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エピソード9

「クオン聞いてくれ」



 目の周りが赤くなり、わからないよ……わからないよ……、口を動かしていたクオンはアイトを見た。アイトの声が彼女に届いた。ただ、届けたのは普通の手段ではない。時空が歪んでいても、空気は確かにある。アイトは空気を振動させ、クオンの耳に直接言葉を届けたのだった。



「……アイトくん」

「嘘ばっかりついてクオンを傷つけた――ごめん。俺はクオンを守りたかっただけなんだ、だから――」

「だからって嘘つかないで……。小さい頃からいて、アイトくんのことずっとわたしは想ってたのに。全然気づかない。それでも今のままでもいいって思えてたのに、ルフィナちゃんと出会ってから全部おかしくなった。こそこそふたりで何をしてたの、はっきり言ってくれれば納得だってできる。あんなに約束した誕生日もすっぽかして、事情を言ってくれれば今日じゃなくたってよかった」クオンからはまた涙がこぼれた「――どうして隠し事ばっかりするの。本当のこと言ってよ……」



 本当のことを言っても遅い、事実を言ったところで気分が晴れるわけではない。クオンの負の感情をどうにかしなければ、このまま地球ごと潰れてしまう。クオンはいつも傍にいたのに、今はとても遠くにいる。少し歩けば手で触れられる距離なのに近づけない。どこまでも遠くに感じる。

 アイトが自分にいまできることは何なのか、回避するためにはどうすればいいのか、体も動かないなかで彼女を止めるには、これしかないと決意した。



「本当のことを言う、しっかり聞いて欲しい」

 クオンの話を聞くに、これが一番の選択。その言葉を振動させた空気を通して伝える。

「好きだ――俺もクオンのことが好きだ」

 アイトの言葉を聞いたクオンはピクッとした。アイトは続けた。

「ずっと好きだった。クオンからの好意も気づいてた。だけど、言い出せなかった。伝えられるときを探してた――だから言わせてくれ、だから抱きしめさせてくれ、お願いだクオン」

「わたしだって言い出せなかった……伝えられるときを探してた。でも、わけがわからなくなっちゃって――」


 クオンは頭を抱えて、左右に振った。悲しみによって迷いがあるように。アイトは彼女の目を見た。


「なら、いま伝え合おう。もう一度言う――クオン好きだ」

 抱えていた両手も下ろしたクオンは言う。

「――わたしも。わたしも、好きだよアイトくん」



 泣いていたが悲しみの涙には見えない。嬉しみの涙に変わっていた。重くのしかかっていた体も急激に軽くなった。実際は軽くなったわけではなく、元に戻ったと言った方が正しい。アイトはすぐにクオンのところまで走っていって、抱きしめた。クオンは泣きながらアイトのことを抱きしめ返した。



「アイトくん、アイトくん、アイトくん――」



 クオンは繰り返していた。その言葉をアイトはただ受け止めた。体が軽くなったSI5の職員たちは銃を向けようとしたが、ミキコが「やめな」と止めに入った。クオンの情緒が安定するまでアイトは彼女を離さなかった。



 ◇◇◇



 三十分経ち、落ち着いたクオンにミキコが近づいてきた。

石楠花しゃくなげクオン、よかったら話だけでも聞かせてくれるかい?」

「わ、わたし……本当に何もしらなくて……」

「気にすることはないさ、知らないあいだにP.G.になっていたなんてよくある話。一時間も掛からない、アイトとはその後で存分に楽しんでくれていい。アイトを勝手に借りた今回のことは時空保安局の代表である私が謝罪したい。すまなかったね」

「……は、はい」

「来てくれるかい?」


 クオンはアイトを見た。彼女からは不安な表情が出ていた。アイトはミキコに言う。


「何もしないって約束してくれ」

「もちろんだとも。あくまでも話をするだけ。これは嘘偽りなく、そうだ。絶対に守ろう。ここまで強調する意味はわかるだろ」

「ああ、わかった」

 アイトはクオンに顔を向けた。

「大丈夫だ、クオン。戻ってきたら誕生日祝おうな」

「うん、約束だよ」

「ああ、隠し事はなしだ」



 アイトは立ち上がり、クオンの手を引っ張って立たせた。「さて、行こうか。お茶は何がいい、紅茶かいそれとも緑茶かい?」と気さくな雰囲気でクオンに話を掛けて、拘束することもなく時空保安局の建物に向かっていった。心配しつつ、クオンの後ろ姿を見ているとアイトの横にルフィナが来た。



「心配するな。石楠花クオンは何もされることはない」

「それぐらいわかってる。だからミキコは強調したんだろ。平気で嘘をつく時空地区の連中として」

「私たちは平和のために行動してるに過ぎない。嘘も必要なときがある――貴様もそうだろ」

「わかってたのか」

「貴様も平気で嘘をつく。P.G.であることも、石楠花クオンに私との関係を問われた時も」ルフィナはアイトを見た「確認のために聞こう。アイト、石楠花クオンが好きだというのは――本当のことか」


 俺は……、とアイトは呟き、もう一度クオンの離れていっている背中を見た。


「俺はクオンを守りたかっただけだ。それに――地球もな。それでも嘘になるのか」

「どっちかは貴様次第だ。だが、守るための嘘はつらいぞ。それを抱えて生きることになるからな」



 ルフィナはそう言って、建物に向かっていった。大勢の人間が死ぬ『事』の回避はできた。だが、アイトにはクオンを止めるために背負なければいけない嘘ができてしまった。石楠花クオンが好きだということ、石楠花クオンがアイトの両親を知らず知らずのうちに時空を歪める能力で殺してしまっていたこと。


 クオンは自身の能力を制御できないようだった。もしこれらが発覚すればどうなるかわからない。アイトの頭にはルフィナの言った言葉が過った「過去はそう簡単にやり直せない。一度の選択は変えることができないものだ――貴様もよく考えて行動することだな」その意味が明瞭めいりょうに理解できた。


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