第二十話 ピシアンティア帝国では
「待って。こっちを突っ切った方が早いから」
レナは聖女にすぐ追いついた。魔力によって身体強化していた聖女は走るのがとても速かったがガシッと腕を掴めばくんっとつんのめりそうになりながらも聖女は止まった。
「ごめんありがとう」
聖女は地竜車に乗せられて移動した道そのままを帰ろうとしていた。だがその道は車に乗って移動する場合の道で少々遠回りである。車にも乗らず身一つでの移動なら森の中を突っ切る方が早い。この辺りに生息する魔物は強かったりするがこの2人なら問題はない。
聖女の表情には焦りが浮かんでいた。
「案内、お願いしていい?」
「ええ。こっち」
レナが先導し森の中を駆け抜ける。たまに虫型の魔物がうろちょろと邪魔するがレナがそれらを潰す前に聖女が邪魔だと全て吹き飛ばしてしまっている。
(魔力の消費が激しい……無理にでも休憩入れないと倒れかねない)
止めるのは骨が折れそうではあるがレナも本調子ではないとはいえなんとかなるだろうと前を行く。そんなレナの心境も知らず聖女は必死だった。
(ビルフランの馬鹿……私より弱い人が一丁前に守ろうだなんて。大人しく私に相談ぐらい)
噛み締めた唇から鉄の味が広がる。ぺっと赤い唾を吐き捨て前をゆく背中を追いかける。少しでも早く。一分一秒が惜しい。レナの足が緩みそうになると大抵魔物が行手にいた。聖女はカッと頭に血が昇りそうになりながら邪魔をするなと思うがままに殺す。チラリと振り返るレナに多少の苛つきが湧く。もたもたしないでと背中を睨みつければそれ以降レナが振り返ることもなく。
日が暮れて、魔物たちの活動が活発になる頃レナの足が緩む。
「どうしたの」
「休憩、しよう」
「そう……私はまだ走れるわ。このまままっすぐ行けばいい? 先に行ってる」
追いかけていた背中を追い越そうとしたその時暴力的な魔力の渦に飲み込まれ聖女の体が崩れ落ちるのをレナが受け止める。掠れゆく意識の中で聖女は休憩だよという言葉が響いた気がした。
さて気絶した聖女を抱えたレナはどうしようかと考えあぐねていた。聖女を気絶させたのはいい。だが辺り一面にネモラの花が咲き乱れたのだ。空から届く僅かな光を受けキラキラと輝いている。花自体が微かに発光しているようでもある。
「このままにするのは良くないよね」
幸いどのネモラの花もレナの魔力をたっぷりと含んでおり、意識をすれば徐々に花からレナへと魔力が戻っていく。花を摘むのが面倒でもあったが魔力を回収すればなくなるのではという考えは半分当たっていた。魔力の抜けた宝石の花はただの花に変わる。だが花自体がなくなるわけではなく、この花がレナ以外の魔力を受けても宝石になるのかは見当もつかず。
「元に戻りたい……」
慎重に、慎重に魔力を辺りに漂わせれば再び花は輝きだす。それを頼りに全ての花を回収していった。
それでもレナは少し手応えを感じていた。一番酷い時に比べて制御が効くようになっているように感じていた。その時はどんなに慎重に気を付けていても魔力の流れを一定にする事もできず暴れていた。
さて、ネモラの花をあらかた回収してもまだ聖女は目は閉じていた。が、身動ぎしているので覚醒は早そうではある。レナはもう少し眠ってもらう為、眠気を誘う香を炊く事にした。火属性の魔力の宿った魔石を使い小さな火種を作り出す。そして取り出した既に乾燥させてある香草を細くこよらせ先端に火をつける。じわじわと焼けていくと細長くうっすらと白い煙が立ち不思議な香りが漂い始めた。その香りを嗅がせるように聖女の顔の近くに持っていく。身動ぎまぶたがピクピクとしていたのが治る。眠りが深くなったようだった。
「聖女様にも効くんだ、これ」
やはりというか嗅いでいるとリラックスするような感じはあるが眠りを誘うほどの力は無く。だがその他の者には効果的面である。
近くに寄ってきていた生き物の気配も弱くなっていた。
静かに夜がふけていく。
「ん……っ」
朝日が顔に差し込み聖女はガバリと跳ね起きた。既にレナは起きていた。木の上でシャリシャリと林檎の皮をナイフで剥いている。
「食べる?」
「どうしてこんな事を」
「魔力の消費とか激しかった。自覚は?」
ふいと顔を背ける聖女。それでも私はまだいけたと呟いている。レナは木から飛び降りむきたてのリンゴを差し出す。
「いらない」
「そう。食べさせて欲しいのね」
有無を言わさず食べさせようとするレナに観念したのか聖女はレナの手からひったくるようにリンゴを受け取り食べ始める。もぐもぐと頬いっぱいに膨らませ急いで平らげてしまう。
「行くよ」
それを見届けてレナは仕方ないなと言わんばかりに走り出す。手ぐらい洗わせてよと聖女は怒りながらもそれに続く。その後、小川の近くに来た時に走りながら手を濡らしていた。
日は高くなりそろそろピシアンティア帝国が見えるそんな時、黒い煙が帝国から上がっているのを確認した。煙の匂いも濃くなってきている。2人は自然と足が速くなっていく。
「速く……!」
レナも休憩を入れた事に後悔が出てきていたが嘆いても仕方ない、あの子たちは強いから大丈夫だと言い聞かせて急ぐ。やがて帝国につけば、門が門の仕事を果たしておらず、争う声や爆発音などが響いていた。
聖女は大聖堂へ、レナは泊まっていたホテルへと足を運ぶ。もう避難しているのではと頭の中をよぎっていたが、あの美しいホテルは防衛面等も優れていた事も思い出していた。最高級ホテル、問題が起きてもすぐに鎮静化出来るよう御抱えのハンターたちを雇っていた。
走り抜けるレナに火の玉や雷撃、剣なども振るわれるがそれらを避けていく。
「さすが……」
ホテルは無事だった。シャンディとグレン、2人が駆け回って守っていた。そしてたまに飛んでくるのをはたき落すブルーメの姿もあった。
「レナっ!?」
辿り着いたレナに先に気がついたのはシャンディだった。続いてブルーメ、グレンと続く。だが先に気がついたシャンディを越してブルーメが近く。
「ナイスタイミングだねぇ」
「ドロワとゴーシュは?」
嫌味をスルーしてレナは尋ねる。ムッとしながらブルーメはドロワは怪我人の治療に当たっていると答える。そしてゴーシュについては心当たりが全くないないのかと言い放つ。
「まさかまだ大聖堂?」
「か、城の方かなぁ。さぁてどうする? あっちが一番面倒な事になっているよ。今の君が向かって何が出来る?」
「それでも行くわ」
さっと翻し、レナはブルーメが選択肢として挙げた城の方へと先ずは向かったのだった。
「あーあ、まだ気配も探れないなんて。いい加減立ち直ってもらわないと困るんだけど」
遠くなる背中に冷たい視線は向けられていた。




