初めての晩餐
陛下の今夜から、という急なことにも関わらず、王太子殿下と夕食を一緒にとることになった。
...忙しいんじゃなかった?
というわけで用意された席についているわけだが、何故ブタさんがいるのだろうか。
まぁ殿下との会話に困ったら、こいつに話をふればいいだろう、と思って黙殺することにした。
のだが、既に会話に手詰まり感が...。
わたしばっかり話をふってるよね?
困ってしまって、ついブタさんを見ると、にこっと微笑んで言った。
「アニス皇女は美しい上に気遣いもできる素晴らしい方ですね。王国広しと言えどもアニス皇女以上に魅力的な方など会ったことがありません。ねぇ殿下?」
「あぁ」
...そんだけか。わたしを褒めるチャンスをくれたっていうのに、「あぁ」て。
「ありがとうございます。さすがに褒め過ぎですが嬉しいですわ」
「2番目の夫に、わたしなんて如何でしょう?」
「え?」
着いたばかりで、そんなこと言う?
しかも、まだ結婚してないし。王太子殿下の前で?
「...まぁ。さすがに不敬でしょうから冗談なのでしょうが、アルセンは、良くそんな冗談を言うのね?女性が本気にしたらどうするの?感心しないわね」
「...申し訳ありません。誰にでも言うわけではありません。ですが、あなたになら本気にとっていただいてもいいのですがね?」
「殿下。怒ってくださらないの?」
わたしは殿下を軽く睨んでやった。
婚約者が口説かれてるぞ。お前の部下に。
「...わたしに怒る権利などない」
「...あなたに怒る権利がなければ誰にあると言うのです?」
「誰にもないな。あなたの好きにするといい」
.....はぁぁぁぁぁぁぁっ!? 何それっ!
わたしを望んだのは、あんたじゃないわけ!?
じゃぁ誰よ?陛下なの?あんたは嫌々従ってるってこと?
こっちはユーリとフェルナンドとの婚約を解消して来てるっていうのに。
いや、陛下の決めたことに従っているのなら殿下も被害者だとでも?
いやいや、わたしは被害者なんかじゃない。これは、わたしの意思。わたしの意思。
そのとき、わざとらしい大きな溜息が聞こえてきた。
ブタさんだ。
「殿下。殿下は婚約者であるアニス皇女の2番目以降の夫について口を出す権利があるのですよ。そんな言い方では殿下の真意はわかりません。わたしから説明するなど野暮なことは致しませんが、殿下が、そんな態度を取り続けるのならわかりませんよ。殿下のあることないことアニス皇女にお教えしましょう」
「余計なことはするな」
「それなら、すぐに謝って殿下のお気持ちを伝えると良いでしょう。食後のお茶は、わたしは遠慮しますのでアニス皇女と2人だけでどうぞ。後で報告を聞きますからね?」
ブ、アルセンは、そういうと給仕係に指示を出した。
「食後は、そっちのソファで過ごせるように用意を頼む。距離も近くなるし、少しはリラックスして話せるだろう。殿下がね」
別に緊張しているようには見えないが、緊張しているの?この人。
ブ、アルセンも、面白いだけでなく、いい人なのかな。
アルセンは食事が済むと本当に、さっさと部屋を出て行った。
わたしは、用意されたソファへと移動しようと席を立つが、殿下は嫌々という感じで、いちいち感じが悪い。
ソファに座る。
殿下は1人掛けのソファに座ったのでコの字になる。
殿下は黙ったままだが放置してみることにした。
無言だ。2人して一言も発しないまま、お茶を飲む。
うーむ。あ、そうだ。どうせなら王太子殿下の顔を見ながら過ごそう。
顔はいいんだ、顔は。
外に出かけてばかりいるせいか(領土拡大のため)少し日焼けしているようだが、それが精悍さに拍車をかけているようだ。
アイストリア皇国では黒髪は珍しかったので綺麗な髪にも目がいく。
艶々してるなー、ストレートの前髪が長くて少し鬱陶しい感じがするが悪くない。
天使の輪だ、キューティクル素晴らしい。そのうち触れてみたい。
妻になるんだから、いいよね。
睫毛も黒い。そして長い。ずるい。わたしより長くね?
唇が何も塗っていないはずなのに赤い。黒髪とのコントラストがヤバい。
色っぽい。ずるい。わたしに色気を分けろ。
顎から首のラインがシャープだ。首筋にまで色気を感じる。
ん?髪からのぞく耳が赤い。
「そんなに見ていて平気なのか」
?
あぁ、そうか。この世界基準では醜いから女性からガン見されることが、あまりなくて慣れないのか。
「申し訳ありません。不躾に見過ぎでした。殿下の髪がとても綺麗で羨ましかったのです」
「髪が綺麗?そんなこと初めて言われたな」
「そうですか?艶々していて本当に綺麗ですよ?触れたら、どんな手触りなんでしょう」
「わたしの髪など触れるものなら触っても構わんが、本当に綺麗なのは、皇女の方だろう」
赦しが出たので、これ幸いと触れてみることにする。
前言撤回はナシだ。
立って殿下の傍へいくと「失礼しますね」と一応、一言断ってから、わたしを見上げる殿下の髪に触れた。
思った通り、ツヤ&サラだ。
殿下は、わたしを見上げたまま固まっている。
それをいいことに、わたしは頭もなでなでしてみた。
ぷ。なんだか可愛い。
ついさっきまで少し面白くない気持ちでいたが初日ということもあり、許してやるか。
なんて上からなことを考えていたら、なでなでしていた手を突然、がっと掴まれた。
「あ。申し訳...」
「すまないっ!」
「え?」
「いや、なんでも、ない」
なんだなんだ。突然掴まれたと思ったら、ぱっと離された。
別に痛くはなかったから大丈夫なのに。
固まっているのをいいことに触り過ぎて怒った?
「殿下。わたしの髪の方が綺麗だと仰ってくださいましたよね?わたしの髪、触ってみますか?」
「...は?」
「わたしだけ殿下に触れてしまったので」
「...いいのか?」
「はい。どうぞ?」
触りやすいように、ソファの横で姿勢を低くする。
おずおずと殿下が近づく気配がする。
やがて肩から流れている銀髪をすくうようにすると、さらさらと離す。
何度か、それを繰り返すと頭に触れてなでなでし始めた。
なんだか空気がくすぐったくて「ふふ」と声を出してしまう。
「すまない。触り過ぎた」
殿下は、さっと体ごと手を離した。
「かまいません。わたしも撫でてしまいましたし、いずれ結婚するのですから、これくらいどうぞ?」
少しでも仲良くなっておきたい。
ここで、わたしが平穏に過ごすには王太子の権力の傘に入るのが良いはずだ。
それに夫となる人と関係が良好に越したことはない。
良い雰囲気で晩餐を終了したことで、すっかり忘れていたが王太子から何も話を聞いていないことに、寝るときになって気づいた。




