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天正十年の小夜曲  作者: 水上千年
第二章
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傾城屋

前回までのあらすじ

 永禄十二年、北畠の家臣大宮含忍斎と大之丞が守る城、阿坂城は織田家臣の秀吉に攻められる。大之丞の矢が秀吉に中るも滝川一益の援けによって阿坂城は陥落。含忍斎は多気丸に「雪姫を守る」ようにと言い遺し、その後秀吉によって命を絶たれた。

 そして多気丸は雪姫がいる多気谷へと落ちのびたのであったが、すぐそこに危機がせまろうとしていた……。

 

「さあ、横になってくださいな」


 つれあいになった遊女が手をひく。


「長旅お疲れでしょう」


 遊女は帯を解くと、旅人の首にそっと手をまわす。


「なんでも、山の向こうでは織田と北畠の戦が始まったらしいじゃないか.伊勢の皇大神宮に参拝したかったのだが……。」



「戦はそのうち終わるんじゃないかしら。織田なんて御本所様(国司北畠具房)があっという間に追い払ってくれるわよ。それまで多気にいたらどう?」


 参宮するにはこの多気谷を抜けなければらないが、峠を越えるにせよ、川を渡るにせよ、そこは戦の真っ最中だろう。事が終わってから発ちたいが、どうやら長期戦になるらしい。


 多気谷を守る支城とも言うべき阿坂城は陥落。大軍を率いた織田が優勢だと思われたが、伊勢の国司がそう簡単に白旗をあげるはずもなく、難攻不落の大河内城に籠城しているのであった。


「御本所様が大河内に移ってしまってから、ここらは少しだけ寂しくなったのよ。でもね、合戦が始まったらまた活気づいて楼主おとうさんの機嫌がいいの。その方がアタシたちは助かるわ」


 多気谷を守るために駐屯している北畠の兵たちが毎夜遊びに来るという。あまりにも暇なので昼間から入り浸る者も。

 商売繁盛。楼主もやさしくなるというわけだ。


「織田とのことが片付いたら御本所様はまた多気に戻ってきてくれるかしら」


 戦は終わってほしい。だが、客が少なくなると思うと惜しい。

 

 御本所が多気に戻り政務を執ることはおそらくないだろうと、この町の者たちは感づいていた。織田を追い返した後も、御本所は大河内に居て伊勢湾を睨み続けるのだろうと。

 

 北畠の本拠地は移転してしまったのだ。

 この多気谷は北畠の本拠地として長らく栄えてきたが、今後はそれが大河内にとってかわるのだろう。そしてこの多気谷は宿場町として栄え続けるだろうが、これまでのような輝きは徐々に失われていくのだ。

 

 遊女は今のうちに稼げるだけ稼ぎたいという目をしていた。


「さ、お客さん、じらすのはやめてちょうだい。早く早く」


 (こいつ、さっさと終わらせて次の客とりたいんだな、情緒もへったくれもねえや。)


 遊女の胸のあたりを弄りながら、旅人は探るように話を続ける。


「北畠には美しい姫君がおられるそうじゃないか」


「やだ、お客さん。他の女の話はよしてよ。いくら相手が姫様でも妬いちゃうわ」


「はは、悪い。前の国司様の姫君は美しいと大層な評判だ。お伊勢参りが叶わないのなら、姫君の御尊顔を拝したいと思ってね」


「アタシら下々の者がお顔を見るなんて無理よ。御殿の奥にいるんだから」


「姫君は御殿に? 大河内城にはいないのか?」


「姫様たちは多気に残ったままよ。夕べ遊びに来た御客さん、御殿に出入りしている人なんだけど、姫様が御所望の〝鮑〟が手に入らないって愚痴言ってたもの」


 欲しかった答えを聞いた旅人は満足して遊女の胸に顔をうずめ、遊女はそれをやさしく受け入れる。口は災いの元。おのれの犯した罪に気づかずに遊女は仕事を遂行するのみ。


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