念願の時
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数多の星々が光を強め、夜空を美しく飾りつけた頃。
いつもは暗く静まり返った教会の離れから、灯りが溢れていた。
「ムートよ、今の話は本当なのか?」
机を挟んで向かい合う形で椅子に座っていたアンバーが、身を乗り出してムートの目を覗き込む。
ムートは小さく頷くと、椅子の上で姿勢を正してアンバーを見据えた。
「はい、今日ようやく確かめることができました。あのお姿、言動、そして手枷……口伝の通りでした」
シャパド教――厳密に言えば、先住民の間でのみ紡がれていた口伝。
豊穣の女神シアは、別名『傾国の女神』。女神らしからぬ雄々しい性格の、常に手枷を身につけた金糸の髪の女性だと伝わっている。
余所者にシアの正体を知られぬよう、この地の本来の持ち主である自分たちが見逃さぬよう、子々孫々と先住民の間でのみ語り継がれ、いかなる理由があっても口外は許されなかった。
彼女の正体を、その力を知るのは自分たちだけ。
本当はもっと早くに目覚めさせたかったのだが、遺跡の大蛇のせいで叶わなかった。
シアを目覚めさせるのは、自分たちの悲願だった。それを遂げたのは、面白くないことに真実を知らない余所者たちだったけれど……。
ムートは乾いた唇を湿らせ、表情を曇らせた。
「ようやくお会いすることができたのに、あんな男の手に渡るなんて……私、悔しいです」
「うむ、口惜しいのう。屋敷に出入りしている者の話では、伯爵はまだシア様の正体には気づいていないらしい。ミラル殿かレスター博士が、うまく偽物で誤魔化しているそうだ」
何度も頷いて共感すると、アンバーは机の上に両肘を置く。その目は普段の好々爺からは想像できない鋭さを帯びていた。
「望ましい状況ではないが、ワシらにとっては好都合でもある。ムートよ、明日ようやく念願の時を迎えるが、心の準備はできておるか?」
「はい……レスター博士がパドの森の遺跡を調査すると知ってから、遠からずこの日が来ると思っていましたから」
ムートは軽く瞼を閉じて、レスターとセロの顔を思い浮かべる。
見るからに人が良さそうなあの博士と、自分に懐いてくれていた少年は、自分が監視のために近づいていたと知ったらどう思うだろうか?
二人がこの地に来た時から関わってきたこともあり、少なからず情はある。
しかし、やはり余所者。こちらの苦悩を表面は理解できても、奥底までは分かっていない。
彼らを利用し、傷つけてでも、皆の悲願を果たしたかった。
そっとムートが瞼を開けると、アンバーがに隠れていた首飾りを外して中から引き出す。
くすんだ銀の細い鎖の先には、白金の二匹の蛇が絡み合ったカギがあった。
「アンバー様、もしかしてそれは――」
「そう、女神様を解放するためのカギじゃ。女神様は眠りにつく直前、二度と目覚めぬ覚悟で自らカギを谷底へ捨てたそうだが、ワシらの先祖が拾って、代々シャパド教の司祭が保管してきた物。ムートよ、受け取ってくれ」
アンバーが細い腕を伸ばしてカギを差し出す。
「年老いて身軽に動けぬワシに代わり、宿願を果たして欲しい」
恭しく両手でカギを受け取ると、ムートは僅かに力を入れて握り込んだ。
「……皆と力を合わせて、必ず役目を果たします」
薄く整った唇を強く引き、小声ながら芯の通った声で呟く。
その顔にいつもの笑みはなく、外と同じ、冷えた空気が漂っていた。




