「橋宮が気にしなくてもいいよ。俺はもう大丈夫だからさ」
って言うから、私は驚いた。
梶瀬君には私の心の中全部見えてしまっているのかな。
「だから、俺、橋宮と友達になりたいんだけどいい?」
「うん!友達!」
私が思いっきり大きな声でそう答えると、梶瀬君はハハッと笑って、「それでいいよ」とつぶやいた。
「橋宮…、悩み事とかある?本原が橋宮の悩み事聞いてあげてくれって頼まれたんだ」
ユカ…。
なんだかんだ言って気にしてくれてるんだね。
やっぱり私の大親友だ!
「俺でよかったら聞くけどさ」
よし、梶瀬君ならこのもやもやした気持ち分かりやすく教えてくれるかもしれない。
たしか、中学のとき成績良かったし。
「あのね…」
「うん」
「私、分からないんだ」
「うん」
「ふ…藤井先輩とジュディが仲良くしてるとね、胸がぎゅっってなるの」
長い沈黙。
「ちょっと、質問いいかな」
「はい」
「ジュディって誰?」
私って話し方下手なんだよね。
梶瀬君は同じ学校じゃないから知らなくて当然だった。
「ジュディって最近転校してきた留学生の子なんだ。すっごく可愛くて背が高くていい子なんだけど」
「うん」
「その子と藤井が一緒にいると胸がぎゅってなるんだ。それに…名前をね。そのジュディって子が先輩の名前を呼び捨てにしたとき…すごく悲しいっていうか辛いっていうか…なんだかモヤモヤした気持ちになったの…それがどうしてなのか知りたくて」
梶瀬君は、「そっかー」とつぶやくと、ガードレールにもたれかかって、あごに手をあてた。
少しの静寂の後、梶瀬君は一つ一つ言葉を選びながらゆっくりと話し始めた。
「…俺が、橋宮の事を意識し始めたのは中2の冬ぐらいだったかな」
えっ。
「橋宮って、美化委員だっただろ?俺も美化委員で掃除とか花の世話とか結構一緒にやってたんだけど…」
「そうだったっけ?」
「覚えてないよな…昔の事だし」
あっ私失礼なことを…。
「ごめんなさい」
「謝るなって。橋宮は委員の仕事一生懸命やってて周り見えてなかったから、覚えてなくて当然だよ」
私、一度何かに集中すると、それしか見えなくなっちゃう性格だし、猪突猛進タイプだもんね。
家だと掃除面倒なのに、係って任命されるとがんばらなきゃって思っちゃう質だからね。
「そこで、花の世話をして笑ってる橋宮を見た時、なんか心がさ、温かくなったんだ」
なんだか、梶瀬君の話していること私の事なのに、他人の話みたいに思えてくる。
私ってそんな感じだったんだ。
「それからそんな気持ちが何度かあって、俺は橋宮が好きなんだって気付いた」
梶瀬君…。
「気持ちを言葉にするってすごく難しいんだ。悲しいとか辛いとか楽しいとか嬉しいとか…いろんな気持ちを表す言葉っていっぱいあるけど、言葉じゃ表現できない気持ちもたくさんある。言葉にするんじゃなくて、気持ちを見つけてあげることが正解なんじゃないかな」
そっか。
言葉にしようとするから、わかんなくなるんだ。
の気持ちを見つけてあげることが正解…。
それもなんだか難しいような…。
「橋宮を好きって気付いた時はさ、それを言葉にしようとかそんなこと考えた事なかったよ。でも気持ちはどんどん日を重ねるごとに大きくなっていった。それで中三の冬休み前…俺は橋宮に想いを告げたんだ」
あの日の記憶が鮮明に蘇る。
私はあの時、本当に無神経で最低だった。
なんでちゃんと考える事ができなかったんだろう。
梶瀬君は勇気を出して想いを伝えてくれたのに。
私はそれを踏みにじったんだ。
「結局俺の気持ちは伝わって無くて、勘違いで終わった恋だったけどさ、俺は別に後悔はしてないよ。想いを伝えた事」
でも…。
「それに高校入って橋宮にまた会えた事とても嬉しかったし…」
笑ってそう言う梶瀬君は、本当にすごい人だと思う。
「橋宮は…そのジュディって子が藤井の名前を呼び捨てにしたことで気持ちが混乱してるって言ってたけど…」
「うん」
「俺…正直に言うと、藤井が橋宮の名前を『陽依』って呼んでたことすごく腹が立ったよ」
え?なんで?
「名前ってさ、苗字より下の名前で呼ばれる方が…距離が近く感じるだろ?だから藤井が、普通に橋宮の事そう呼んでるのがなんか羨ましくてさ」
あっ…梶瀬君の言ってる事なんだか分かるかも。
「やきもち焼いてた。俺、藤井に嫉妬してたよ」
や き も ち。
「俺の方が多分藤井より長く橋宮と接してたのに、その時間をスキップして飛び越えられた気がして、胸が苦しくなった」
梶瀬君はそこまで話すと、
「あ、もう空が暗いや。早く家帰らなきゃな」
と私の家の方向へ足を進めた。
「えっ、ちょっと続きは?」
「ん?もうおしまいだよ。俺が話すのはここまで」
「そんな…もう少し…」
「ほら、もう暗いし急ぐぞ」
「えぇ~」
それから駆け足で私の玄関まで辿り着いた。
「ごめんね。家まで送ってもらって…」
「いいんだよ。ユカ様の命令だしさ。じゃ、俺も帰るわ」
梶瀬君は、またニコっと笑うと、私に手を振って後ろを振り向き歩き始めた。
数歩進んだ所で、
「あ、忘れてた…」
とまたこちらに踵を返すと、私の目の前に立った。
「あと一つだけ言う事があったんだ」
「なに?」
私が聞き返すと、梶瀬君は私の目をじっと見つめて黙りこんだ。
急に真面目な顔になったから、私は目をきょろきょろと動かして戸惑ってしまう。
そして、梶瀬君は目を閉じると、私の肩に両手を置いて、どんどん顔を近づける。
「ちょ…ちょっと待って!」
私は、両手を梶瀬君の胸に当てて押す。
けれどチビで非力な私の力じゃ全然かなわない。
梶瀬君…私の事もう大丈夫だって言ってたのに。
どうして…?
困惑して泣きそうになっていると、いきなり梶瀬君の両目がぱっちり開かれた。
そして、ニコッとわらった。
「え?え…?えぇ?」
「さて、ここで問題です!今俺がしようとしたことと、藤井先輩とのことの違いはなんでしょうか」
「問題?…藤井先輩とのことって?」
「俺がしようとしてたこと、先輩としたんだろ?」
どうして梶瀬君がそんなこと知って……。
ああああ!ユカめぇ!!
「じゃ、俺は帰るな。バイバイ」
梶瀬君は、手を振るとさっさと帰って行ってしまった。
問題って…。
悩み事解決するどころか増やしてるじゃん。
とりあえず家に入ろう。
私は、自分の部屋に入ると、鞄をベットに投げて、部屋着に着替えて勉強机の椅子にへなへなと座り込んだ。
「梶瀬君がしようとしたことと…藤井先輩とのことの違い…か…」
それって、やっぱり“キス”のことだよね…。
頬杖をついて考える。
だんだん頬が熱を帯びてきた。
“キス”
梶瀬君がしようとしたときは、私すごく困った。
思いっきり…胸を押して距離を広げようとしたし…。
藤井先輩とのときは、あれはどうしてあぁなっちゃったのかわかんないけど、私…自分から目を閉じた。
それで……。
ああぁぁぁ…だめだ。
考えるだけで、ゆでダコ状態。
思い出すのでさえ恥ずかしいよ。
そう言えば、梶瀬君。
呼び捨ての事も言ってた。
“やきもち”って。
やきもちって、好きな人が、別の人に好意を寄せているのを知った時に、その人を腹立たしく思うことだよね。
『俺…正直に言うと、藤井が橋宮の名前を『陽依』って呼んでたことすごく腹が立ったよ』
『その子と藤井が一緒にいると胸がぎゅってなるんだ』
やきもちは、好きな人のために抱く感情。
やきもちは、好きな人のことで起こる気持ち。
そっか。
私、先輩のことが、藤井先輩のことが“好き”なんだ。
ストンと心に入ってくる「好き」という言葉。
ユカが言ってたように、自分で気づかなきゃいけなかった。
人に教えてもらっても「そんなのウソだ」って否定してたかもしれない。
梶瀬君が言ったように、無理に言葉にしようとするんじゃいけなかった。
だってもう答えは心のなかにあったんだもん。
そっか、そっか、そうなんだ。
私、先輩のことが好きなんだ。
この胸のドキドキはトキメキって言うんだね。




