こぼれ話④ 洋司先輩と中華
マコトの先輩、ホストの洋司くんの小話です。
「えー、それでマコっちゃん、元気なのぉ?」
中華料理屋の赤いカウンター席は、この時間、洋司の指定席だ。
洋司は今日も、短い金髪をワックスでハリネズミのように尖らせ、ホストクラブの仕事を終えてきたところだ。
酒も飲んだし、よく歌って、喋って、なかなかの肉体労働をしてきたと思う。
連れの女の子は豹柄のぴちぴちワンピースを着ている。彼女は箸で小籠包をつまみながら洋司の話を聞いていた。
おそらく、話半分に。
「多分ね。アイツもアイツで、けっこうやる奴だから」
「マコっちゃん、ちょっと影のあるイケメンだもんね」
ふはっと笑いがこみ上げた。
「影のあるイケメンか〜」
洋司が初めて会った時のマコトは、最初は威嚇しているようだったが、段々と雨の日に捨てられて途方に暮れている犬に見えたのだ。
彼女はスナックで働く水商売の女の子で、洋司と付き合っている。
洋司は仕事帰り、どうしても一人では居られない時があって、後輩か彼女と食事がしたかった。
そういう自分のどうしようもない性分が理由の時でさえ、マコトはよく付き合ってくれた。眠そうな目をこすっている時もあって、イケメンが台無し、無頓着な奴だった。
そこがまあ、あいつの愛嬌なんだろうな。
そして洋司が仕事抜きで付き合うのは、食事の好みが似ている女の子。
もっと言うなら夜の仕事帰りの時間に、中華に付き合ってくれるような人がいい。
明け方にニンニク多めの中華なんて、大抵の場合は嫌な顔をするから、自然と今付き合っている女の子が貴重な存在になってくる。
洋司の霊感体質も、マコトの神隠し騒ぎも、話半分に聞いて流す距離感と適当さがちょうど良かった。
その上テーブルや床が少し油でぬめるくらいの店で、餃子やレバニラをたいらげる彼女の食べっぷりは気持ちよくて、結構これでも本気で好きだったりする。
外見は普通だ。なんならちょっと肉付きが良いのだが、洋司はそういう女の子の方が好きだ。
ダイエットに苦しむキャバ嬢やソープの女の子は、見ていて少しつらいものがある。
どんな仕事をしていたって、本人が元気じゃなきゃ、働くのが虚しいだけだから。
あとは単純に、女の子が美味しそうに白米を食べるところが好き。抱き心地が良いのはもっと好き。
「この前あゆのCD買ったぁ」
「まじで? 良かった?」
「うん。なんか超泣けた」
「今度おれの着メロにしてよ」
「えー、洋くんはちょっと違うと思う」
「違うか~」
店の大将があんかけ天津飯を出してくれた。これも洋司のお気に入り。
銀の重たいブレスレットとネックレスも、仕事用の腕時計やピアスも気に入っているけど、ウマい飯には敵わない。
日焼けサロンに通う彼女は、ガングロではないがこんがり焼けている。
ギャルファッションが本人の好みで、それでいてスナック勤めなのは変わっているが、それもなんだか納得する。
性格が元々おっとりタイプだから、競争してのし上がる職場は居づらいんだろうな。
縦社会が厳しい職場は、昼でも夜でも、男でも女でも、関係ない。
それが性に合わないなら、辞めたらいいんだ。
人の相談に乗ることが多い洋司は、いつもそう思う。競争のステージから降りたら良いのに。
そんで、おれの可愛い彼女みたいに、ギャルがスナックで働く面白さを売りにしたら良いんだ。
「洋くん、どしたの?」
「ん?」
「手ぇ止まってるよ」
「りーちゃんが可愛くて、見惚れてた」
にかっと白い歯を見せるように笑うと、軽く小突かれる。
可愛いりーちゃんの照れ隠しだ。
ま、腐ってもホストですから。
マコトが神隠しにあって、でもどこかで生きていると夢の中で会ってわかったからおれは安心している。
あいつがあいつらしく居られる場所は、きっとそっちにある。
こっちは、キツイことが多かっただろう。
あいつが元気になれる所なら、別の世界だろうが宇宙だろうが、どこだっていい。
洋司はレンゲであんかけ天津飯を掬う。
おれは、これが食べられないところだと、生きていけないかもしれないが。
ちゃんと食えよ、マコト。
食ってればなんとかなるからな。