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   潜入

   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 気配を消しつつ、ひびきは一刻も早く合流しようと街中を全速力で走っていく。そして間もなく、建物の角に身を隠すイグニスたちを発見した。

 こちらに気づくと、イグニスは目を合わせるなり手招きし、嬉しそうに口端を上げていた。


「その様子からすると、うまくいったみたいだな」


「はい、今のところは順調です。相手に怪しまれず入れ替わることができました」


 ひびきが駆けつけると、イグニスは「さすが、ひびきちゃん」と感心して頷く。少し遅れて、ムートの隣にいたふくよかな中年の女性も頷いた。


「身軽に動けて羨ましいねぇ。アタシだったら、絶対に派手に転んで大ケガしちゃうわ」


 初めて見る顔にひびきが小首を傾げると、ムートがすぐさま教えてくれた。


「この方が昨日お話していた、伯爵様の屋敷でお手伝いをしているノノさん……私の叔母になります」


 ノノはにっかりと笑って、己の胸をドンと叩いた。


「話は聞いているよ、アタシに任せておくれ! 昨日、夕飯の支度しながら良い方法を考えたんだよ」


 そう言いながらノノは足下に置いてあったカゴの中から、焦げ茶色の折りたたまれた布を取り出し、ひびきとイグニスに渡す。

 受け取って二人がすぐに布を広げてみると、フード付きの外套だと分かった。


「それを着て煙突掃除を手伝いに来たフリをするんだよ。ムートもたまにここへ手伝いに来ていたりするから、一緒に行けばまず怪しまれないよ。さあさあ、早く着ておくれ」


 考える間もなくノノに急かされ、ひびきとイグニスは外套を身にまとい、フードを深々と被る。

 と、イグニスからくぐもった唸り声が聞こえてきた。


「イグニス先輩、どうされましたか?」


 ひびきが尋ねると、イグニスが顔を近づけて声を潜めた。


「いやー……これなら楽勝で救出できるんだけど、間違いなくミラルに『もっと暴れなさいよ!』って怒られるだろうなあ。そうなれば、当てつけに俺とひびきちゃんのことを好き勝手に書くと思う」


 あくまで憶測だが、そんなミラルの言動が生々しくひびきの脳裏に浮かぶ。

 前々から書きたそうにしていたが、これで確実になるのかと思うと、足が重くなってくる。


 受け入れたくないところだが、ネタよりも身の安全の確保のほうが重要だ。

 ひびきは覚悟を決めてコクリと頷いた。


「分かりました。書かれてしまうのは不本意ですが、皆さんの無事が第一ですから」


 諦めのため息を吐き出すと、イグニスが「そうだよなあ」と共感する。しかし、


「どうせ書かれるなら、他の男が寄り付かないように絡んでいこう」


 ……これさえなければ良い先輩なのに。

 顔を離しながらそんな呟きが聞こえてきて、ひびきは呆れた目でイグニスを見た。

 

 

 

 

 一行はハーマン屋敷の裏にある勝手口を潜ると、人気のない大きな台所を横切り廊下へ出る。そしてノノを先頭にして一列に歩き始めた。

 

 早歩きで廊下を進んでいくと、奥の角から革の胸当てを身につけた男が近づいてきた。


「おう、どうしたんだノノ? そんな大人数連れて」


 手下の一人と思しき男に声をかけられ、ノノは朗らかに笑いながら答える。


「屋敷の煙突掃除を手伝ってもらうんだよ。こんなずんぐりむっくりしたオバサンじゃあ、煙突に体が挟まって抜け出せなくなるだろうからねえ。だから甥と姪にお願いしたんだよ」


「そんなことなら、オレらの誰かに言えば良かったのに。いつもより夕食を一品増やして酒でもくれてやれば、みんな競ってやりたがるぜ」


 一見してガラが悪そうに見えるが、意外に良い人というか、感心するというか……。

 ひびきがフードの下から様子を伺っていると、不意に男と視線が合った。


「こんな小さい子にやらせるのかよ……なんだったら誰か代わりにやるから、掃除が終わるまでオレたちがその子を見ていてあげても良いぜ?」


 本当にそうならありがたい話だが、偽って侵入している今は男の親切心が非常に困りものだ。

 こんな時にどう返せば良いか分からず、ひびきが内心焦っていると、ノノが困ったような微笑を浮かべた。


「気持ちは嬉しいんだけど、その子は人見知りが激しくてねぇ。本当はお留守番してもらうつもりだったんだけど、大好きなお兄さんから離れたがらなくて……ね?」


 同意を求められたムートが「ええ」と大きく頷き、ひびきに何かを促すように目配せする。

 きっと話に合わせろと言いたいのだろうと思い、ひびきはイグニスの背後に隠れ、ギュッと外套にしがみついて見せた。


 ポン。ひびきの頭にイグニスの手が乗り、外套越しに撫で回してきた。


「年が離れてるから可愛くて可愛くて……早く掃除を終わらせて、一緒に遊ぼうな」


 撫でる手つきに邪さを感じるが、いつものように払う訳にはいかず、ひびきは我慢してイグニスの好きなようにさせる。

 うっかり反射で技を出してしまわないよう、外套にしがみつく手へさらに力を入れながら。


 男は疑う様子もなく「そんなことなら、しょうがねーな」とにこやかな顔をして肩をすくめた。


「じゃあ、何かあったら呼んでくれよ。暇なヤツに声かけて、手伝ってやるから」


「ハハ、ありがとうねえ。その時はよろしく頼むよ」


 小さく手を振りながらノノが歩き始め、それを合図に三人も足を前に動かす。

 

 ひびきがチラチラと男が去っていくところを確認していると、イグニスが細く長い息を吐き出し、声にならない声で呟いた。


「うわー、半壊にし辛くなったなあ。……なるべく手加減しよう」


 イグニスも、手下たちが意外と善良な人たちだと分かって困惑しているのだろう。

 小刻みに頷いてひびきは共感しながら先を急いだ。


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