六章 本物っぽい偽物
朝、ひびきとセロだけでハーマンに言われた通り、屋敷へ出向いた。
「よく来てくれた! さあ、約束通り『傾国の女神』は持って来られたかな?」
悪趣味な応接間に通されてソファーへ座った直後、ハーマンが逸る気分を抑え切れず、急かしてきた。
「ええ、今お見せします」
ひびきはセロを見やり、わずかに頷く。
それを見てセロも頷き返すと、手に持っていた茶色の小袋を開け、中身をテーブルの上に出した。
現れたのは、どんぐりよりも二回りほど大きな宝玉。
透明でありながら見る角度によっては虹色に曇り、その中心はぼんやり青白く光っていた。
見た瞬間、ハーマンはテーブルに手を起き、大きく前に乗り出して宝玉に顔を近づける。
落ち着きなく宝玉を見回してから、感嘆のため息を吐き出した。
「これはこれは……今までに見たこともない宝石だな。ジッと眺めていると中の光が揺らめいて、生きているように見えてくる。なんと不思議な石だ」
ハーマンが慎重に宝玉を手に取ると、上にかざして覗いてみたり、頬ずりしたりして愛で始める。
満足そうな様子にひびきは胸を撫で下ろしつつ、複雑な思いで宝玉とハーマンを見つめた。
ミラルの話によると、これは宝石ではなく、病気の竜が吐き出した痰を研磨した物。
表面は粘液が外気に触れて固まった物で、中央で光っているのは寄生虫らしい。もし割れてしまっても、既に生きてはいないので害はないそうだ。
どうしてそんな物を持って来ていたのかと尋ねると、いつも宝石がらみの取材をする際、こんな事態になった時に相手へ渡す偽物を用意しているとのことだった。
真実を知っているだけに、何も知らずベタベタ触るハーマンが少し気の毒になってくる。
ふと横目でセロを見ると、彼も同感らしく、薄っすらと苦笑が浮かんでいた。
いつまで経っても目で続けるハーマンへ、セロが「あのー」と声をかけた。
「言われた通りに『傾国の女神』を持って来たので、早く兄貴たちを解放してくれませんか?」
宝玉に夢中になっていたハーマンが、急に真顔になる。
「そう慌てるな、セロ。確かにこれは今まで見たことのない宝石だが、『傾国の女神』という保証はない。本物だという証拠はあるのかね?」
こちらの証言だけでは信用できなくて当然だ。だからミラルがそれを見越して、策を教えてくれた。
ひびきは「分かりました」と頷きながら、左手の甲を上にしてテーブルへ置く。
さらにその上へ右手を乗せると、グッと爪を立て、力いっぱいに引っ掻いた。
赤い線の上に血が滲んだのを見て、ハーマンが目を見張る。
そして、あっという間に傷が消えていくのを目の当たりにし、目玉が飛び出しそうなほどに見開いた。
ひびきは顔色一つ変えずにハーマンを見据えた。
「『傾国の女神』の近くになればなるほど、より再生の力が強く働きます。これが何よりの証拠です」
本物が屋敷内にいれば、傷をすぐ治すことができる。シアを逃さず一緒に捕まったのは、自分たちの身の無事だけでなく、偽物を本物だと信じこませるための手段でもあった。
これで本物だという手応えを感じたのか、ハーマンの口元が緩む。
「な、なるほど。話はミラル殿から伺っていたが、こんなに早く治ってしまうとは……どうやら本物のようだな」
「じゃあ、すぐに兄貴たちを返してくれるんですね?」
セロが興奮気味に尋ねると、ハーマンは腕を組んで「そうだな……」と唸った。
「博士には迷惑をかけてしまったから、おもてなしをしてから返そう。ただ、ミラル殿とはもう少し話をしたいことがあるから、まだ残ってもらう」
これもミラルの読み通りになったかと、ひびきは目を細める。
ミラルは胸を張って「怒りを買ったから、追加で他のお宝を強請ってくるかもしれないわ」「だからレスターとシアは先に解放されても、アタシは後になるでしょうね」と嬉々として語っていた。
だから確実に脱出するために、こちらから救出しに行く必要があった。
これからの救出劇が終われば、ようやく一区切りつくのだろうか?
そんな希望を持ちつつ、ひびきは「そうですか……分かりました」と残念そうに息をつき、ソファーから腰を上げた。
「では、私たちは家に戻って皆さんの帰りを待つことにします。行きましょう、セロ」
促されてセロも立ち上がる。そして「失礼します」とひびきが一礼すると、二人は踵を返して応接間を出て行った。
屋敷の外に出ると、セロとひびきは並んで歩く。
振り返らずとも背後から人の気配を感じる。真っ直ぐ家へ帰るのかを、手下が見張っているのだろう。
無言でひびきが目配せすると、セロは返事代わりに片目を閉じた。
「兄貴たちが帰ってくるまでに、昼食作っておかないとね。だから近道して帰ろう」
相手に聞こえるよう少し大きめの声を出すと、セロは「ついてきて」と先頭を歩き、民家が入り組んだ細い路地へ向かう。
二番目の角を曲がった直後、ひびきは民家の壁を蹴って屋根の上へ登る。
そして民家の窓から、ひびきと同じくらいの背丈、同じような黒の短髪の女の子が飛び降り、セロの後ろを歩き出した。
彼女はムートが連れて来てくれた協力者の一人。
黒髪のカツラを被ってひびきのフリをする彼女と入れ替わり、ひびきは救出するために待機しているイグニスたちと合流するという手はずだった。
ひびきが屋根の上から路地を見下ろすと、案の定セロたちの後方にハーマンの手下がついて来ている。
どうやら入れ替わったことに気づいておらず、セロたちを追うことに集中して、上の方にまで気が回っていなかった。
ひびきは素早く別の民家の屋根へ移って一つ隣の路地へと着地すると、ハーマン邸の裏を目指して駆け出す。
走りながら、ひびきは密かに落胆する。
(……私はあれぐらいの子供に見られているのか)
入れ替わった子は、先月十歳になったばかりだと聞いた。
小柄なのだから仕方がないと自分に言い聞かせても、受け入れがたい現実だった。




