賭け side ジェイク
噂を聞いた。
ある国の王女が醜い者に寛容だと。
醜い者にも登用のチャンスを与え、容姿、身分に関わらず努力するものを好むと。
ふざけた噂話だと思った。
本当はどんな女かと暴きたい気持ちから調査を命じた。
当時の俺は最もやさぐれていたと思う。
容姿を理由に俺の立太子に反対する奴らがいたため陛下は俺に実績を求めた。
実績?
ただ容姿が醜い、怪物のようだというだけで実績が必要になるのか。
座学も剣技も俺に敵うものは少ない。
それなのに更に実績を積めと?
.....いいだろう。
それなら領土を拡大させて、お前らの領地を増やしてやろう。
もちろん俺に協力したヤツのみだが。
まず最初は海を挟んだ向かいにあるリストマルク国からだ。
また、決まっているはずの領海を越えて、こちらにいちゃもんをつけてきている。
何回目だ。
今代の国王は、かなりの美形で3人もの女性を妻にしている。
俺は国内で結婚できる女性などいないというのに。
高慢な男で美形にも関わらず貴族からの支持は薄い。
落とすなら今のうちだ、というのは国内でも言われてきた。
戦争になってもリストマルク国なら反対意見は、ほぼ出ないだろう。
特に貴族からは支持されるはずだ。
リストマルク国は想定していた以上に簡単に勝てた。
内部自滅型だな。
ダイナチェイン王国の勝利を確信した頃、隣国が攻め込んできた。怪しい動きをしているとの報告から警戒していたため、リストマルク国の対応はアークに任せ、俺が隣国を対応することにした。
結果、どちらも勝利することができたのだが、リストマルク国は王族を全員処刑し(内部崩壊により既に国王は殺されていたが)滅亡の道を。隣国は面倒なので国王の妻と王子1人を人質にとり、属国とすることにした。
この頃から俺とアークが影と光、などと呼ばれるようになったようだ。
そして、噂の王女の報告書が届いた。
どれも信じ難い内容だった。
正確には王女ではなくアイストリア皇国の皇女だった。
皇女は8歳。
醜い容姿を持つ騎士にも出世のチャンスを与えるべく法の改正を進言し、自身を警護する騎士に醜い騎士を採用。
母の違う皇太子が醜い容姿のようだが、皇女は、この兄を慕っており仲が良いらしい。
俺と父の違う弟とは真逆だな。
それなら皇女は自身も醜い容姿のために、醜い男に寛容なのかと思ったが報告書に付いていた城下で売られているという小さな絵姿を見れば、かなりの美少女が描かれていた。
嘘だろ?
こんなに可愛いのに醜い男に寛容だと?信じられない。
女というのは美しい女ほど我儘で醜いヤツを嫌うものだ。
少なくとも俺の知る女は全てそうだった。
追加調査をさせても変わるのは皇女の年齢のみ。
そして加わっていく皇女の功績。
国内に作られた病院という施設は皇女の名で作られたものである。
5歳熱の患者は無料で治療を受けることができる。
新しい治療法。
神童と呼ばれるほど優秀で、天使と呼ばれるほど美しく優しい。
皇女を慕うものは多く、国内での人気も皇族で一番だとか。
この皇女なら俺のことも受け入れてくれるだろうか。
俺を見て微笑んでくれるだろうか。
俺に触れてくれるだろうか。
俺が触れることを許してくれるだろうか。
俺の妻になってくれるだろうか。
俺は皇女の動向を定期的に報告させることにした。
それと同時にアイストリア皇国方面へ領土を延ばすことにした。
アイストリア皇国まで2つほどの国を従えさせれば皇女に接触できるとふんで。
だが、結果として王太子に立太子できたものの、一部貴族たちの反逆、影と光、などと呼ばれ恐れられるようになり、光と呼ばれるアークは無口な性格のせいで、美形なのに俺と同じくらい恐れられるようになってしまった。
一時的な同盟を組んでダイナチェイン王国に敵対してきた国々も抑え付けた。
俺は皇女に接触を試みようとしながらも、死んでも構わない、と思っていた。
だからこそ先陣に立っても恐怖を感じたこともないし無茶なこともできたのだろう。
だが、今は違う。
アイストリア皇国に密かに使者をたて、脅すようなやり方になってしまったが皇女との婚姻による同盟を成立させることができた。
皇女は婚約者がいたようだが、その婚約は解消させ、そして、皇女はやってきた。
逃げられないように俺の側近で一番美形のアルセンを迎えに行かせた。
俺の妻は嫌でもアルセンに釣られてダイナチェイン王国まで来るように。
なんならアルセンを第二の夫にしても良いと思っていた。
それで、俺の妻になってくれるなら。
だが杞憂だったようだ。
アルセンからの報告では、アルセンには関心を向けず文句1つ言うことなく遠い旅路を楽しんでいたようだ。
俺を恐れて大勢の前で悲鳴をあげられることを避けるため出迎えには行かなかった。
だが、皇女は俺を見ても悲鳴をあげることもなく、嫌悪の眼差しを向けることもなく、陛下が提案した食事を共にする、という話にも、そうしたい、とのってきた。
俺も父も驚いた。
女性は俺と食事したがらない。
食欲がなくなるそうだ。
俺は皇女から目が離せなくなった。
絵姿以上の美少女だ。大人になりかけている狭間の可憐なその様に、避けられないのをいいことに、ずっと見ていた。
夕食は、とても2人きりなど、どうしていいかわからずアルセンを同席させた。
アルセンは「いいのですか?殿下の前で口説いちゃうかもしれませんよ?先に殿下がしっかりアニス皇女の心を掴んだ方が良いのでは?」などと言う。
アルセンは寄ってくる女を捌くばかりで既婚女性と関係を持つことはあっても結婚はせず、自分から女を口説くなど、聞いたことがない。
口説く、というのが本気かはともかく、アルセンも皇女を気に入っているのだろう。
珍しいことだ。
だが、皇女が気に入ったのならアルセンでなくても許すしかない。
俺と結婚しなければならないのだ。他に癒しが必要だろう。
それなのに皇女は俺にばかり話しかけ、アルセンが自分を夫にどうか、という問いに対して俺に「怒ってくれないのか」と言う。
それに機嫌を悪くさせてしまったようだ。
アルセンは食後に謝って俺の気持ちを伝えろ、と言って去ってしまった。
何を伝えろと言うんだ。
皇女は、機嫌を悪くしたままのようで、さっきまで、あんなに話していたのに黙ったままだ。
俺が話さねばならないのか。しかし、何を話せばいい。
これは他の座学とは違って難問だ。こんな問題は誰からも教えられていない。
ぐるぐると考えていたが視線を感じる。
「そんなに見ていて平気なのか」と問うも、俺の髪が綺麗だなどと言う。
皇女の方が、余程綺麗だ。
顔を褒められないから髪を褒めたのだろうが、それすらも初めて言われた。
触れるものなら触ってみろと少し意地悪なことを言ったが皇女は俺に近寄り髪に触れてきた。
それどころか頭を撫で始めた。
頭など幼い頃にも撫でてもらったことなどあっただろうか。
いや、そんなことをしたら手が汚れる、と家庭教師が言っていたのを聞いてしまったことがある。
思わず皇女の手首の辺りを掴んだ。
彼女の手が汚れているのではないかと思ってしまったためだ。そんなわけないのに。
だが、あまりの細さにびっくりして離す。折ってしまいそうだ。
皇女が俺に触れたことだけでも驚きなのに髪に触っていいと言う。
俺に言ってるんだよな?
皇女は触れやすいように姿勢を低くしてくれている。
触ると、さらさらとしていて心地よい。
他人の髪など初めて触れたな。
もっと触れたくなって皇女がしてくれたように撫でてみる。
手から伝わる暖かさに俺の何かも暖められているように感じた。
皇女がくすくすと笑ったので触り方がマズかったかと慌てて手を離した。
だが、皇女は「いずれ結婚するのですから」とまったく怒る様子がない。
機嫌も悪かったと思うのだが、いつの間にか初めのように笑顔を見せている。
俺との結婚を受け入れているのか。
完全な政略結婚で、少しも望んだものではないはずだが結婚してもいいと思ってくれているのか。
そこに、どんな思惑があろうと、もう俺は彼女を離せない。
俺は皇女に賭けたのだ。俺の結婚と未来を。
皇女にとって俺は結婚を妨害し祖国から引き離した憎いヤツだろうに...。
すまない。
俺は部屋の出入り口に立つユーリという男を視界から外した。




