左注 とある霊媒師の言葉
しばらくの間、凪は何も言わなかった。目の前で消える婚約者の姿を見てから余り経っていないから、タイミングがよくないというのは分かっていた。けれど、抑えきれない思いというのはついつい出てしまうものだ。
「俺が主を見限るような式だと思うのか?」
凪に突然肩を抱かれた。距離が驚くほど近くなる。団子を持ったまま、私は目の前にある凪の顔を見つめる。顔が熱いのが分かった。
「安心しろよ、御前が望む限り、俺は御前から離れられないんだからさ」
うん、そう。それは分かってる。でも、私が言いたいのはそういう意味じゃなくて……。
持っていた団子に凪がかぶりついた。団子を二つ持って行かれる。
「へへっ、いただきー」
「ちょっ……」
大和絵に描かれている雅な貴族などまるで嘘であるかのように、凪はいたずらっ子の如く笑う。
「俺も御前が好きだよ。御前といるとすっごく楽しい」
「凪……」
庭の木よりも私の顔の方が先に紅葉してしまいそう。私の肩を抱いたまま、凪は空を見上げる。雲間に星が光っている。
「だって御前は、俺の主で、俺の大切な唯一無二の相棒なんだからさ」
「……んん? なんか違う……」
「は?」
どうして分からないかなあっ!
「もうっ、凪の馬鹿っ!」
「はあ!? なんで怒られるんだ!?」
貴方の本心は、私には分からない。鈍感な風にしているのに、私の肩を抱いたまま「もう少しこのまま」とか言うから、余計分からなくなってしまう。平安貴族の幽霊と、現代に生きる霊媒師。二人が出会う確率は、とっても低い。だから、こうして一緒にいることが、私にはとても特別に思えるの。
貴方と二人、この縁側で、何度も何度も、星を見て、虫の声を聴いて、雪に感嘆して、桜に思いを馳せて、風を感じていたい。
この人と歩んでいると、私の心に吹く風は、ずっとずっと凪ぐことがないだろう。




