この世で一番需要のあるネタ
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朝食を終えてひびきとイグニスが出立した後、ミラルとレスターは二階にある左右の壁一面に本棚が並んだ書斎で、シアの話を聞いていた。
交互にシアの前に座って聞きたいことを尋ね、もう一人は羽ペンを動かして会話を記録していく。
何度か入れ替わって自分の質問する番が回ってきた時、ミラルは椅子に座ると「んふふふふー」と笑いながら身を前に乗り出した。
「昨日シャパド教の司祭様から、シアってアドゥークのアデル王と結婚していたって聞いたけど、本当なの?」
椅子の上であぐらをかいて座っていたシアが、「ああ、それか」と苦笑交じりに頭を掻いた。
「あれを結婚したって言ってもいいか分からないけど、一応アドゥークでは后だったぜ」
「一応ってどういうことよ?」
ミラルが尋ねると、昔を懐かしんでいるのかシアが遠い目をする。
「アデルはな、女にまったく興味がなかったんだ。むしろ野郎同士でつるむ方が好きで、王侯貴族の娘たちから逃げ回ってたなあ……。で、そいつらに諦めてもらうために、オレを后にしたんだ。オレは昔からこんな性格だから、アイツにとっては夫婦じゃなくて、男友達みたいなもんだったからな」
「えっ!? アデル王って男色家だったの? 初耳だわ。……レスター、そんな記述って見たことある?」
後ろを振り返ると、レスターが羽ペンを机に置き、唸りながら腕を組んでいた。
「うーん……どうなんだろう? はっきり記述されている物は見たことがないけれど、なかなか后を決めなかったって記録が残っているなあ。万が一に備えて、早く跡継ぎを作る必要があるのに――」
「言っておくけど、アデルは男色家じゃないぞ。見た目は大人の男でも中身はガキのままだったから、色恋沙汰に興味がなかっただけだと思うぜ」
シアが笑いながらそう言うと、レスターは頭を上げて頷いた。
「なるほど。以前からアデル王の足跡を見ていて子供っぽいなあと感じてたけれど、気のせいじゃなかったんだ」
「そうそう。お忍びで街に出てガキどもと遊んだり、木でオモチャ作って遊んだりしてたなあ。次の王はアデルの兄弟かその子供って決まってたし、アデルもそれで納得してたから、夫婦らしいことって全然やってなかったぞ」
愉快そうに目を細めて、シアがミラルを見てくる。「そっちが考えているようなロマンスなんざ一切なかった」という心の声が、聞こえてくる気がした。
「えー、本当に? 后になることを承知したんだから、シアはアデル王のこと好きだったんでしょ? 寂しくなかったの?」
一瞬シアは目を丸くし、大口を開けて笑った。
「いいや、全然。オレも結婚には興味なかったけど、アデルに頭下げて頼み込まれたから、親友の力になれるなら……と思って后になったんだ。アイツはオレの前で無理しなくていいし、オレも楽だった。女神らしくしろって言われなかったし、他の奴らがオレを逃がすまいと閉じ込めたりしたけど、アデルは自由に外出させてくれたからな。利害一致ってヤツだ」
……うわー、メチャクチャしっくりくる。
ロマンスの気配をまったく感じられず、ミラルは心の中で肩を落とす。と、
「王という立場である以上、自分と対等な友人を作るなんてことは許されなかったはず。親友を常に隣に置くことになるから、アデル王は心強かったんじゃないかな? きっと一緒にいられて嬉しかったと思うよ」
レスターが朗らかな声でシアに語りかけた。
笑っていたシアが口が閉ざし、真剣な眼差しでレスターを見据える。
「……本当にそう思うか?」
「僕はアデル王じゃないから真実は分からないけれど、もし僕が王ならそう思うよ」
実直なレスターの答えに、シアは一度深呼吸をして微笑を浮かべる。雄々しさが少し抑えられ、初めて女神らしい表情が覗いた。
「そうか……もしそうなら一緒に墓へ入ってやった甲斐があるってもんだ」
しみじみと呟いたシアの声から、アデルへの愛情が滲み出る。
その気配を逃さず、ミラルは期待で瞳を輝かせながら尋ねた。
「やっぱりシアはアデル王を愛していたのねー。そうでなくちゃ、一緒のお墓になんて入らないわよね。他国に攻められてアデル王が殺され、国も滅んで、それでも王が愛した土地のために豊穣を与え続けた……すごい情熱家だわ」
少しは動揺するかと思ったが、シアは照れを見せず不思議そうに首を傾げた。
「そんな風に伝わってるのか? まあオレの取り合い戦争で滅んだ国は確かにあるけど、アドゥークは他国から攻められていないぜ。アデルが倒れたのは疫病のせいだったし」
今まで考察していたこととは違う話が飛び出し、思わずミラルはレスターへ振り向いた。
「聞いた、レスター? 今までにないネタ……じゃなくて説よ。学者の血が騒ぐでしょ?」
レスターも新しい説に目を輝かせ、大きく頷いた。
「うん、確かに! ……ねえシア、マニキス山の神殿遺跡とアデル王の墓以外にアドゥークの建築物が見当たらないのは、疫病の広がりを食い止めるために、自分たちで国を焼いたせい?」
もしそうだとすれば、これでマニキス山に国の痕跡が見当たらない理由の説明がつく。
謎が一つ解明するかもしれない期待にそわそわしながら、ミラルとレスターはシアの答えを待つ。
しかしシアは「えーっと」と言いにくそうにしてから、急に頭を押さえた。
「悪い、忘れちまった。三百年も寝てたせいでボケちまったかも……情けねぇ」
今まであれこれ思い出を語ってくれたのに、ここだけ忘れるなんて明らかにおかしい。
レスターは「そうか……しょうがないね」と納得したが、ミラルは信じられず、疑いの眼差しを向ける。
そういえば、手枷をつけた経緯も都合よく忘れている。何か隠しているのだと疑わざるを得ない。
ただ、今聞き出そうとしても身構えてしまい、話をはぐらかされるだけだろう。少し油断をさせて失言を促してみたほうが良い気がした。
ミラルはニヤリと笑い、シアに顔を近づけた。
「じゃあ話を変えて、シアとアデル王の結婚話をもっと教えてよ。そこのところ、重点的に本に書きたいからさ」
ジッとミラルの瞳を見つめた後、シアは呆れたように肩をすくめる。
「冗談じゃあなさそうだな……本当に夫婦らしくなかったから、期待しても無駄だぞ?」
「当人同士がそう思わなくても、外から見た印象は違うのよ。友人のようにいつも一緒にいたなら、そりゃあもう相思相愛の仲睦まじい夫婦に見られていたはずよ。恋愛物はこの世で一番需要があるんだから、絶対に外したくないわ」
拳を握ってミラルが力説していくと、シアが困惑気味に視線を逸らす。この話題から逃げたい気配が漂っていた。
少し間を空けてから、シアはパンッと手を叩いた。
「そうだ! 恋愛物を入れたいなら、オレの結婚話よりも、痴話ゲンカやってるひびきとイグニスのほうがいいんじゃないか? 今日だって朝から面白いことになってたし」
ミラルはフッ、と不敵に笑う。
「もちろんそっちも入れるつもりよ。二人の関係がどっちに転んでも美味しい展開になるし、シアの分と合わせれば本の売れ行きも倍増よ!」
こちらに気圧されてシアはたじろぐと、「……あんまり欲張ってると迷走するぜ?」とため息をこぼした。




