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無メイの乖離  作者: いすた
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4-8  アズキの傍に居続けた

わんわんと泣き喚く着物を着た幼い少女と、その側で困惑している子狸。

まどろむ意識の中にでもハッキリ浮かぶその光景を、茶歩丸は一生忘れないだろう。

子狸の正体は、故郷倭本で食料として捕らえられた自分自身。

ひらひらと飛ぶ蝶に誘われて里を降りた所を人間に掴まり。

手足を縛りつけられ、これから殺されるという恐怖に震えていた所。

命を奪う意義を教えるために母に刀を握らさせられたアズキだったが。

まだ愛らしい外見の子狸の命を奪う勇気が持てず、救うために能力を用いて、人と同じレベルだけの知力を与えてしまったあの時の事。

殺さなければいけない命を殺せず、母に厳しく叱りつけられて泣きじゃくる幼いアズキ。

母が居なくなった後もずっとずっと泣き続ける少女を。

突然能力を与えられた事に困惑していた茶歩丸は、その状況を理解するまでの数分間、泣くアズキをずっと眺め続け。


「ァ・・・ゥ・・・」


与えられた声帯の使い方を、なんとか覚えようと小さな音を何度も出して。

それすらもまどろっこしくて、泣きじゃくる少女の着物の裾をクイクイとひっぱり。


「な・・・カ・・・なイ・・・で・・・」


あの時、感謝を伝える言葉を知っていたなら、まず最初に口にしていただろう。

おぼろげながらに、自分を救ってくれたのはこの少女で、そのために怒られてしまったのだと理解して。


「―なら俺が、お前を守る」


一度失われた命、この少女のために使い切る事になんの躊躇いはない。

それから今日に至るまで、茶歩丸はアズキの事を第一に考え、動き、守り続けてきた。

自由に外に出られないアズキの代わりに、人里に降りてアズキが喜びそうなネタを探し。

ふらりと村に立ち寄っていた紙芝居師の御伽噺を覚え。

アズキの元に帰って、うろ覚えの所は脚色を入れて、歌劇のように大げさに舞いながら披露。

見よう見真似の茶番にも、おもしろおかしく笑ってくれるアズキの笑顔が嬉しくて。

その時の気持ちを人間風に表現するのなら、『恋』に限りなく近いものだったかもしれない。

忍軍の訓練にこっそり参加し、忍術や戦う術を覚え。

次第にアズキが幽閉されているに近い立場だと知れば、尚更アズキのためにと奮起し。

アズキから忍軍から抜け出すと相談された時、待ってましたと率先して手伝い。

初めて知る外の世界に目を輝かせるアズキに、これで良かったと茶歩丸も同じように喜んだ。

時に四苦八苦しながらも、1人と1匹で続ける旅路は楽しいもので。

・・・だから、川原で出会ったあの男に、アズキが惹かれはじめている事が気に入らないのは当然だった。

外套で全身を覆うあの男の後姿で、夢は醒めはじめ。


「ん・・・ここ・・・は・・・?」


閉じていた茶歩丸の瞳がゆっくりと開かれ、南から差し込みはじめた日光の眩しさに目を細める。

ぼんやりと浮かんできた人影が次第にクッキリと映りはじめ、それが誰なのかとブロンドの髪でわかるなり、口をついたのは舌打ち。


「・・・ちっ、なんで目覚めに一番みたくねぇ顔なんだよ」

「・・・起きたか?」

「ああ、最悪の目覚めだ」


お前の事が大嫌いだと言い放って出発しただけに。

帰ってきて最初に見た顔がその相手ではバツが悪い茶歩丸。

痛む体を抑えながら、傷口が処置されている事に気がついて、ここはグリースレリアの病院だと察し。


「・・・なんとか、命は助かったみてぇだが。

 ちっ、結構ひでぇな、しばらくは動けそうにねぇ」


怪我の箇所を指圧して具合を確認し、時折顔をしかめながら茶歩丸は聞く。


「アズキは? 知らせなきゃならねぇことがあるから呼んできてくれっか?」


あれからどれだけ時間が経っているのかわからないが、首都リングルスであった出来事を、早急にアズキに報告しなければならない。

こいつに頼むのは嫌だが、と心の中でつぶやく茶歩丸だったが。


「アズキは、グリースレリア軍と共にリングルスへと向かった」

「なんだって!? なんでいかせた!?」


リングルスと聞いて、休もうとしていた体を起こして叫ぶ茶歩丸。

尋常ではない様子に、名無しの少年は首をかしげ。


「・・・どうした?」

「どうしたもこうしたもねぇよ!

 アズキを狙う忍軍の連中が待ち構えてんだぞ!?」

「なんだと・・・?」

「くそっ! あいつらアズキを誘い出しやがったな!」



こんなところで寝てはいられない。

だが、立ち上がろうとした茶歩丸の体に、意識が飛びそうなほどの激痛が奔り。


「ぐあっ! ちっくしょ・・・!」

「よせ、浅い傷じゃない」

「うるせぇ!! だいたいてめぇはこんなところで何してやがる!?

 女が戦場に行くってのを、黙ってみてたのかよ!?」


痛みで増した怒りは、名無しの少年へと矛先を変える。

そもそも茶歩丸が単独行動を決めたのは、彼が側にいるならばと安心があったからだ。

人間的には大嫌いだが、その実力は本物だと認めてはいたというのに。

その男が、どうしてこんなところでのうのうとしている?

憤怒をぶつけられた名無しの少年はというと、力なくうつむき。


「俺が動けば、また人が死ぬ」


かつて救いたいと願った人が、自分を求めて命を落とした。

あれからずっと、彼らの断末魔が耳の奥から消えない。


「俺のせいで、失わなくていい命が消える。

 いつかアズキも・・・。だから俺は、戦わないほうが―」

「っざけんな!!」


嘆きは途中で、激しい肉球の一撃に遮られた。

殴られた側よりも殴った側のほうが痛みは大きいけれど。

激痛に耐えながら、茶歩丸は。


「―ああそうか、そんな泣き言ほざいて。

 アズキを口説き落としたってわけか?

 ヘタレのほうが母性本能くすぐるとか聞くしな。

 それがいつもの手口か? 大したスケコマシじゃねぇか、あ?」

「そういうつもりは―」

「てめぇにそのつもりはなかろうがな。

 アズキはそうだってのが、わかんねぇのか!?」


気に入らない、本当に気に入らない男。

もう我慢ならんと、怒りに身を任せて続ける茶歩丸。


「あいつはな、おめぇが情けねぇ顔するたびに、

 なんとかしよう、なんとかしたいって。

 関わらなきゃいい相手だってわかってるくせに。

 俺の忠告も無視して、忍軍に見つかる危険を犯してまで一緒にいようとしてんだぞ!?

 なのにてめぇは、何にもわかっちゃいねぇ!!」


茶歩丸は、アズキの事をずっと見守ってきた。

世界中の誰よりも彼女の事を知っている。

だから一番理解してやらなければならないこの男の、

あまりの無理解が心底許せなかった。


「おめぇは知らねぇだろうがな、あいつ、寂しがりやなんだよ。

 あの家に生まれて、特別な力を持ってるなんて理由でずっと軟禁状態。

 たまに窓に止まった鳥に能力を使って、外の世界を見るのが楽しいって。

 だから俺は、俺が出来る限りの事でアズキを喜ばせようとしてたんだ。

 アズキのために、生きながらえた命を全部使ってやるって。

 アズキのために、なんでもしてやろうって。

 なのに、なんでだよ?

 なんでアズキはてめぇを選んだ!?」


いつのまにか、独白へと変わっていく叱責。

憤る感情が、言葉を綴る度に嘆きへと移り。


「わかってんだよ、俺はアズキにとって、兄弟みたいなもんだから。

 アズキが寄り添う相手に求めてるのは、お前みたいな奴なんだって」

「茶歩丸・・・」


名無しの少年に反発していた理由の根本もそれだった。

10年以上共に居たアズキこそが茶歩丸にとっての全て。

それを守る事もできず、今こうしてベッドの上から動く事もできない。

悔しくて、口惜しくて、くやしくて。


「俺の体じゃ小さすぎて、あいつを抱きしめてやれねぇんだよ・・・」


全ての想いを込めた言葉を最後に、押し黙る茶歩丸。

これ以上言える事は、何もない。

全てを聞き、受け止めた名無しの少年は、ゆっくり口を開き。


「・・・俺は、これまで何万もの人間を殺してきた」

「知ってる」

「悪人だけじゃない、多くの無実の人間も巻き込んだ」

「だろうな」

「俺の罪は一生消えない」

「償えると思うバカなら一緒に居ねぇよ」

「それをアズキに背負わせる事になる」

「アイツがそう望んでるんだ」


淡々と、名無しの少年の言葉に応えていく茶歩丸。

どうせそんな悩みなんだろう、そして、くだらないと切り捨て。


「俺がてめぇを大嫌いなのはな、自分一人でなんでもかんでも救えるとか思ってるおめでたい頭してっからだよ。

 どんなにあがいたって、一人で守れる数なんて高が知れてんだ。

 なのにお前は、自分を犠牲にしてその数を増やそうとしてやがる。

 ・・・不自然なんだよ、同じ生き物とは思えねぇぐらいにな」


人間じゃない茶歩丸だからこそ、名無しの少年のやっている事の不自然さが良くわかる。

不気味なまでの誰かを救いたいという欲求、そして己だけに責め苦を科す自己犠牲。

その果てにあるのはまちがいなく破滅で、それにアズキを付き合わせるわけにはいかない。

答えを知るのならば、教えを請う名無しの少年。


「なら、どうすればいい?」

「まずアズキを守れ。

 次にアズキを抱くてめぇを守れ。

 それができるっていうなら、お前の罪に俺も付きあってやる」


少しでも人らしく生きてみせろ。

それが、お前にアズキの人生を任せる条件だ、と。

名無しの少年は立ち上がり、壁にかけてある十字槍を手に取り。


「依頼を―」


ちがう、それは今この場で使うべき受諾の言葉ではないと途中で飲み込む。

これは依頼でも任務でもないのだから。


「アズキを抱きしめてくる」


そう言って、病室から出て行く名無しの少年。

彼が出て行った扉をみつめながら、茶歩丸は。


「もうちょっと詩的な語彙はねぇのかよ、あの犬ッコロめ」


やっぱり感謝ではなく、憎まれ口を叩くのだった。



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