2-7 仇討ち
おいしい夕食の後は茶歩丸とローレンスの演劇合戦がはじまった。
茶歩丸は倭本に伝わるいろんな御伽噺や伝承を(なぜか登場する動物が狸に改変されているが)。
ローレンスはリンクス連邦の英雄、ハンクスの英雄譚を踊りを交えて語りだす。
なんでも彼には歳の離れた弟妹が居て、兄としてあやす為にこんな事を習得したそうだ。
日が暮れても1人と1匹の演劇合戦は続き、子供達はおおはしゃぎ。
「ふぅ・・・ふぅ・・・やるな、茶歩丸」
「ぜぇ・・・ぜぇ・・・お前もな、ローレンス」
結局ネタ切れを起こすまで合戦は続き。
息も絶え絶えの1人と1匹は互いの健闘を称えるように拳をぶつけ合い、同時に床に突っ伏してドロー。
その頃にはとっぷりと日も暮れ、もう街は寝静まる時間。
子供達は寝室に。茶歩丸とローレンスは床でそのまま倒れたまま眠っており。
夢の中でもまだ戦っているのか、1人と1匹の口からなにか言葉が漏れており。
「一体なんの勝負だったんすか・・・?」
「・・・・・・・・・」
それを見守っていたアズキの一言と、見てはいた名無しの少年。
今この孤児院で起きているのは2人と、その向かいに座るスイレンの3人。
「ふふ、あんなにタノしそうなコドモタチ、ヒサしぶりだったネ」
困窮したランジベルの状況の中で笑う事がなくなってしまった子供達だったが、久しぶりの笑顔にスイレンも嬉しそうだ。
彼女も就寝しなければならない時間だが。
「・・・ネるマエに、おチャをイれるネ」
「いや、水も貴重っすから別にいいっすよ」
「ううん、スコしハナしたいヨ、ツきあってホしいネ」
と、少し強引にお茶の用意をしはじめるスイレン。
棚の置くから龍の装飾が施されたケースを取り出し。
貴重な真水をポットに入れて、火は起こせないので冷水で紅茶をいれながら。
「・・・アズキには、オモイデはアル? タノしかったオモイデ」
顔は向けずに背中でそう問いかけてくる。
声は変わらない、その態度にも変化はないはずなのに。
アズキの直感が何か奇妙なものを感じさせていた。
勘ぐりすぎだろうか? とりあえず普通に答えてみる。
「あるっすよ」
尊敬し、守りたいと願った母親との思い出はアズキの何よりの宝物だ。
それを奪ったあの国と父親を許せなくて、反発して故郷を飛び出してきた。
思い出はアズキの行動の原動力と言っていい。
「ワタシも、コキョウからこのクニまでおトウさんとタビをしてきた3ネン。
ツラいコトやクルシイコト、イノチをオとしそうなトキもあったけど、
タノしいコトもいっぱいあったネ」
3つのティーカップに紅茶を注ぎ、各々の前に置く。
スイレンは席に着きなおし、紅茶を薦めてから。
「タビをツヅけて、ようやくタドりついたこのマチで、
ワタシタチはコジインをヒラいて。
ケっしてラクじゃなかったけど、いっぱいいっぱいがんばって。
ワタシとイッショにナンニンものコドモタチをスクってキた。
・・・でも、キョネン、おトウさんはシんだヨ」
貴重な水でいれた紅茶を捨てるわけにはいかないと、アズキは口をつける。
少し香りは強いがおいしい紅茶だ、冷たくてもしっかりと味がでる、良い茶葉を使ったのだろう。
出しっぱなしの茶葉のケースは美術品のようにも見える。
ひょっとしたらスイレンの父親の形見かもしれない。
そんな貴重なものをもらってしまうとは。
飲まないと失礼だと、カップに手をつけようとしない名無しの少年のほうを見るアズキ。
「・・・・・・・・・」
スイレンもそれを静かに見守る中、名無しの少年はようやくカップに手をつけ。
口に運んで喉を通した瞬間、スイレンはその言葉を発した。
「―ポイント・ゼロで、無メイの乖離に殺されたヨ」
「っ!?」
明確な殺意の篭った言葉が、紅茶を喉に通す名無しの少年に向けられた。
まずい、スイレンの狙いは―。
「吐き出して!!」
慌ててアズキが叫ぶも、すでにカップの中は空になっている。
強い香りの紅茶は、毒の匂いを隠すため。
全てを飲み干し、カップを置く少年は。
「・・・俺は、毒では死ねない」
次の瞬間、スイレンの殺意が服の袖の下に集中し。
アズキですら目視の困難な速度で、袖から伸びる三枚刃の鉤爪が、名無しの少年の胸を貫いた。
心臓を穿ち、両肺を貫き、椅子ごと背中を貫通し、確実な死を相手に与える暗殺の術。
「あ・・・あんたぁ―!!」
よくも、と腰から小太刀を抜き放つアズキの目に、
即死したはずの彼の口が開くのがハッキリと見えて。
「・・・アサシンか。
これほどの技量があれば、裏家業で孤児院も維持できる」
「・・・え?」
「ッ!? このォ!!」
生きているはずがない、どうしてだと鉤爪をひねるスイレン。
捻り広げられる傷口は心臓と肺をズタズタに引き裂いているのに。
「痛みは感じている。気が済むまでやればいい」
「どう・・・して・・・? ドウシテ!?」
グジュグジュとかき回しているのに、彼の表情は一切かわらない。
これはなんだ? 悪夢か?
焦りがスイレンの口から怒声を伴なって吐き出される。
「オマエさえイなければ! おトウさんはシななかった!!
ポイント・ゼロのタタカいにサンカしたおカネで、
コジインのケイエイはアンテイしたのニ!
オマエがロックラウンドをマモったから、
ワタシタチはイきノコるサイゴのホウホウをウシナった!
ロックラウンドのアイツラはワタシタチのナンミンヨウセイもコトワッテ、
ミゴロしにしようとシたのニ!
オマエはあいつらをタスけた!!
オマエがイなければ! オマエがっ!!!」
返しをつけた鉤爪を高速で引き抜けば、大量の鮮血が噴出し致死に至る失血をもたらすはずなのに。
鉤爪から滴り落ちる赤い血は、少年の傷口から一滴も溢れだしてこなかった。
開かれた傷口が、萎むようにして塞がっていく。
「どうし・・・テ・・・?」
「・・・すまない、俺は死ねないんだ」
致死の毒も効かず。心臓を破壊されても死なず。
それどころか傷はたちまち修復する不死の体。
人ではない、いや、命の摂理に反している。
これは、いままで殺してきた相手とは次元の違う存在だ。
恐怖でスイレンの鉤爪が、カチカチと音を鳴らして震える。
顔から血の気が失せ、その場に膝から崩れ落ち。
「お・・・おネガい・・・。コドモタチには、テをダサナイデ・・・。
あのコタチにはただシアワセになってほしいノ・・・。
ジブンではどうしようもできない、ただオヤがイないだけ。
あのコタチがナニをしたっていうノ!?
ダレにだってシアワセになるケンリはあるのに・・・!」
そう懇願するも、自分を殺そうとした相手を許す者などこの世界に存在しない。
殺すか殺されるかが世界の摂理、暗殺を生業とするスイレンにとっては常識だ。
だから、自分の命は助からない。いまここで殺される。
いや、無メイの乖離と呼ばれた彼がその気になれば、ランジベルの住民全てを殺す事が容易い。
いまこの瞬間、ランジベルという名前は世界の地図上から消失する。
彼がかつて滅ぼした、4つの国と同じように。
だからせめてスイレンはすがる、自分が一番守りたい者の無事を。
「オウサマやキゾクにならなくてもいい。
・・・ただ、ただ、フツウにヒトとしてイきさせてあげたいノ!!」
名無しの少年は何も言わない。
黙したまま、壁にかけてあった剣と槍を手にとった。
ああ、自分はその刃でこれから切り裂かれるのだろう。
「・・・ゴメンネ、ミンナ」
瞳を瞑り、最後を待つスイレン。
せめて、自分が死した後にあの刃が子供達に向かないように祈って。
彼の足音が近づく、1歩、2歩、3歩、4歩、5歩・・・。
ああ、もうすぐ近くに、このまま剣は振り上げられ―。
「―、依頼を承諾した」
「エ?」
足音は遠ざかり、扉が開かれ、彼はそのまま出ていった。
去っていく彼の背中を呆然を見送るスイレン。
と、ここでローレンスと茶歩丸は目を覚まし。
「なんの音だ!? この気配、殺気か!?」
「な、なんだどうしたってんでぇ!?」
慌てふためく1人と1匹が問うが、スイレンもアズキも何も言葉を発しない。
アズキは一度、スイレンを強くにらみつけ。
それから先ほど開かれた扉へ自分も歩き出す。
「チャポ、行くよ」
「は・・・? お、おう!」
孤児院を出て行くアズキと茶歩丸、ここでローレンスは名無しの少年が居ない事に気がつき。
「くっ、逃がすか! 世話になったなスイレン君!」
自分も上着を羽織なおし、駆け足でそれを追っていく。
あとに残されたのは呆然と座りこむスイレンと。
床に落ちた、彼が毒ごと飲み干したティーカップが揺れる音だけだった。




