第十四話 雪遊び
「ブルーメ寝相悪すぎだろうが。だからいやだったのにーっ!」
翌朝、シャンディの不満が爆発していた。あまり眠れていないのか若干の疲れの色が見て取れた。それに対してグレンは昨日とほぼ変わりがなく、ブルーメは今日もにこにこと笑みを浮かべている。
「あははー、サンドラ朝から元気だねぇ」
「元気ってこれがそう見えるのかよ! くそっ、今日は絶対やだからなっ疲れが増す一方じゃんか」
(やっぱり今日も泊まる気ありそう……)
レナはそれらを遠目に見ながら今日やる予定を組み立てる。だが、その予定の中に部屋の拡張などはない。雪が多く残る状態での作業はあまりやりたいものではなかった。ドロワと朝食を作りテーブルに皿など並べながらレナは今日の予定以外もついでに考え始めた。
「レナ様?」
「なんでもないよ。今日は天気がいいから雪がまた溶けるなと思っただけ」
レナの魔法で雪だるま兼かまくらは完全な状態を保っているがそれを果たしていつまで続けるかも悩みどころだった。それこそその気になれば一年中そのままにできない事もない。だがそこまでして大事にするべきなのかはレナの中で答えが出ない。
「そうですね……。かまくらはまだまだ大丈夫そうですけど溶けて崩れたらの事を考えてそろそろ中に入って遊ばないようにしなきゃお兄ちゃんが危ない」
「貧弱で悪かったな!」
双子はそこまで未練はなかったようでレナは今日から魔法をかけるのをやめようと内心で思った。
それから少し不機嫌になってしまったゴーシュを見てレナはそうだと今日の予定、今後の予定を思いついた。
「シャンディ、あなた今日も泊まる? 泊まるならお願いしたい事があるんだけど——」
「で、何? 俺はこれから何されるの?」
動きやすい格好に着替えさせられて寒そうに肩を震わせるゴーシュに対して、少し離れた所で雪だるまを崩しながら雪を丸めてボールをせっせと生産するドロワ。その近くではシャンディが体を伸ばしたりして柔軟体操をしている。
「遊びを兼ねてゴーシュの体力強化トレーニングをしようかと」
「ふむ、それで?」
「ゴーシュはとりあえず飛んでくる雪玉から逃げて。シャンディはゴーシュの様子を見ながら加減して当てる。ドロワは力のコントロールが甘い所があるから雪玉を正確に均一にひたすら作る」
ドロワは今も無心で雪玉を作り、綺麗に作れなかったものは容赦なくレナに潰されている。その様子を見て本気だと悟るゴーシュ。直ぐに背を向け走ろうとした。
「怪我させない程度に翻弄させて、シャンディよろしく」
「まっかせな! ゴーシュいっくぞーっ」
止めろの声も虚しく固められた雪玉が背中に当てられる。ちくしょうと叫びながらゴーシュはジグザグに当てられないよう必死に逃げていく。それを雪玉を抱えてシャンディは楽しそうに追いかけた。
「ドロワ、集中」
「うっ……はい」
叫び逃げ惑うゴーシュに気を取られてか雪玉を作るペースが遅くなるドロワに容赦なくレナは雪玉をいくつか潰しながら急かした。シャンディは抱えていた雪玉が無くなり次第戻ってきて補充してくる。そのペースはとても早くゴーシュの呻き声や叫び声が絶え間ない。
「昼食は私が作るから、それまで3人それぞれ頑張ってね」
暫く様子を見た後、覚えてろよとのゴーシュの吠え声も無視してレナはその場を離れた。
さて、レナが家に戻れば暖かい紅茶を飲みながらブルーメはのんびりと過ごしていた。グレンはぼんやりとしている。
「いつまで滞在する予定なの?」
「んー、まだ決めてないかなぁ。それにー前にも言ったでしょ、君の近くだと楽なんだ」
「私にはそれが世話されるから楽だとしか受け取れなくなってきているよ」
ぼんやりとしたままのグレンをチラリと横目で見て、レナはハーブティーをカップに注ぎ入れた。それを飲もうと伸ばされるブルーメの手を避けグレンに渡し飲ませる。紅茶以外も飲みたかったと恨みがましい目でレナをブルーメは見つめるが淹れてもらえず少し拗ねてしまった。出していた茶葉を全部使う勢いで紅茶を作り飲んで味の濃さにむせていた。
「2人ともする事ないならゴーシュたちのトレーニングに付き合って。見に行けば何してるか分かるからやりたい事してきて。昼食の時間になったら呼ぶから」
だがそれを聞いて動こうとしないブルーメの首根っこを掴みレナはゴーシュがいる辺りに放り投げていった。雪玉という砲弾が次々に飛び交う中に落ちたブルーメにシャンディは日頃の恨みでも晴らすかのように"たまたま当たってしまった"と言わんばかりに投げつけていく。植物を使ってそれらをいなしていくブルーメに雪遊びは激化していく。それを見届けてグレンにやり過ぎないよう見張りを頼んで今度こそレナは戦場を後にした。
昼まで時間がある、レナは特に急ぐ事もなく昼食作りに取り掛かった。それからしばらくして美味しくご飯ができ、5人を呼びにいくことに。気配を辿って向かえばまだまだ争いは続いていた。5人が、というよりは2人がと言ったほうが正しくゴーシュはついていけなかったのかドロワの側で大の字で倒れている。
ドロワは、崩した雪だるまを消費しきっていたようで、それでもせっせと雪玉を生産するドロワの元へグレンがそこらからかき集めた雪を届けていた。
「オラァッ当たれーっ!」
「ふふふふふふふ……」
激しく攻防を繰り広げている2人は魔法合戦を繰り広げるような真似はしていなかったようで、レナは意外だなと思った。それぐらいシャンディは熱くなっているからだ。
「昼食出来たよ」
レナはまず平和な方の3人へ声をかけることにした。ドロワは深く集中していたのか直ぐそばまで近寄って声をかけても反応はなく、肩に手をかけてようやく顔を上げた。ゴーシュはまだ動けないでいる。
「グレン、あの2人を呼んできてもらえる?」
グレンは無言で頷き、激しく動き回る2人の元へと果敢に飛び込んでいった。それを見届けてゴーシュを担ぎ3人は調理小屋へ向かう。それから暫くしてシャンディたち3人が遅れてやってくる。グレンの頬にかすり傷がついていた。
「みんな楽しんでたようで何より」
「たのしくねーよ……」
それに相変わらずぐったりとしたゴーシュが反論する。余程全身を酷使したのかスプーンを握る手も危うい。
「ゴーシュは昼は後にする?」
「……今食べる」
力なく答え、何とか溢さないようにスプーンを握り直した。その様子を見てドロワは介助しようとするが嫌がられてしまう。
「今日のこれ、スープにパンを浸して食べるの美味しいから無理にスプーンとか使わなくていい。身はほぐしておくから」
レナは有無を言わさずささっと行動して食べやすくしてしまう。ゴーシュは何か言いたげにしたが結局大人しく食べ始めた。それを見てシャンディが真似をしてパンでスープを掬うようにして食べ美味しいと感想を洩らす。結局全員がほとんど道具を使わずに食事をしてしまった。
「さて、食べ終わったしもう少ししたら朝の続きをしようか」
げっと呻くがゴーシュは午後はドロワのかわりにグレンと雪玉を作るようにと聞けばほっとしたようだった。それを見てドロワは兄に対して憐みの表情を浮かべる。ひたすら素手で雪玉を作るのは見るよりも大変だったのだ、すぐに根をあげるであろう未来を想像していた。
そして、午後からはレナも混ざりそれはそれは激しい戦いが見られたという。シャンディとブルーメの攻防を見ていたグレンはレナの戦闘スキルを見てドン引きしていたとか何とか。夕方まで楽しい雪合戦は続き、日が暮れる頃にはやっと解放されるとゴーシュは涙した。
「ふふふ、ふふふふふ……」
「シャンディ、これ大丈夫なの?」
「はぁ、はぁ……えっ? うわっやばっ、レナこいつヤバいからっ! 普段あんなんだけどこうなったら手がつけらんないんだ。スイッチが入ると徹底的にやるというか…あ、兄貴どうしよ」
ブルっと体を震わせシャンディは怯え始めた。グレンも心なしか目に怯えの表情が浮かんでいるように見え、レナは面倒ごとの匂いを感じた。たまに見かけた事があるのだ、戦闘の高ぶりが続き興奮が抑えられない者を。普段から前髪がかかり気味であまり見えないそれは、今は乱れた前髪の隙間から覗きギラリと光って瞳孔が開いているようだ。
「ドロワ、夕食の準備お願い。昼に作った残りがあるでしょう? あれを使ってパスタ作るなら簡単で美味しいし」
「わ、分かりました」
昼に作ったのはアクアパッツァ。食べ盛りが沢山いるからと多めに作ってあり、汁も余っていた。スープ単品は少ししょっぱいが新しくトマトなどを加えてパスタに絡めれば丁度いい。パンがパスタに置き換わるだけである。
レナはブルーメに対峙して、後の者を下がらせる。不気味に笑い続けるブルーメに不穏な空気を感じていたゴーシュは一目散であった。
「魔法ありだとこの辺めちゃくちゃになるから禁止ね。あとけど雪玉を投げるだけじゃ勝負つかないだろうし肉弾戦はありでどう?」
「ふふっ、僕は絶対に君に敵わないからねぇ。魔法無しの方がありがたいよぉ…………ふふっ、それじゃあ楽しもうかっ!」
家から離れた所までレナたち2人は移動しそれから三日三晩戦い続けた。それを遠くから見ていた双子と兄弟たちの仲は結束し固まったという。