第二十一話 アラクネレプリカ
さて、俺たちの猛毒無効耐性を引き上げるための修行の日々が始まったわけだが。
一日目。
「うぉおおお! あっちぃいいいい!」
「いたたたたた!」
「しゃー! しゃー!」
『技能:猛毒無効:Lv4に上昇』
二日目。
「いてえ! ゲボッ……なんか出ちゃマズいもの出ちゃった」
「なにしてるのユキト!」
「しゃー」
『技能:猛毒無効:Lv5に上昇』
三日目。
「待って? 待って? 毒飲むの? かけるならまだしも飲むの?」
「だってレベル上がらなくなってきたし……というか、魔獣達も警戒して寄ってこなくなったし……死体から毒貰って飲むしか無いでしょ」
「マジか……ニナお姉様めっちゃ荒っぽいっすね……」
「ユキトって私のことバカにしてるときにお姉様って言ってない?」
「え、なんでバレ……」
「飲め」
「あぎゃぁああー!?」
「しゃー……」
『技能:猛毒無効:Lv6に上昇』
四日目。
「なんだろう、この痛い感じが逆に癖になる……?」
「わかる。お代わり」
「ほらよ。痛いんだけどなあ」
「ありがと。痛覚が麻痺してきただけな気もするけど」
「しゃー。ちゅーちゅー」
『技能:猛毒無効:Lv7に上昇』
五日目。
「……」
「……」
「……」
「……誰か話せよ」
「……」
「……」
「……毒飲むの飽きたな」
「……ここ数日ずっと飲み続けてるからね」
「しゃー」
『技能:猛毒無効:Lv8に上昇』
そして、六日目。
『技能:猛毒無効:Lv9に上昇』
「やっと9レベルか……」
「というかここまでくるともう普通の魔獣の毒じゃ上がらないんじゃないかな。途中から私たち痛みすら感じなくなってたし。無効化しちゃってるでしょ」
ニナは毒を飲み過ぎてちゃぷちゃぷしてきたお腹をさすりながら遠い目をしている。
確かに俺たちは途中からポーションすら使っていなかった。ひたすら毒を飲み続け、毒が尽きたら魔獣を狩り、毒を抽出して飲むの繰り返し。
正直、後半からは痛みも無くなり楽だったとはいえ、まだ痛みがある方がマシだったかもしれない。何の刺激も無いマズい飲み物を延々に飲み続けるという状況を想像して欲しい。
「しゃっしゃしゃっしゃ」
一方で、唯一元気なのがクモちゃんである。
クモちゃんは猛毒耐性のスキルレベルと同時に毒生成のスキルレベルも上昇していた。体内にあらゆる毒を取り込んだからだろう。魔獣領域レベルは未だに2なのに生成スキルは10。マックスである。スキルレベルが最大になった結果、適性が『猛毒術士』になっていた。なんだ、猛毒術士って。
ニナはニナで『痛覚耐性』というスキルを追加で取得していた。激痛に耐え抜いた結果得られるスキルである。名前の通り痛覚をカットしてくれるようで、危険信号としてのみ伝わってくるようになる便利スキルらしい。
一方、俺は猛毒耐性の他は一切なし。魔獣を倒してレベルが上がったぐらいである。ニナと同じだけ毒を取り込んでいたはずなので痛覚耐性を得ても良い気がするのだが。この世界は俺に厳しい。
ただ、痛みは感じにくくなった気がする。それをニナに話すと『それ、神経がおかしくなっちゃってるんじゃ……?』と不安げな目で見られた。俺も不安です。
「まあ、普通の毒じゃ上がらないってことは……」
「あの毒沼の毒を飲むしかないんじゃないかな」
さらっと言い放つニナ。荒っぽいにも程がある。ただ、彼女が言うことはだいたい荒っぽくても無理矢理でも最短ルートの正解だ。
「それしかないか」
「しゃ!」
俺がため息をつきつつ同意すると、クモちゃんも前足を高く上げて賛成の意を示した。なんだかこのクモ、段々知性を得ているような気がする。虫型のGランクの魔獣に知性はないはずなのだが……。
「あ、それなんだけど……」
「なんか思い当たる部分があるのか?」
ニナは予測なんだけどね、と前置きをしてから話しだした。
「ユキト、クモちゃんとも共鳴してたでしょ?」
そういえばそうであった。魔獣との戦闘時、弱いクモちゃんを庇うために常に共鳴レベル1……つまり、怪我の程度を分散させていたのだ。最初から共鳴レベル2を適用できればよかったのだが、あのスキルはニナにしか使えなかった。
「あぁ、それが?」
「うん。私も最初にユキトと会った時にあのスキルで助けてもらったでしょ? あのときから段々頭が良くなっていく感覚がしてたんだよね」
「頭が良くなる? 子狐の時から話したりは出来ただろ」
「まあ、なんていうのかな。より人間らしく思考するようになっていったって感じ。
曇ってた思考がクリアになる感じかな。とにかく、ユキトのそのスキルは共鳴した魔獣の知能も高めるんだと思う」
「……その分俺が馬鹿になるのでは?」
「ユキトはもともと……なんでもない」
すっ、と目を逸らすニナ。この狐幼女はなんということを言うのか。ニナのぷにぷにの頬を掴んで横に引っ張る。
「言っちゃいけないこともこの世にはあるんだぞオラァ!」
「いひゃいいひゃい! いひゃいぃ! ごめんなひゃいぃ」
涙目になって謝ってきたので解放してやる。きゅうきゅう、と鳴きながらニナはほっぺを抑えてうずくまり、「あれ? 痛覚耐性使えば良かった」とか呟いている。やはり所詮は元子狐。アホの子である。
「まあ、そういうことなら先に進むしかないか。そろそろこの階層にも一週間いることになるしな。106層まであるわけだし、食料の問題もある。急ごう」
「え? なんで106層までなの?」
「……あれ? なんで俺、106層までだと思ったんだろう……?」
なんだろう。どこかで、106層までだと聞いたような、知ったような記憶はあるのだが。朧げで思い出せなかった。
「? まあ、多分その辺りだとは思うけどね。105階層付近で生き物の気配は感じられなくなるってオデット様も言ってたし。じゃあ、いこっか」
「あぁ」
「しゃー」
**
アラクネレプリカ。
それは、アラクネになる直前の魔獣である。
蜘蛛の身体から人間の上半身が生えたような姿をしているが、その人間の部分は未だ飾りに過ぎない。もう一段階進化することで人化、すなわち人間の部分が主体になる。
アラクネレプリカはこの三千年敵を待ち続けていた。
なんども狐風情はやってきていたが、謎の縛めによって動くことができなかった。
だが、とうとう縛めが解けた。待ちわびた戦いのチャンスがやって来たのだ。
最初は自分の出す毒液の沼に触れて撤退したようだが、仕留めるまではいかなかった。生半可な毒耐性では即死するはずだが、そうはならなかったということはかなり高レベルな敵なのだろう。胸が躍る。それだけの敵ならば、自分も進化できるだろう。
それから数日間待ち続け、ようやく彼らはやって来た。
さあ、どんな対策をして来たのか。
どんな手を使おうとこの毒で潰してくれる。意識を高め、巨大な毒の球体を新たに精製する。この中に取り込んでしまえばどんな生物も死ぬ。
ゆっくりと扉が開く。
現れたのは一人の残滓と2匹の魔獣。
さあ、どう来る。身構えると、反対に彼らはポーションの入った瓶と器を構えた。
ポーションを飲みながら戦うつもりか? そんな戦い方では自分の毒は突破できない。アラクネレプリカは勝利を確信した。
しかし、彼らが次に取った行動は常軌を逸していた。
器で地面の毒を掬い上げ飲み干したのだ。
唖然としてしまう。自殺行為だ。
だが、彼らは続けてポーションを飲み干すと、ニヤリと笑った。
そして、堂々と毒の沼に足を踏み入れたのだ。
全く毒が効いていない。思わず投げつけた毒の球体に対しても避けることもされなかった。
そして、アラクネレプリカは何も出来ずに、焼き尽くされ、毒牙で噛まれ、上半身と下半身を分断され死んだ。
こんなに噛ませになるはずじゃなかった。さよならアラクネレプリカ。




