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藤井先輩と私。  作者: 寿音
Ⅷ:委員長と妹。
31/83

学校帰りの中学生の群れ。

犬を散歩しているおばさん。

橋のところで、のんきに釣りを楽しむおじいさん。…の横を走り抜ける私。

これでも一生懸命走ってるんだよ。

何度か三輪車を快速に走らせる幼児に抜かされたりしたけど、歩いてる人に越されたりしたけど!

体育の成績そんなに良くないから、スピード全然出てなくて、汗ばかりが出る。

うわ。今の私相当汗臭いな…。

ふと電柱に書かれている町名を見る。

≪星谷町≫

手元の住所を見る。

≪星谷町1-18、マンション名:クローバーシティ≫

この町だ!

あとはクローバーシティっていうマンションを探さねば…。

まわりを見渡すと、あれまぁ…マンションだらけ。

ま、まさかのベッドタウン!?

閑静な住宅街にそびえるタワーマンションの群れからクローバーシティっていうマンションを見つけるのはかなり大変そう。

自分で探すより、誰かに聞いた方がいいかも。

誰か通らないかな。

あっ、お買い物帰りのマダムがいる!

あの人に聞こう!

「あのっ!すいません。お聞きしたいことがあるのですが」

「あら、何かしら?」

「クローバーシティっていうマンション分かりますか?」

「えぇ、知ってるわ。ほら、あれよ」

そう言って、マダムは指を高く空を指差した。

その方を見ると、ほかのビルを見下ろすようにそびえ立つ、高層ビルがある。

マンションの高さの域を超えている。

「あれ、マンションなんですか?」

「えぇ」

マダムは「おほほほほ、それではごきげんよう」と笑って去っていく。

それにしても破格におっきなマンションだ。

藤井先輩って一体何者なんだろう。

おっと、ぼーっとしてる場合じゃない。

私は、マンションの前まで走る。

やっと着いた。けど、肝心なのはこれからだよ。

すぅっと息を吸って、ふぅと息を吐く。

走ったせいで上がった心拍数を、深呼吸でなんとか落ち着かせると、マンションの入り口まで歩く。

ウィーンと自動ドアが開き、意を決してマンションの中に突入…

ドーーン!

できなかった。

誰かにぶつかった?

ぶつかった勢いで、座りこんでしまっていた私は目をそっと開ける。

目の前には、女の子が尻もちをついていて、ぶつかった肩をさすっていた。

ゆらりとツインテールが揺れる。

あ、謝らなきゃ。

「ごっごめんなさい!立てますか?」

私は、すぐに立ちあがってその子に手を伸ばす。

「ありがとう」

女の子は私の手を取ってゆっくりと立ち上がった。

「「!!!!!!」」

立ちあがった少女と私は、手を取り合ったまま固まった。

だって、目の前の少女は、“アンナ”って呼ばれてた、先輩の彼女。

バシッ。音を立てて私の手が、その子によって払われた。

「あんた、なんでここにおるんや!ははーん。もしかしてストーカーか!?悠太も質悪い女に好かれたもんやなぁ!」

そんな。ストーカーだなんて!

「違います!藤井先輩にお伺いしたいことがあって…」

「ご生憎やなぁ!あんたのようなどこの馬の骨かも分からんような小娘になんて悠太は会いたくない言うとるわ」

コテコテの関西弁。

でも、関西弁でよかった。

すごくひどいことを言っているみたいだけど、ほとんど理解できてないから全く傷つかない。

(天のユカの声:あんた、“生憎”とか“馬の骨”とか標準語だからね)

「先輩に聞きたいことがあるんです!通してください」

「いやや!悠太の彼女は私なんや!2人の甘い時間邪魔されたくない」

一歩も引かない私と、彼女。

言葉を越えた睨み合いが始まり、2人の間に沈黙が流れる。

「ぐぬぬぅ」

「むむむぅ」

2人の唸り声がエントランスに響く。

このままだと、翌朝までにらみ合う勢い。

私が行動を起こすか、“アンナ”が行動を起こすか。

しかし、その沈黙を破ったのは私でも“アンナ”でもなかった。

「おい、杏奈~。やっぱアイスじゃなくてシュークリーム買うて…き……」

こ、この声は。

「ひより…か?」

白のTシャツにラフな短パンをはいてマンションから出てきたのは、藤井先輩その人。

「せん…先輩!?」

「見るな!減る!」

私が藤井先輩に近づこうとすると、“アンナ”は私と先輩の間に立って通せんぼした。

「減るって…お前なぁ」

「悠太は黙ってて、これはウチとこの女の問題や」

藤井先輩は状況が読めないらしく、頭をかいて「え?」と一人、ポカーンとしている。

「さ、帰って」

「いやです」

「帰りや」

「帰りません」

「しっつこい女やなぁ」

「はい。分かってます」

ここで引き下がるわけにはいかない。

せっかく先輩がそこにいるんだ。

聞かないと!

「先輩!藤井先輩!」

「お?なんや?…まぁ、立ち話もなんやからウチあがって」

「悠太!」

「なんや、2人いつの間に友達になったんや?聞いてへんで」

「だれがこんな女と友達にならなあかんねん!」

「え?違うんか?」

先輩には、私と“アンナ”が仲良くじゃれ合っているように見えたらしい。

「でも、ウチあがって、せっかくやし」

「んもう!悠太ぁ!」

先輩は、怒る“アンナ”さんを無視して、マンションの中に入って行った。

とりあえず、私も着いていく。

エレベーターに乗り込むと、先輩は30というボタンを押した。

エレベーターは入り口と反対側の壁がガラス張りになっていて、街並みが一望できるようになっていた。

どんどん地表が遠くなる。

「すごーい」と感嘆の声を漏らすと、「は?」と“アンナ”が鼻で笑った。

お子様で悪かったわね!ガラスに張り付いて外を眺めるのをやめて、“アンナ”さんを軽く睨み返す。すると、彼女も私に負けじと目に力を込めた。


チーン。

エレベーターが開く。

藤井先輩はポケットから鍵とみられるカードを取り出すと、先輩の家らしい扉の前に立ち、キーをとおした。

ピピーと音を立てて、ドアがガシャンと開く。

「我が家へようこそ。陽依」

先輩がドアを開けてくれいていて、私が最初に中に入ることになった。

緊張するなぁ。

お父さん以外の男の人の部屋に入るの初めてだし。

玄関は綺麗に片づけられていて、奥の壁には、どっかの有名な画家がかいたとおもわれる絵画が飾ってあった。

このマンションもすごいし、きっとこの絵もただの飾りではなさそう。

「おじゃまします」

私がそう言って入ろうとすると、「私が先や!」と、“アンナ”さんが割り込んで中に入ってしまった。

「おい!杏奈!なにしてんねん」

このとき、私の心の中に新たな疑問が浮かび上がった。

本当にこの2人は付き合ってるのかな。

なんか違う気がする。

もっと別の、なんだろう。

恋人同士の、ユカと貴光のような空気じゃない。

二人の会話を聞いていてなぜか分かんないけど、そんな気持ちになった。

まぁ、いいか。


「おじゃまします」

気を取り直して、先輩の家に一歩足を踏み入れた。

「そこにスリッパあるから」

「あ、はい」

来客用のであろうスリッパをはくと、一歩一歩中に進んだ。

「ごちゃごちゃしとるやろ?陽依が来るって分かっとったら、片づけてたんやけど」

廊下には様々なオブジェらしきものが置いてあり、こういうレイアウトしてるのかなって思ったけれど、それはただ片づけてないだけらしかった。

「この作品って」

「あぁ、俺が作った」

「すごいです!」

インテリアのデザインだけじゃなくて、こんなアーティスティックなオブジェとかもつくれちゃうんだ。

なんか、いつもの先輩よりかっこよく見える。あ、いつもかっこよくないわけじゃないけどね!

先輩の意外な一面が見られてうれしかった。


「そんなに褒められると照れる」

頬を赤くする、藤井先輩。

「さ、ここがリビングや」

先輩が廊下の突き当たりのドアを開けると、白と黒で統一された、いかにも男の人の部屋らしいリビングが広がっていた。

リビングのソファーに、すでに“アンナ”さんが座っており、ふてくされた顔をしてこっちを見ている。

「いい加減に、機嫌なおせ杏奈。ほとんど初対面の陽依に失礼やろ」

「だってぇ」

ほら、今の言い合い。

恋人同士って感じがしない。

恋人同士っていうより、夫婦のような。でも夫婦って感じも少し違う気がするし、もっとしっくりくる関係がきっとあるはずなんだけど、幼馴染?いや、違う。

もっと…なんだっけ。

「ほら、自己紹介して、仲直りし!」

オカンのような口ぶりで、藤井先輩は“アンナ”さんを立たせた。

「分かった。あたしは藤井杏奈…、中2。ハイ終わり」

かなり早口だけれど、自己紹介してもらったし、私も自己紹介しなくちゃ。

「私は、橋宮陽依。高1です。よろしくね?」

この子年下だったんだ。

オーラがすごいから、ずっと年上だと思ってた。でも改めて見ると、中学2年生に見えなくもない。

そういえば、先輩と似ている気がする。身長もスラっとしてて。恋人同士は似てくるってどっかの本のコラムに書いてあった気がする。

藤井杏奈ちゃんって言うのかぁ。

「あ、先輩と同じ苗字なんですね」

「え?だって杏奈は俺の妹やで。苗字一緒なんは当たり前」



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