2-6 孤児院にて
3人と1匹がスイレンに促されて孤児院の中へと入ると。
見渡せば、中には調度品などはほとんどない、必要最低限の家具だけが置かれた室内。
古びて継ぎ接ぎだらけのぬいぐるみや、あちこち欠けたり割れたりしている積み木。
それで遊んでいるのだろう、7人の子供達が居た。
年齢は3歳~12歳ぐらいの男女、さきほどの外から聞こえた怒号に怯えていたようで、
来訪者を、特にランジベル軍の制服を着ているローレンスを見てかなり恐怖を抱いている。
「ダイジョウブね、このヒトタチはワタシタチをタスけてくれたんだヨ」
スイレンの言葉には全幅の信頼を置いているらしい。
子供達は嬉しそうに駆け寄って。
「お客さんだ、いらっしゃい!」
「わー! タヌキー!」
「ちょおま―、げふっ!」
やはりというべきか、子供達が興味をひかれて真っ先に駆け寄ったのは二足歩行する奇妙なタヌキ。
5歳の女の子の激しい突撃に苦鳴を漏らす茶歩丸。
「い・・・痛ぇ・・・!!」
「わぁ! このタヌキさん、おしゃべりするんだ!」
「可愛い! タヌキさん! 遊ぼ!!」
「いやちょっとまて、俺は―」
子供からすれば、目の前にいる忍狸はペットにしか見えない。
玩具にされてはたまったものではないと茶歩丸は脱出しようとするが。
「いいっすよ、たっぷり遊んであげるっす」
「アズキぃ! てめぇ俺をヌイグルミかなにかだと思ってんじゃ―」
「あたちとあそぼー!」
「ズルイ! ボクも遊びたいー!」
「ギャー! 尻尾引っ張るなぁ!」
「ミンナ、あんまりランボウしちゃだめヨ。
さ、すぐにゴハンをヨウイするから、ゆっくりしててネ」
子供達の相手は忍狸に任せておいて。
夕食の準備をしようと孤児院の奥にあるキッチンへと向かうスイレン。
「・・・・・・・・・」
「俺の分はいらない、構わないでくれ」
名無しの少年とローレンスは席につく。
ローレンスはランジベルの現状を知ってか、孤児院の貴重な食料をもらうつもりはないようだ。
アズキだけは促された席には座らずにスイレンの後を追って。
「あたしも手伝うっすよ」
「アリガトウ」
男子厨房に入らずなんてカビの生えた故郷の慣わしに従うつもりはないが。
ただ黙って見ているのは性格上出来なさそうなので、手伝いを申し出るアズキ。
女子2人はキッチンに入り、床下に掘って作った保管庫を開いてまずは食材を確認するスイレン。
それを後ろから覗きこむアズキは、眉をひそめる。
「・・・これで、何日分っすか?」
「ンー、3ッカはモたせないといけないヨ」
広めに作られた保管庫の中に、ちょこんと片隅に寄せられたわずかな食材。
今ここに居る人数は、子供は7人とスイレン、来客のローレンスを抜いて合わせて10人と1匹だが。
アズキの目に映る食材の量は成人1人が2日で消費してしまいそうなほどにしか見えない。
成長期の子供達にはまちがいなく足りない、最低限飢えを凌ぐ程度で、いずれは体調を崩す。
この状況で夕食をご馳走になるのは抵抗を感じるアズキ。ローレンスが断った理由がよくわかった。
思った事を口には出さないアズキだが、スイレンはそれを感じ取り。
「たぶんコレでもこのマチではオオイほうネ。
ツギのハイキュウまで、ナニもタべられないヒトもオオゼイいるヨ」
「その次の配給はいつになるっすか?」
「・・・このマエのロックラウンドのケンで、かなりジョウキョウはキビしいネ」
一方的な侵略戦争を行ったランジベルへ、世間からの風当たりはかなり強い。
近隣の改革派の領主は確実に頷かないだろうし、いままで支援をしてくれていた同じ保守派の街も、これまでと同じようにしてくれるかどうか。
もう物資の支援もないかも知れない。スイレンの顔はそう言っている。
アズキはどうするかとしばし悩んで、やがて何かを決め、キッチンの窓を開けて。
「ヴェイグさん、ちょっといいっすか?」
突然、誰かの名前を呼ぶアズキ。
一体何を? と首を傾げているスイレンだったが。
その声に反応があった。
「お気づきでしたか。お呼びでしょうかアズキ殿」
気配を消して、窓の外に待機していたのは町人の格好をした男性。
無メイの乖離をもてなす使者団の団長、ヴェイグだった。
使者団はランジベルへ入る事を拒否されていたはずだが、何らかの方法で潜入したのだろう。
図書館を出た辺りから、微かに彼の気配を感じ取っていたアズキは今まで放置していたが、
アズキが彼を呼んだ理由は。
「この街の状況を知ってるなら、あたし達の夕食、用意してくれてるっすよね?」
「はい、ここでは食にご満足は頂けないだろうと、こちらに」
アズキの予想通り、ヴェイグの手には以前ももらった干し肉と、水がたっぷり入った皮袋。
差し出されたそれをアズキは受け取ってから、驚いているスイレンに向き直り。
「コホン、実はあたし達は食料を持参してるっす。
せっかくなので、今晩はコレを皆で食べるっすよ」
と、もらった食材をスイレンに預けるアズキ。
え? え?と困惑しているスイレンに。
なるほど、とヴェイグはさらに。
「まだ馬車には保管しております、宜しければ他の食材もお持ちいたしますが?」
「いや、あんまり豪勢にすると、匂いを嗅ぎつけた街の人が突っ込んでくるっすよ」
街人は飢えに苦しみ、人の命を奪う事を辞さない状況だ。
過剰な食材は争いを生むというアズキの判断は正しい。
「ごもっともですね、窮屈な思いをさせ、申し訳ございません」
ではまた御用がありましたらお呼び下さいと、あっという間に姿を消すヴェイグ。
それをポカンとしたまま見ていたスイレンは。
「アナタはいったい・・・ナニモノネ?」
「そうっすねぇ・・・。通りすがりの正義の忍者ガールってとこっすね」
さぁ、お腹を空かせた子供達に、たまには美味しい物を食べさせてあげよう。
干し肉を細かく切り、鍋に水を張って柔らかく煮込めば、保存食として多めに使われた塩分が水に溶け込み。
肉の旨味がただのお湯を暖かいスープに変化させていく。
鼻腔をくすぐる香りにご満悦のアズキは。
「う~ん良い匂いっす。ここにたっぷり野菜があれば完璧なんっすけどね。
大根なんていれたらさぞおいしくなるっすね」
「ダイコン?」
「あたしの育った国にある野菜っすよ。
え~っと、この辺りだとカブが近いっすかね?」
「アズキは、どこからキたのネ?」
「東の小さな島国っすよ。
外国との交流を制限する鎖国なんてやってるせいで独自文化を持ってはいるっすけど。
カビが生えた古臭い風習と伝統に縛りつけられたつまらない故郷っすね。
ん~、スイレンも、そのクセのある言葉使いからするとこの国の人じゃないっすよね?」
「わかル? ワタシもおトオいクニから、おトウさんとイッショにこのリンクスにやってキたネ」
スイレンもアズキと同じように異国からの来訪者らしい。
なんだか親近感を覚える2人の会話が自然と弾む。
「へぇ、スイレンの故郷ってどんな所だったの?」
「ここからずっとずーっとニシにアル、オオきなクニ。
あんまりにもクニがヒロいから、いろんなヒトがいろんなバショにムラをツクって。
オウサマだって、クニにナンニンヒトがイるか、ハアクしきれてないヨ。
そのナカでもワタシがウまれたのは、とてもキレイなヤマに、メグミユタカなカワにカコまれたチイさなムラ。
イマでもオモいダす、ステキなバショ。
ワタシはソコでウまれて、それから12サイのトキに、このクニにキたヨ」
遠い先を見つめるように、昔に思いを馳せながら語るスイレン。
見た目から年齢は18ぐらいと、アズキと同じ年頃だろうか。
彼女はこの国にやってきて5年と少しで、
言葉が訛っているのは言語の習得途中というわけではなく、あえて残しているモノのようだ。
「おトウさんのおシゴトでネ、コキョウをデてこのリンクスヘ。
それからイロイロあって、オヤのイないコドモタチをアツめて、コジインをハジめたネ」
「それもお父さんが? 今はどこにいるっす?」
「キョネン、シんじゃったネ」
「あ・・・、ごめん」
「いいネ、もうキにしてないヨ」
スイレンはこんな時代だからいつ誰が死んでもおかしくないと答えるが。
けれど横顔は微かに陰りを帯びており。
肉親を亡くして平気になれないのはアズキも身に染みてわかっている。
自分だって母親の事を引きずりつづけてここまできたのだから。
他人には思えないとお互いに共感しつつ、それから一緒に調理を進め、そして完成したスープをもって、子供達がお腹を空かせてまつリビングへ。
7人の子供たちは忍狸で遊んでいるかと思っていたが。
「むっかしーむっかしー浦島はー♪
助けたタヌキに連れられて~♪竜宮城へ来ってみーればー♪
絵ーにっも描っけなーいうっつくっしさー♪」
子供達が囲む中心でアズキの生まれ故郷に伝わる民謡を歌いながら、
いろんなポーズとアクションで子供達を楽しませている茶歩丸。
いつも悪態をついたりしている彼だが、
面倒見が良く世話好きで、本人は否定するが子供好き。
ただ浦島太郎が助けたのは狸じゃなくて亀だと、クツクツ笑いながら心の中でツッコミをいれるアズキ。
「あ~、ん~、コホンッ」
と、なぜかわざとらしく咳払いをしてから席を立つローレンス。
なんだか演劇のように仰々しい足取りで茶歩丸の傍に立ち。
「茶歩丸、貴公の故郷の歌、なかなかに見事だった。
しかし我らリンクス連邦に伝わる伝承もそれに劣るものではない。
楽しい舞の礼に、この俺、ローレンス・ミックホルンが密かな特技とする―」
懐からシャカシャカとなる楽器、マラカスを取り出し、変な対抗意識を燃やしているローレンスだったが。
「ミンナ、ごハンできたネ。
おキャクさんのアズキが、おいしいおニクもってキてくれたから、ヒサしぶりにのゴチソウヨ♪」
「わー!ごはーん!」
母親代わりのスイレンが持ってきた食事に勝てるものではなく、子供たちは一目散にテーブルについていく。
いざ語り始めようと思った矢先のマラカス振りポーズで停止するローレンスに、茶歩丸は憐れみの視線で。
「おめぇ、よく空回りしてるって言われるだろ?」
「・・・うるさい」
っていうかそんなモノ持ち歩いているのかよと茶歩丸の質問を無言で流し、自分も席に着き直すローレンス。
食事は不要と言ったのだが、ローレンスの分も用意してくれたようだ。
テーブルに置かれたスープが思っていたよりも具沢山で、子供たちが喝采をあげる。
「わぁ! いい匂い!!」
「すごい! お肉が入ってる!」
「シッ! シズかに、ネ♪」
自分達を街から追放しようとした連中がまだ近くにいるかもしれない。
ご馳走を前にソワソワしている子供たちをなだめるスイレンの顔はとても優しげだ。
子供達も彼女の母性に素直に従い、声を潜めながらも嬉しそうにしている。
「ほらミンナ、アズキにおレイをイって」
「「「「「「「うん! ありがとう!!」」」」」」」
「あ~、厳密にはあたしじゃないんすけど・・・」
子供たちの真っ直ぐな感謝に、バツが悪そうにしながらアズキは名無しの少年の方を見る。
「・・・・・・・・・」
「そっか、おニイさんのおカゲネ?
アリガトウ、ナマエは・・・?」
「ソイツ、名前ないらしいっす」
「そう・・・ナノ?」
名前を持たない傭兵のような少年。
どうしてか同行しているのは、ランジベル軍の若きエリート将校。
何かを感じたのか、スイレンがじーっと彼を見つめていると。
「ねぇスイレンお姉ちゃん、はやく食べようよ!
僕もうお腹ペコペコ!」
「あ、ゴメンネ、じゃあ、イタダキマス」
「「「「「「「いただきます!」」」」」」」
スイレンの挨拶に続き、今まで食べた事がないような美味しい肉に、歓喜の声をあげる子供達。
その笑顔に、アズキはそうしてよかったと笑みを浮かべながら、自分もスープを飲んでいると。
名無しの少年の隣に座っている男の子が、ねぇねぇと彼に呼びかけ。
「ねぇ、お兄ちゃんは名前がないの?」
「・・・名前が必要になった事はない」
「そうなの? でも名前がないとお話ししづらいよ?
えへへ、ボクの名前はねスイレンお姉ちゃんが付けてくれたんだよ。
”名前がないのは、帰る所がない人だから。
君の帰る所はここだから、名前を付けてあげる”って!」
「・・・帰る・・・所」
男の子の言葉に、驚いて目を丸くしている名無しの少年。
いけないとスイレンは慌てて。
「コラ! なんてコトイうの!?ゴメンネ、おニイさん」
「・・・いや」
別に気にしていないと首を振る名無しの少年だったが。
男の子の言葉がかなり影響があったようで。
「名前がないのは、帰る所がない人・・・か」
一度だけその言葉を呟いたのを、すぐ隣にいるアズキは聞き逃さなかった。




