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   お互い様

 ミラルがしつこくシアに食い下がり、小出しにアデルとの関係を聞き出している途中――コンコンと扉を叩く音がした。

 

「調べ物の最中にごめん。兄貴、ちょっとこっちに来てよ」


 セロの声にレスターは「何だろう?」と首を傾げて扉を開ける。


「どうしたんだい、セロ?」


「ムートさんが兄貴のために、お菓子の差し入れを持ってきてくれたんだ。少しでいいから下に顔出して、直接お礼を言ってあげてよ」


 こちらを一瞥しながら話すセロへレスターは小刻みに頷くと、後ろを振り返った。


「ごめん、ちょっと下に行ってくるよ。すぐ戻るから、アデル王との話は一旦止めてもらえるかな?」


 席を外して貴重な話を聞き逃したくないという気持ちはよく分かる。

 ミラルは一笑して、胸の前で手をヒラヒラと振った。


「分かったわ。のんびりシアとお喋りして待ってるから、焦らなくてもいいわよ」


「ありがとう、助かるよ。じゃあ――」


 ホッと安堵の息を吐いてから、レスターはセロと一緒に一階へ降りて行った。

 バタンと閉じた扉を、ミラルはジッと見つめる。


(ふうん、ムートがここに出入りしているんだ……もしかして見張ってるのかしら?)


 食堂で仕入れた情報だと、シャパド教の大半は先住民らしい。

 彼らは自分たちの土地を荒らされることを嫌がっている。豊穣の女神を調査するレスターを警戒するのも頷ける。


 用心するに越したことはないと考える一方、ひょっとしてとミラルは思う。


(単にレスターのことが好きだからってだけだったりして。そうだとしたら、アタシがここに居る間に進展させて、今作のネタに加えなくちゃ)


 新たなネタの気配にミラルが浮かれていると、シアが大きくあくびをしながら背伸びした。


「んーっ……ずっと質問に答え続けるのは疲れるな。なんか眠ってた分、まとめて一気に喋ってるような気がするぜ」


「アハハ、ごめんなさいねーシア。あれこれ聞きたいことが出てきちゃうから、つい……」


 笑い飛ばすミラルへ、シアが苦笑を滲ませる。


「……手加減する気は一切ないんだな。まあ、嫌じゃないから良いけどな。オレもいっぱい聞きたいことあるし」


 三百年も時が経って、知らないことだらけで興味津々なのだろう。

 ミラルが腕を組んで「そりゃそうよねー」と頷いていると、シアが椅子の背もたれに寄りかかり、こちらを真っ直ぐに見据えた。


「実はな、ずっとミラルに聞きたいことがあったんだ。せっかくの機会だ、聞いてもいいか?」


 聞きたいこと? とミラルは小首を傾げ、何度か目を瞬かせる。


「良いわよ。アタシが分かることなら何でも答えるわ」


「そうか。じゃあ遠慮なく聞かせてもらうが――」


 スウッと、シアの目から笑みが消えた。


「――お前たちは何者なんだ?」


 ミラルの耳がピクリと動く。しかし、微笑を浮かべ続けながら眉を上げた。


「最初に紹介した通りよ。アタシは小説家、レスターは学者――」


「それは分かってる。教えてもらいたいのは、ミラル……あとイグニスもか。お前たちの正体だ」


 ……ああ、神の威厳とかまったくないけれど、やっぱり女神様なのね。

 ミラルは軽く前屈みになり、シアを覗き込む。


「どこまで分かってるの?」


「気配で普通の人間じゃないっていうのは何となく分かる。あと、コイツらの様子もおかしいしな」


 そう言うとシアは辺りを見渡し、おもむろに右手を虚空へ伸ばす。


 ポウッ。開かれた手の平の上に、青白く輝く球体が現れた。


「コイツは精霊。人の目には映らないが、そこら中に飛んでるものだ。これでもオレは女神だから、心で精霊と意思を交わすことができる……まあ、コイツらは喋れないから、分かるのは感情のみだけれどな」


 シアは猫の喉を愛撫するように精霊を指で撫でる。喜んでいるのか、撫でる度に光が強まった。


「基本的に精霊は人に興味を持たない。なのにお前たちの周りにいるヤツらは、ずっと興味津々で落ち着きなくフラフラ飛んでいる。しかもお前たちが大好き過ぎて仕方がないヤツもいれば、妙に怯えて、怖いもの見たさで近づくヤツもいる……普通の人間じゃあ、こうはならない」


 両手を組みながら話を聞いていたミラルは、顎に手を当て、シアを伺った。


「つまりアタシたちの素性は、ハッキリとは分かっていないってことなのね?」


「ああ、そうだ。だから目が覚めた時から気になって、お前たちについていくことにしたんだ」


 そんな得体の知れない相手へ、警戒して離れるよりも懐に入り込む道を選ぶなんて、度胸あリ過ぎじゃない?

 ただ好奇心に突き動かされているだけなのか、それとも何か狙いがあるのか。シアの意図が掴めず、ミラルは苦笑しながら頭を働かせる。


 素直に真実をすべて語るには、まだシアのことを知らなさ過ぎる。

 かといって、下手に誤魔化したり隠し通そうとすれば、ヘソを曲げて姿を消してしまいそうな気もする。


 どこまで言ってもいいものか、判断が難しい。

 ミラルは後ろを振り返り、誰も部屋に来ないことを確かめてからシアに顔を向け直した。


「確かにアタシたちは普通じゃない、それは認める。でも、それって単に他の人から大きくズレてるってだけで、みんな個性や体質が違って当然なんだから、そこは問題じゃないと思うのよね。大切なのは、己の力を知りつつどう使うか、どう世界と共存するか……違う?」


 武器を持っている者すべてが悪い訳じゃない。それをどう使うか、何を目的としているのかで評価は変わってくる。 

 力を持っているだけで危険人物だと決めつけるなんて馬鹿げている。――それが世界を滅ぼしかねない力だったとしても。


 フッと一笑して、シアは眉を上げた。


「まあ、確かにそうだな。正体を曝け出して無用に不安がらせるよりも、問題ないなら力の存在を知らせずにいた方がいいもんな。オレもできれば本当の力は誰にも知られたくないし」


「そうそう、言いたくないのはお互い様。必要が出てきたら教えるけれど、今はその時じゃない。それに、まだお互いのことがよく分かってないのに、秘密を見せるっていうのも無謀だと思うしねー」


 少し重くなった空気を吹き飛ばすように、ミラルは明るい声を出す。それにつられてシアの肩から力が抜け、警戒が薄まった気配がした。


 扉の方から、かすかに階段をゆっくり上がってくる足音が聞こえてくる。


 正体を教えることができないからこそ今伝えなければと、ミラルは早口に囁いた。


「種族は違うけれど、シアはアタシたちにとって数少ない仲間よ。そして、アタシたちは仲間を売るようなマネは絶対にしないし、厄介事があっても逃げずに守ってみせるって約束するわ。だから、何か困ったことが出てきたら遠慮せずに言ってよ」


 一瞬、シアの目が丸くなる。

 ガチャリと扉が開きかけた時、「分かった」と呟いた。


 その口元はにこやかなのに、細まった目は潤んでいた。

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