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10年前、春―――
私はおじいちゃんとおばあちゃんに買ってもらった、一輪車の練習を近くの公園でしていた。
鈍くさい私は、欲しがって買ってもらったはいいが、どうやっても乗れずに一人奮闘していた。
年長さんにしては身長の低かった私が一輪車に乗るのは至難の業だった。
“だって、幼稚園のみんな持ってるもん!!”
“私だって欲しい!”
一生懸命ねだって、買ってもらった一輪車だったけど、全然乗れなくてイライラしていた5歳の私。
何度か乗り損ねて転び、体中が痛くて、膝や腕は傷だらけ。
「もうやめた!!もーいらない!」
私は一輪車を、雑木林に勢いよく放り投げると、泣きながら家に走った。
ドン!
涙があふれる目をこすりながら走ったため、前を見ていなかった私は、何かにぶつかってまたこけてしまった。
尻もちをつく私。
おしりも痛くなってさらに涙があふれる。
「だいじょうぶ?」
私がぶつかったのは、同じくらいの年齢の野球帽を深くかぶった男の子。
手をこちらに伸ばして「だいじょうぶ?」とまた言った。
「うん」
私は男の子の手をつかんで立ちあがった。
「ごめん、すごいケガさせちゃったね。びょういん」
男の子は病院まで言うと口をつぐんだ。
もしかしたら、ひどい傷を見てびっくりしちゃったのかもしれない。
これはさっきの一輪車の傷なのに。
「ちがうの!これ、さっきまでこうえんで、いちりんしゃしてたらこけたの。びょういんこわいからだいじょぶ」
伏し目がちに言うと、
「そっか、びょういんこわいもんね。ボクもキライ」
そう言って寂しそうに笑った。
「あぁ、そうだ!これ貼る?」
ポケットから絆創膏を取り出した男の子。
「ボクもよくこけるから、ママがもっていきなさいって…いうんだ」
そう言った男の子の瞳は、少し悲しそうで、今にも泣きそうになるのを我慢しているようだった。
それから近くのバス停のベンチに座って男の子は私のケガの手当てをしてくれた。
「……っ…ひっく……ふぇぇ…」
「どうしたの?まだどっかいたい?やっぱりびょういんに」
男の子は心配そうにきいてくるけど、私の涙はいっこうに止まる気配がなくて。
だってこれは、この涙は。
「んとね、これは、わたしがないてるんじゃないよ」
「え?」
「だって、きみがなくのがまんしてるから、そのなみだがわたしにうつっちゃったんだよ」
男の子は私の方を見て、驚いた顔をしていて、それからそっと私を包み込むように抱きしめた。
「…ありがとう」
少しかすれた声だったけど、男の子はたしかにそう言ったんだ。
それから日が傾いてきたので、男の子と私は手を振って別れたの。
またねって。
私はもう一度一輪車を練習して、乗れるようになった。
それをあの男の子に見てもらいたくて、毎日あの場所へ行ったけれど、一度も会うことはなかった。
「またね」って言ったのに。
それはただの挨拶だったのかもしれない。
でもどこか私は、期待していた。また会えるって。また会いたいって。
毎日あの野球帽の少年を探しては待って、待って、待って、待って。
その時に、私はその男の子が好きなんだって気づいたの。
これが“恋”なんだって。
心の中がじんわりあったかくなるこの気持ちが恋だって気づいた。
これが私の初恋の記憶。
そして甘い失恋の記憶。




