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その魔獣使い、人類の敵につき。  作者: 有澤准
第二章 魔族領編
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第五十九話 地上へ

 石室の外は広場になっていて、外縁部が森になっていた。頭上から降り注ぐ日差しが暖かく、なぜか泣きそうになってしまう。


「わ、わぁあ! あんなに高いところで光ってる! なにあれ! 空もすっごく青ーい!」


 俺の後について出てきたニナが空を見てはしゃぎはじめた。

 そうか、ニナは一度も太陽を見た事が無かったか。それに、青い空も。


「あんまり太陽を見るなよ。目がつぶれるぞ」

「ひえっ!? じゃあ見ない」


 俺が忠告するとニナは慌てて目をつむった。別にそこまでしなくてもいいんだが。


「うー……眩しい……」


 一方で八雲は空を見上げながらも顔をしかめている。どちらかというと森に興味があるのか、広場を横断して森に入ろうとした。やはり森出身だからか?


「む?」


 しかし、森に入る直前で彼女は足を止めた。そして、訝しげに広場と森の境目を調べはじめた。


「どうした?」

「いや……濃い魔力の気配がする。というか、結界だな」

「結界?」


 俺とニナも八雲ちゃんのように広場の端に向かう。確かに、言われてみれば森との境目が何かおかしい。あまりにもはっきり別れすぎているような気がする。


 石室はかなりの期間放置されているように見えたにも関わらず、広場には雑草の一本も生えていないのだ。


「んー……ほんとだ。魔力感知にひっかかってる。なにかあるね」

「お前ら、よく魔力だの澱みだの感知できるよな……」

「澱みは普通出来るよ……魔力感知スキルもなしに結界を見つけた八雲ちゃんはちょっと変だけど」

「変!?」


 とにかく、俺には何も分からない。


 境目があるのは分かるが……。触ってみようとして手を伸ばした瞬間、2人が声を上げた。


「あっ」

「あ」

「え、何だよ……うわっ!?」


 2人の方を振り返った瞬間、突然凄まじい冷気が俺を襲った。


「さっむ!?」


 冷気といってもそこまでじゃない。だが、周囲が一瞬で冬並の気温になってしまった。


「寒い寒い寒い!」

「ありゃ……」

「主殿……」

「え? 俺が悪いの?」


 ビュオオオ、と風が吹きはじめる。さっきまで暖かかったのに、どうして……。


「主殿が触った瞬間結界が霧散した。おそらく……この石室を守っていた結界だったのだろう」


 マジ?

 もしかして、俺が残滓だから壊してしまったのか……?


「ううん、そういう事じゃないと思うよ。あくまで、外から人が入ってこないようにするものだったんじゃない? ほら、私の記憶の中でネルも言ってたでしょ」

「ん? んー、んー……?」

「ユキトは本当に忘れっぽいね……」


 凄く呆れられている。アニメだったらニナはジト目になっていることだろう。


 なんだったか……。


「ほら、あれだよ。迷宮から出ると出口のシステムがなんちゃらで、外の人に出口の位置がバレて最悪攻め込まれるって言ってたでしょ」

「あ、それか!」


 言われてようやく思い出した。

 そういえばそんなことを言っていたな。つまり、この結界は誰かが出ると無くなってしまうものだったのだろう。


 じゃあ、俺のせいじゃないな。セーフ。

 冷気が吹き込んできたのは普通に結界の外側が寒かったからか。


「どちらにせよ、この森の中ではそうそう見つからなそうだがな……」


 八雲は身震いしながら森に踏み込んだ。そして、指先から糸をツウ、と垂らして宙に浮かせた。数本の糸が森の中に流れていく。


「なにしてんの、八雲ちゃん」

「糸に伝わる振動から森の様子を探っているのだ」

「万能かよ……」


 そんなことできたのかよ。でも、確かに彼女が人化してからは戦闘の機会はほとんどなかったな……。


「気配感知したけど人間はほとんどいないみたいだよ!」

「ニナ嬢。妾の出番奪わないで」


 やっぱスキルってせこいわ。


**


 森の中を歩いていく。雪までは降っていなかったが、気温は間違いなく冬。全員軽装という事もあり、かなり寒い。


「……主殿。アレだな。砂漠の夜をランニングした時の事を思い出すな……」

「お前あのとき走ってないだろ」


 たしか、あの時はクモだったので気温低下で動きが鈍っていたのだ。でも今は人間形態だし大丈夫だろう。


「そうだな……あ、身体が……」

「待って? その姿で変温動物なの? やだよ俺背負うの」

「主殿冷たい……」

「いや、普通に八雲ちゃんは薄着しすぎなだけだよ、ユキト」


 言われてみればそれもそうだ。足も腕も丸出しな上、ヘソまで出ているのだから。


 だが、これは由々しき事態だ。

 俺とニナは外套があるからともかく、八雲は割とガチ目に「死因:凍死」になりかねない。


「……ん?」


 八雲がのそっと顔を上げる。指先をあげながら彼女は首を傾げた。


「糸が不自然に浮き上がってるな……あっちの方向だ」


 まだ垂らしていたのか……不憫な奴だ。


「ニナ、あっちになにかあるか?」

「んー……普通の魔獣が集まってるけど、特に動いてないみたいだよ?」


 ふんふん、とニナはにおいを嗅ぎ始める。最近たびたび思う事だが、狐というより犬だな。


「んー、なんかちょっと変な匂いもするかも! あと、さっきより空気が湿ってる」

「変な匂い……浮き上がる糸……湿気……動かない魔獣……? 魔獣ってどんな奴かわかるか?」

「え、詳しくは分からないけど……そんなに大きくはないと思うよ、普通のゴブリンくらいかなあ」


 ってことは、ニナぐらいの大きさか。

 なんだ?


 ……なぜか今、とある光景が脳裏に浮かんだ。もしかして、アレか?


「……行くだけ行ってみるか」

「うん!」

「うむ……」


 かぽーん。

 結局アレであった。


「な、なにこれー!」

「おお……!」


 森が少し開けたところにあったのは、岩場に涌き出す温泉だったのだ。


 なるほど、糸が浮き上がったのは湯気による上昇気流だったのだろう。


 魔獣たち……というか、変な色のニホンザルにしか見えないのだが、お猿たちも温泉につかってくつろいでいる。


「すげーな。天然温泉か」


 猿たちは俺たちをちらりとみたあと、興味なさそうにまたくつろぎはじめた。どうやら魔獣敵対無効が役に立ったようだ。知性のあるお猿で良かった……とか考えていたら、お猿に睨まれた。考えていた事がバレたらしい。


「あ、すみません」

「ウキ」


 お猿怖い。


「ユキトー! なにこれ! なんでお湯がこんなにいっぱいあるの!?」


 ニナはおおはしゃぎである。そういえば、村でも身体を洗うのは川だったな。


「温泉っていうんだよ。湧き水が地下のマグマであっためられてお湯になる」

「マグマって何?」

「……めっちゃ熱くてドロドロの奴だよ」

「ほえー」


 凄い適当な説明だったが納得してもらえたらしい。というよりも、目の前の温泉に興味津々と言ったところか。


 温泉……か。

 しばらく考えた後、2人を手招きする。


「ふむ……ちょっと、2人とも来なさい」

「なに?」

「なんだ?」

「匂いチェックをします」


 すんすん、とニナと八雲ちゃんの匂いを嗅いでいく。次に、自分のシャツを引っ張って中の匂いを嗅ぐ。


 うん。

 やっぱりね。

 そりゃあ、3週間もからだを洗わずに迷宮にこもってれば……そういう匂いになりますよね。


「な、なに……?」

「主殿……?」

「温泉に入ります。いいですか、お猿さん」

「ウキ」

「「え、えぇー!?」」


 というわけで、全身の汚れを落とすとしよう。


「え、えぇえ、温泉ってどうやって入るの……」


 戸惑うニナ。お湯を張った風呂にすら入った事が無いならそういう疑問が浮かぶのか。


「まあ服脱いで普通にお湯につかるだけだよ」

「分かった!」


 言うが早いか、速攻でニナは服を脱ぎ捨てて温泉に入っていった。はえーよ。


「あったかーい!」


 ええ……。

 正直その、温泉だし「見ないでよ、ヤダえっちー」とかいうイベントが起きるのを予想していなかったわけではない。だが、それ以前にニナは羞恥心がない……。


「主殿~? 妾も入ろうと思うのだが……その、な? 見られているとな? それとも見たいのか? 主殿も年頃の男というわけだ」


 ここぞとばかりにニヤニヤ煽ってくる八雲。

 俺はさっさとこの場を離脱すべく森に向かって足早に歩き始めた。


「うるせえなさっさと入れ。お前らにお色気は期待してない」

「ひどい主殿!」

「あれ、ユキトは入らないの?」

「ニナ、教えてやる。お母さんの前以外ではすぐ脱いだら駄目ですからね!」

「どうしたのユキト……」


 まあ、幼女のニナはともかくそこそこ発育がいい八雲ちゃんは多分普通に目のやり場に困りそうだ。


「今失礼な事考えなかった?」

「なんでもないです」

「主殿のえっち!」

「腹立つなあお前は! なんでもねえよ!」


 とにかく、二人の湯浴みが終わるまで適当にあたりを散策して時間をつぶしていよう……。


**


「あー……生き返る……」

「ユキト、おじさんみたいな声だしてる」

「日本人たるものこの台詞は言わなければならないのだ」


 二人の入浴が終わり俺が入る番になったが、ニナは近くでなにやら布生成スキルでその辺の草から布を作っていた。布生成スキルってそんな素材からでも布に出来るのか。半端無いな。

 正直なところニナたちにも俺が入浴中はどこかに行っていてほしかったのだが、二人が全然気にしていないようだったので諦めた。まあガキンチョ二人に見られたところで俺も恥ずかしくはない、気がする。


「粗悪品にしかならないけどね。八雲ちゃんに外套を作ってあげようと思って。無いよりマシでしょ?」

「あっつー……」


 八雲ちゃんはのぼせてしまったのか、服を豪快にはだけさせながら地面に転がっていた。

 クモもゆでられるとやっぱり蟹やエビみたいに赤くなるのだろうか。実際、色白の八雲ちゃんの肌はかなり上気している。


「それにしても、昼間っから風呂とは……贅沢だな……やっぱり地上は最高だぜ!」

「んー……すごいね、上の世界は。見た事無いものがいっぱい」


 ニナにとってはそうなるのか。

 今までずっと迷宮で暮らしてきた彼女からすれば、ここは新鮮だろう。


「ウキ……(そうか……あの結界の向こうから来たのか……)」

「ああ……」


 ん? 今何かおかしなものが会話に混ざってこなかったか?


「ウッキー(私だ)」


 ていうか、お猿だった。


「ナチュラルに念話飛ばしてくるんじゃねえよ!!! ビビったわ!」


 なんなら今もビビっている。


「ウキ……(すまない……)」

「あ、いや、こちらこそすみません……」

「ユキト、ナチュラルにお猿さんと会話できるの凄いと思うよ、私」


 黙っとれや。

 俺は今大自然と対話しているのだ。


「ウキキ……(人間、このあとはどこにいく……?)」

「あー、特に決めてはいなかったんですけど……街とかがあればそっちの方に降りて情報収集ですかね」


 そうだ。

 勇者召喚システムを止めるために手がかりを探さなければ。それに、アラクネを探すという目的もある。なんならそいつがその手がかりを持っているかもしれない。


 それと、旅の食糧などもやや不安が残る残量になってきているし、というか、パンと干し肉と木の実の生活は飽きたし何か他のものが食べたい。


「ユキト、涎でてる」

「ハッ!」

「ウキィ……(人間の街なら……ここからしばらく太陽の沈む方向にいけばある……)」


 お猿はそういって右手で西を指差した。

 めっちゃ親切だな、お猿。


「ウキキ、ウッキィ……(だが……気をつけろ……最近なにやら、騒々しいようだ……森にも……人間が入ってきている……)」

「騒々しい……? 気をつけます、ありがとう」

「なんでユキト敬語なの?」


 いいだろ、別に。

 大自然に対しては敬意が必要なのだ。


「さて、身体もきれいになったし温まった。そろそろあがるか」

「はい、身体これで拭いてね」

「あぁ、ありがとう、ニナ」


 ニナから生成したての布を受け取って身体を拭いていると、ニナがなにやらじっと俺を見ていた。


「な、なにかな、ニナ」

「……ユキトの身体って、私とはなんか違うんだね?」

「見ないでよ、ヤダえっちー!!!!!」


 俺が言うんかい。 

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