救済規模の算定根拠
弥勒が人の世へ降りたのは、下生のためではなかった。
予定の日までは、なお五十六億七千万年ほどある。
それでも、いずれここへ来る以上、一度は見ておくべきだと思った。自分が救うことになる衆生が、いまどのように暮らしているのか。引き継ぎ前の挨拶と確認である。
山を越えた先に、町があった。
釈迦が人の世におられたころにも、人はいた。畑を耕し、子を育て、病み、老い、別れを惜しんでいた。弥勒はその話を何度も聞いている。
目の前の町にも、畑はあった。畑のあいだの道を、馬に荷を引かせた者が行く。腰に刀を差した男が馬を曳いて通り、水路は石で固められ、その脇には低い家と店が並んでいる。門前では子どもたちが甘い菓子を分け合い、向こうでは年寄りが日陰に腰を下ろして笑っていた。
人が多い。
ただ多いだけではない。一人ひとりの暮らしのそばに、畑、店、寺、施療所があった。
朝から晩まで、目に入る人数を数えようとして、弥勒は昼前にやめた。
数えても意味がない、と気づいたからである。
町の外れには施療所があった。白い布を巻いた腕を抱えた男が中から出てきて、迎えに来た娘に頭を下げた。娘は泣きながら笑い、男の袖を掴んだ。
その横では、荷車の輪に足を挟まれたらしい少年が、大人たちに囲まれている。誰かが水を運び、誰かが布を裂き、誰かが医者を呼びに走った。
弥勒は立ち止まった。
助かる者がいる。
助からない者もいる。
苦しむ者がいる。
苦しみを減らそうとする者も、同じだけいる。
ならば、救うべき者は、いま目の前にいる者だけではない。これから生まれる者も、いまより多くの町で、いまより長く暮らすかもしれない。
五十六億七千万年後には、いったい何人いるのだろう。
弥勒はその問いを抱えたまま、兜率天へ戻った。
*
世尊は、木陰で弟子の話を聞いておられた。
弥勒が近づくと、釈迦は顔を上げた。弥勒の足が止まるより先に、やわらかく笑う。
「おや、弥勒さま。どうされましたか? 少しばかり下生にはお早いかと存じますが」
「はい、世尊」
弥勒は一礼した。
「五十六億七千万年ほど」
弟子たちのあいだに、わずかな笑いが広がった。釈迦も目を細めたが、弥勒は続けた。
「現世を見てまいりました」
「そうですか」
「人が大勢おります」
「そうでしたか」
「町には、助けられる者も、苦しむ者も大勢おります」
釈迦はうなずいた。
それだけのことを、弥勒はまだうまく言えなかった。町で見た子どもたちの顔、施療所の前で抱き合っていた親子、急いで走った人々の足音が、ひとつの問いにまとまりきらない。
けれど、問いだけははっきりしていた。
「ところで、救済規模の算定根拠をご提示いただけますか」
木陰が静かになった。
弟子の一人が、そっと釈迦を見た。
釈迦は少し考えるように、空を見上げた。
「弥勒さま」
「はい」
「何の規模ですか」
「下生の際に救済する衆生の数です」
「何人になると思われますか」
「分かりません」
「そうでしょう」
「分かりませんので、お尋ねしております」
釈迦は困ったようには見えなかった。ただ、弥勒の差し出した問いを、手のひらで一度量るように眺めている。
「人の数は、増えることも減ることもあります。国も、町も、教えの伝わり方も変わります」
「はい」
「五十六億七千万年先の人数を、いま固定して見積もることはできません」
「では、必要な功徳の量も決められません」
「決められませんね」
弥勒は黙った。
救済には、足りるだけのものが要ると思っていた。飢えた者へ食べ物を渡すなら食べ物が、病んだ者を看るなら人と場所が要る。苦から導くなら、そのための力が要る。
救う者が増えるなら、必要なものも増える。
だが、必要な量を決められないなら、準備の終わりも決められない。
「世尊」
「はい」
「衆生の苦をなくせばよいのですね」
「そうです」
「では、衆生をなくせば苦もなくなります」
弟子たちの何人かが息を止めた。
弥勒は本当に、そう考えた。
苦しむ者がいなければ、苦はない。目的だけを見れば、間違っていないように思えた。自分が救い損ねる者もいなくなる。
釈迦は、すぐに答えなかった。
ただ弥勒を見た。
「弥勒」
「はい」
「救う対象を消すな」
弥勒は目を伏せた。
その一言で、町の外れの娘の手が浮かんだ。父の袖を掴んで、助かったことを泣いていた手である。
あの手をなくして、苦がなくなったとは言えない。
「申し訳ありません」
「よいのです。目的だけを急いで見れば、そういう道も見えます」
釈迦の声は叱るものではなかった。
「けれど、苦をなくすことと、苦しむ者をなくすことは違います」
「はい」
「忘れないでください」
「忘れません」
弥勒はもう一度、深く頭を下げた。
必要な量を先に積んで待つ、という考えは退けなければならない。量が決められない以上、どれほど積んでも足りるとは言えない。
それでも、五十六億七千万年という時間は残っている。
長い。
あまりにも長い。
その時間のあいだ、善い行いが一度きりで終わらず、誰かを助けた成果が、次の誰かを助けるために使われたならどうだろう。井戸を掘れば、水を汲む人が増える。学ぶ場を作れば、教える人が増える。救われた者が、また別の者を助けられるようになれば。
功徳そのものに、何かが付け足されるのではない。
功徳を生む行いと、救済へ参加できる場所を、少しずつ増やしていく。
五十六億七千万年を使って。
「世尊」
「はい」
「固定量を準備するのではなく、功徳を生む基盤を増やし続けることはできますか」
釈迦は、今度はすぐに答えた。
「できます」
「衆生を救う機会も、増えますか」
「正しく行えば」
弥勒の胸の奥で、さきほどまで形にならなかったものが、ようやく道になった。
必要な人数は分からない。
ならば、救済できる力を増やし続ければよい。
誰かを救った成果を、次の救いのために使えるようにすればよい。
「始めます」
弥勒は言った。
釈迦は、木陰の向こうを見た。風が葉を揺らし、弟子たちの衣の端をかすかに鳴らしている。
「何をですか」
「五十六億七千万年後まで、救済を増やし続ける仕組みを」
「それは長い仕事ですね」
「はい」
弥勒はうなずいた。
人は短い。町も国も、いずれ変わる。今日、善い行いをした者も、五十六億七千万年後にはここにいない。
仕組みを続けるには、もっと長く、行いの結果を追えるものがいる。
人を越え、国を越え、時代を越えて。
弥勒はまだ、その手がかりを持っていなかった。
けれど、次に問うべきことだけは、見えていた。




