第十五話 ドロワの異変
「な、何か手伝える事とかないか?」
「俺もできる事があるなら……」
「……一体なんなんだ」
最近シャンディを始めとして双子やグレンまでもレナに気を使い始めていた。ブルーメはその様子をにまにまと眺めている。思えばブルーメが満足するまで相手をしてからなような気がしていた。
「レナ様、山菜採りにいきませんか? 雪ももうなくなって採りに行くにはいい時期だと思うんです」
「あぁそうだね、芽が出てまだ柔らかいうちに方が美味しいし。天ぷらとか食べたいね」
ドロワは天ぷらがどんなものなのか分からなかったらしい、首を傾げる。レナは作るまでのお楽しみねと言ってその日の予定は決まった。それを何処かで聞いていたのだろう、シャンディたちまでも山菜採りに参加することになった。
「ゴーシュは絶対に離れないようにね。この周辺には魔物は出なくなってるけど念のためね」
「わーってるよ。俺は弱いし」
この森は危険な生物は多い。が、レナが住む周辺だけは何故か魔物すら殆ど寄り付かなくなっていた。住み始めた最初の頃はよく襲撃があったがレナが揚々と狩り続けてからはその数は激減。エルフの里の者との仲が向上したのもその辺りが理由だったりする。
「山菜なら僕がいくらでも作り出せるのにー」
「気分転換も兼ねてるから」
今回ブルーメだけはお留守番だ。ブルーメ用の水瓶とおやつだけを用意して残りはみんな家を出た。5人全員が散った方が効率はいいのだが何かあった時に咄嗟に動けるという理由でゴーシュだけはレナに同行している。レナからすればゴーシュも大人しくお留守番をしている方が役に立つのだが本人の意思を尊重した結果が連れて行く事だった。
「あれとこれ、似てるけどこっちの赤い方は毒があるから。耐性があるなら美味しく食べれるけど下手に触らない方が無難かな」
「分かった。あっあれ薬の材料になる——」
「言ったそばからなんでも触らない。あれは触るだけでも火傷みたいなかぶれを起こす毒があるんだけど」
「まじか!?」
やはり無視して家に残すべきだったかと早々に考えてしまうレナ。だが、ゴーシュは一度教えれば次からは間違えず飲み込みは早かった。目を離していてもきちんと安全に食べられるものだけを採取していく。
2人で黙々と山菜を集め頃合いになった頃家に戻ればまだ誰も帰ってきてはいないようだった。ブルーメは暇すぎたのか家の周りを花だらけにしていた。
「ゴーシュお疲れ様。助かったよありがとう」
レナはゴーシュにねぎらいの言葉をかけ、ジュースを渡した。そのジュースには様々なベリー系が入っており濃い紫色をしている。初めて渡した時は双子はおっかなびっくりだったが今では好物だ。粒々した食感ととろりとした甘酸っぱいそのジュースをたまにせがむ程。ゴーシュは口の周りを少し紫色に染め満足げに飲み干した。
それを見てレナはまた今年も収穫を頑張らないとなと考えた。
それから時間が過ぎて日が暮れるかと言った時間にシャンディとグレンは帰ってきた。2人とも大量に山菜もだがそれ以外の小魚であったりと色々と取ってきていた。そんな2人にもレナはベリージュースを渡した。だがドロワがまだ帰ってこない。ドロワはゴーシュとは違い力が桁違いに強い。余程の事がない限りは怪我などしないだろうが日が暮れれば家に戻る事は困難になるだろう、レナは迎えに行く事に。気配を探れば深い所まで山菜を探しにいっていたようで、その辺りでは魔物が比較的出やすかった。ざわざわと胸の中で嫌な予感がしていた。
「ドロワ?」
大きな木の根本でうずくまるようにしてじっと動かない姿がそこにはあった。辺りでは血の匂いがしている。いくつか死骸が転がっており、そのどれもが頭が潰れていた。全てドロワがやったのだろうか、そう疑問に思いながらレナは近づいていく。ドロワの服は赤く染まっていた。肉片のようなものもくっついている。
「ドロワ、帰ろ」
ドロワは小さく震えていた……ただただ静かに。そっとレナがドロワの肩に手をかければビクッと大きく肩がはねた。もう一度レナが優しくドロワと声をかけるとギュッとレナに力の限り抱きつき、レナは尻餅をついた。まだ血で濡れた服がレナの服も汚していく。ぐちゅっと何かの肉片が潰れる音もしたがレナはそっとドロワを抱きしめ返した。
「1人で怖かったね」
ぽんぽんと背中を叩きながらレナはドロワの震えが治まるのを待った。やがてドロワは嗚咽を漏らし泣き始める。抱きつく力が強くなりレナは息苦しさを少し感じるようになったが振り解く事はしなかった。これがゴーシュであれば一瞬で抱き潰され死んでいただろうなとぼんやりと思っていた。
どれほど時間が過ぎただろうかドロワはうわごとのようにこんな力は望んでいなかったなどと呟きながら眠ってしまった。レナはようやく立ち上がれた。抱き上げたドロワは眠りながらもぎゅっとレナの服を掴んでいる。これでは着替えられないなと思いながら、血の匂いにつられてやってきてしまった複数の魔物を氷魔法で氷の礫を飛ばし心臓を貫いて絶命させてから家へと帰っていった。
家の前では、帰りの遅い2人を心配してかゴーシュたちがうろうろしていた。血塗れの2人を見てゴーシュは酷く慌てていたが怪我がない事を知るとほっと胸を撫で下ろした。
「ねぇ、これ水魔法でこのまま丸洗いするのってドロワ驚くかな?」
「起きたらそん時じゃないか……うん」
安心したからかゴーシュはレナたちから離れ気味にしていた。普段嗅がない獣の血の匂いに敏感になっていたからだ。レナも服がじっとりと肌に張り付く事が気持ち悪かった。まぁいいかと複数の魔法を使い血など洗い流してしまったがドロワは僅かに身動ぎするだけに留まった。
「ごめんけど今日はこのまま寝るね。ご飯は……これ食べてて。それじゃあおやすみ」
レナは空間から昔作ったシチューが入った鍋を取り出した。熱々でしまっていたため久しぶりに出したそれも熱々のままだった。具がごろごろとしていてとても食べ応えがありそうだった。
ゴーシュたちは分かったとそれを食べる事に。こういうものがあるのに何故今は毎食作っているのか疑問に思うもののまずはご飯だと皿に装いそれをスプーンで口に運び入れた。
「ん?……」
レナが作ったにしてはとても微妙な出来のシチューだった。まずいって程でもないが美味しいとも言えないそんなものだった。普段なら何度もおかわりをするシャンディも微妙な顔で食べ一皿だけでやめてしまった。冷えた水を飲む方がずっと美味しかった。
「失敗作の処理に使われた……?」
「あいつが? そんな事する人間だとは思わないけどな。でもやっぱこれ微妙だよな」
グレンとブルーメだけは黙々と食べ進め、ブルーメはおかわりまでしてしまった。それを見て驚く一同。一番動いてないのにそんなにお腹を空かせていたのかと呆れるシャンディにブルーメはただ笑ってシチューを減らしていくだけだった。
翌朝、ほとんど鍋から無くなったシチューにドロワから解放されたレナは驚きそれを見たブルーメはやはり笑っていたという。
それからというもの、ドロワはぼーっと考え事をする事が増えた。ゴーシュが言うには去年の時点で少し悩む事が増えていたという。ずっと近くに居た兄が言うのならそうなんだろうとレナは思った。
「ドロワ、火を使う時に考え事するのは危ないよ」
「……へあっ、ごめんなさい」
少しのミスが大きな事故に繋がる。何か悩んでいるのなら相談に乗ると伝えるがドロワは頑なになんでもない、大した事ないと一点張りだった。そんなドロワをゴーシュもシャンディも心配していた。そんなある日だった。
「いたっ……あっ」
包丁で指を切ってしまったドロワ。料理の腕も上がり危なっかしい手つきもしなくなっていたが、今回深く切ってしまったようで血がどんどん流れていく。固まってしまったドロワにレナはすぐに止血した。幸い骨まで傷つける事はなかったがこの調子であれば近い将来、それこそ指を切り落としてしまいそうだった。
「ドロワ、キツい事をいうようだけど今のあなたにこのまま家事をさせられない。あなたが憂いているのは勝手だけどあまり周りを心配させない方がいい」
「でもっ……はい。わかりました」
とぼとぼとドロワは部屋から出た。少し頭を冷やす時間も必要だろうと引き止める事はしなかった。中断していた夕食作りをレナ1人で再開し、出来上がれば皆で食べたがその場の空気は少し重い。ブルーメだけがいつも通りだった。
夕食後、レナはドロワを呼び出した。いつも通りに振る舞おうとしているようだが落ち込んだ様子を隠し切れていない。
「ドロワ、ちょっと散歩に付き合ってくれない?」
そうして連れてきた場所でドロワは驚きで目を見張る。
「ここって…」
「覚えてる? 今日は見れる気がしてたんだけど予想通りだ」
去年一度来たきり訪れていなかった小さな湖で幻想的な光景が広がっていた。小さな妖精たちが淡い光を放ち、水面で舞い踊っている様はとても美しく息を飲むほどだ。
ふとレナに気がついた妖精が集まってきた。レナは集まった妖精たちに久しぶりと声をかけ人差し指を伸ばすとまるで握手をするかのようにその先に妖精たちが触れていく。触れた妖精たちの輝きが増したように見える。
「綺麗でしょう? 世間では悪戯妖精の名で知られているみたいだけどここに来る子はみんなここで遊ぶ為に集まってる。昔ここに来ると悪戯されてたけど魔力をプレゼントしてからはそれも無くなって仲良くなれた。それから、あっ今日は特に良い日だよ。シルフたちもいる」
レナの見つめる先には半透明の、だがとても美しい容姿の女性たちが居た。薄い衣を羽織っているだけで、光で布の部分が透けて体つきのシルエットが浮かび上がっている。扇状的な姿とも取れるものだがそれでも何故かとても神聖なものを見ているかのような気持ちにドロワはなれた。
彼女たちは美しく微笑みレナに手を振った。それにレナは手を挙げて応えると彼女たちは優雅に妖精たちと舞い始めた。ひらひらと揺れるドレープさえ美しい。ただただ2人は観客として黙って暫く眺め続けた。
「凄く綺麗でした」
まだまだ見ていたかったがあまり遅くなるのも心配する者がいるため舞の途中で帰る時、ポツリとドロワが呟いた。レナは別れ際シルフたちにもお礼として魔力を渡していた。彼女たちはドロワには目もくれなかったが不思議と疎外感は感じておらず、綺麗なものを見たという感想だけが残っていた。
「また見にこよう。何度でも」
その夜ドロワはまだ悩みを打ち明ける事が出来なかったが、少し顔は明るくなった。それを見てレナたちはとりあえずは良かったとホッとした。




