第二十二話 静かな部屋
「ゴーシュ、どこにいるの」
ニグルムと別れた後、レナはやっと城の中に入ることが出来ていた。城の周りにいた者をあらかた片付けたとはいえまだまだ襲って来る者たちは多い。てきぱきと意識を刈り取りながら城の内部を走り抜けていく。
「お前何もの——ッ」
「なんてや……」
「うわあぁっ」
まさに阿鼻叫喚である。言葉を話し切る前に彼らに衝撃が襲う。そしてレナには先程ニグルムに付けられた傷だけしかなかった。城の中は広いとはいえ所詮は建物の中、強力な魔法を放ち内部から崩壊させる馬鹿を出さないためにもレナは休憩なく通路に居た者を潰してとある部屋の前に立つ。ただの部屋にしては不思議な空気があった。そっと扉に耳を当て探るが物音がしない。明らかに何かあると勘が訴えていたが、防音は完璧のようである。他の全ての部屋から兵士が飛び出すということもなかった為、恐らく気がつかないまま部屋で待機している者もいるであろう。
レナは一呼吸置いてスッと扉を開け中に入る。と、ツンとするような異臭が漂っていた。
「な、何者だ? お前は敵か?」
白いローブを着た魔導師たちがビクついていた。部屋の中央には魔法陣が鈍く輝いている。そしてそこ彼処に干からびたまさに骨と皮のみになった人間の姿も見える。そして部屋の隅には猿轡を噛まされ檻の中に閉じ込められたどう見ても一般市民が多数いた。
「くそっ、やれっ!」
男のしわがれた声がしたかと思えば何かが飛んでくる。レナがむんずと捕まえればそれは小さなドラゴンだった。ピクシードラゴンの子どものようである。目に正気の色は無く自我が潰されているらしい。
ピクシーと可愛らしい名前が付けられているし、小さい姿は庇護欲をそそるものであるがそれはとんでもない話。ピクシードラゴンはとてもすばしっこく、また非常に硬い鱗で身を守っている。その体で相手の肉体を突き破り、中からその身を喰らう恐ろしい存在である。一度体内への侵入を許せばまず助からないだろう。ピクシードラゴンは心臓を真っ先に狙う。
レナの翡翠色の瞳がきらりと光る。
「何故だ……」
次々に突撃してくるピクシードラゴンを捕まえてレナはその小さな体にレナの魔力を強制的に流し込む。すると、くたりと力が抜けていくドラゴンたち。
「私、ドラゴンと相性がいいの」
レナは魔法陣へと近付き足で床を踏み抜いて壊してしまう。その姿にとうとう腰を抜かすものまで現れた。
「確かにピクシードラゴンはドラゴンの中では弱い存在よ。でも態々召喚してこんな環境で飼い慣らせるほど生温い存在ではないと思う」
魔法で攻撃してくる者には目もくれず近くの魔導師からレナはその腕を切り落とし、患部を焼く。強い臭いにピクシードラゴンは腹を鳴らし目覚める。
「あぁお腹、空いているのか……」
その呟きにまだ五体満足なローブが震える。くぐもった呻き声だった部屋に大きな悲鳴が加わる。
その後、部屋から出たのはレナと8体のピクシードラゴンたちだった。檻に閉じ込められていた一般市民は檻だけ壊して自由に出られるようにはしてあった。
が恐れからか誰一人レナの前で檻から出ようとする者はついぞ現れなかった。
ピクシードラゴンの幼生を従えたままレナは再び城の中を駆け回る。しかし何処にもゴーシュらしき姿は見えず。やがて最上階に辿り着き部屋を見回すが何もない。だがふと微かにかびたような古臭いそれを鼻が捉えた。部屋自体はとてもきれいに掃除されている。とてもそんな臭いがするようには見えなかった。
「そこ?」
そんなレナの様子に気がついたのかピクシードラゴンがとある本棚の前で何かを訴えるかのようにレナに視線を向ける。レナはその本棚を動かして退けてみるが白い壁があるのみ。だがその壁にうっすらと長方形の切れ込みが入っているようだった。隠された通路なのか、ここに王が潜んでいるのかもしれないと気を引き締める。カリカリとピクシードラゴンが引っ掻く場所がありそこに触れれば何かに触れる。壁に触れているのにその先に何かあるらしく不思議な感触である。不思議と魔力を吸うような感覚を覚え試しにその流れにそって魔力を流せば目の前に小さな扉が現れる。
「面倒な絡繰を作るものね」
というものもあると頭の片隅に入れレナはそっと静かに小さな扉の向こうに身を滑らせて行った。
ピクシードラゴンたちの羽音が響かないよう肩や頭、腕に乗せてレナは静かに狭い廊下を歩く。やがて突き当たりに扉を見つける。そこにはドアノブがあった。無駄ではあるのかもしれないがと思いつつ耳を欹てるが物音一つない。出来るだけ静かにドアノブを捻るが微かにカチャリと音が鳴る。それでもそのまま開けて中をさっと覗くと中は生活感のあまりない部屋になっている。誰もいないようだった。
「ゴーシュ?」
声を出してみるがやはりなんの反応も返ってはこない。ピクシードラゴンたちも飛び上がり周りを探索しているようではあるが特にまた別の部屋に続く場所はないらしい。手がかりが途切れてしまったか、そう思いながらも部屋を見回し机の下を覗き込んだ時小さな魔法陣を見つける。人一人がその上に立てばもう他には乗らないぐらいの大きさである。
「……どこかに飛ぶ、んだろうなぁ」
一体何処へ飛ばされるのか分かったものではない、がこの城にはゴーシュの影もない。そしてこの飛ばされる先にいる可能性もないわけではない。一か八か試してもいいのかもしれないとその上にレナは立った。するとピクシードラゴンたちがレナに捕まる。増える魔力消費量に私でなければ危なかったなと呟きを残してレナはその場から消えた。
「ここは……」
どこかの建物の中らしい、小部屋の中にレナたちは飛ばされた。また外側騒がしい。争っているのか穏やかではない。面倒なとは思うものの出て行かないわけにはいかない。さっさと部屋を出るとどうもピシアンティア帝国内の様子。そして見覚えがある光景だった。
「大聖堂の中か」
背後から迫る者を見もしないで張り飛ばしながらレナはズンズンと進む。聖女は真っ先にここに向かっていた。もしかしたら出会うのかもしれない、その時また尋ねればいいかとレナは走る。とりあえず上に向かうかと向かい部屋の中をどんどん見ていくがゴーシュの姿も、ましてや聖女の姿もない。だが聖女はここに来ているらしく誰かの呟きを耳に捉えていたレナは変わらず意識を刈り取りつつ一体何処に向かったのかと最上階へとうとう辿り着く。だがそこにも姿はない。とそこでまた隠し部屋かと思いながら部屋の中を見て回るレナの袖を引っ張る一匹が出た。
いつの間に逸れたかと思っていたピクシードラゴンの様子にまさか見つけたのかとついて行くと、一体何処まで連れて行こうというのか途中覗いていたとある祭壇の部屋に戻ると祭壇がおかしな場所にあった。動かしたのは自分だと目の前で案内してきたドラゴンが飛び回る。それにありがとうと伝えてレナは祭壇が元々あったであろう場所を覗くとまたも別の部屋に続く入り口が。もうなんとでもなれと勢いよく梯子も使わずに落ちて行く。とさりと音が響くが落ちた先は静かなもの。聖女も来たのであれば何かしらの決着が付いていてもおかしくはない。そして重厚そうな扉に手をかけレナは扉の向こうへと足を踏み入れた。




