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無メイの乖離  作者: いすた
14/48

2-5  口減らし(挿絵有)

大河、ゴーネス川を挟んで造られた街、ランジベル。

西区と東区を行き来するための橋は1つ。

この街の象徴とも言える大きな橋の名は『ラキウス大橋』といい。

ラキウスというのは英雄ハンクスの建国物語において、

彼を支え続けた仲間の女性の名前である。

ラキウス大橋以外にも、リンクス連邦内には多数のハンクスにまつわる名の建築物があり。

どれも街の象徴として大切に、そして皆の希望となっているそうで。

先日ロックラウンドでアズキと茶歩丸が昇った時計台も『ゴッズワルド時計台』という戦斧使いの巨漢の名前がつけられていたそうで。

アズキの見立て通り、この国がいかに英雄ハンクスの存在を大事にしているのかよくわかる。

それを説明してくれるのは、来訪者である2人と1匹の先頭に立って案内する、ランジベル軍の若き士官ローレンス。


「良い橋だろう?

 ランジベルの建築家達が総力を結集して作り上げた、この街の在り方を示す物だ。

 巨大な川を皆で共同で使いながら、争わずに交流を持ち続け、共に歩み続ける」


この街で最も誇るべき建築物だと、我が事のように胸を張って説明するローレンス。


「相当な技術力で造られてる橋っすね。

 そこの橋桁の構造を見る限り、水路も通してあるっすか」

「良くわかったなアズキ・ジケイ。当時はまだ実現不可能と言われていたが、

 技術者達の知が生み出した奇跡の産物とまで言われている。

 悩みがあった時、悲しい事があった時、人々はここに集い。

 川の流れに耳を傾けながら語らい、寄り添い。

 そして結ばれた男女も多く、その影響か結婚式は必ずこの橋で行う習慣がある。

 橋の名にあるラキウス様はとても慈愛に深いお方でな。

 ハンクス様の奥様、マーガレット様の恋の悩み相談を良く聞いておられたそうだ」

「なるほど。縁を結び、人を導く願いが込められてるわけっすね」

「ああそうだ」


だが、それも橋の外へと目を向ければ表情は曇ってしまう。


「―それが今では、橋はおろか、誰も川へ近づこうとしない。

 この街の現状から誰もが目を逸らし、忘れたいと思っている。

 ・・・もう我々の死は決まっている事なのだと、誰もが絶望に沈もうとしているのだ」


それが悔しいのか、ローレンスの橋の高欄を握る手が強く震えている。


(なるほど、よほどこの街が好きみたいね)


街を想う熱血漢、ローレンスの背中に見る人柄を顕せばそれだ。

禁止されている無メイの乖離への接触を行ったのも独断だろう。

彼に街を蹂躙される事が許せないと、その思いが強かったのだろうが。

アズキは目を細めて、突きつける。


「それが、ロックラウンドの住人を皆殺しにしようとした理由っすか?」


アズキが目の当りにしたのは、ただの虐殺だった。

いくら自分の街が危機に瀕しているからといって、他人からそれを奪っていい理由にはならない。

ローレンスはその問いには冷静に。


「そうだ。”俺は”自身が生き残るために他人を排除する道を選んだ」

「”俺達”、とは言わないんっすね?」

「勘違いしないでもらおう、今回の戦争行為は軍部の独断だ、住民にその責は無い」


まるで絵に描いたような軍人だ。

民のために戦い、命を落とす事に何の躊躇いもない実直な青年。

故郷の男達に近いその姿勢に。


(私は好きになれそうにない人ね)


人には好き好みや相性というものがある。

アズキはその辺りの応対が苦手なほうで、相性の悪い相手とはとことん折り合いが悪い。

それはローレンスの方も同じなのか、自分の言い分は間違って無いとすさまじい自信だ。

不満そうなアズキとは違い、従者である茶歩丸は。


「俺はその考え方には納得できるな。

 ナワバリは力づくで奪うのが当然だ。

 自分達が生きるために他を食い潰す、世の中の真理だろ」

「ふっ、・・・我らの行いは獣と同じか。違いない」


茶歩丸の言葉に共感したのか、ローレンスはそれには怒らず、むしろ自虐的に受け止めている。

動物的である自分の考え方を冷静に見つめられる思考は持ち合わせているらしい。

ただそれゆえに、彼にもまた許せない事があるようだ。


「―無メイの乖離。貴様のこれまでの経歴は調べさせてもらった。

 そして言わせてもらおう、貴様の行いは間違っている」

「・・・・・・・・・」

「国家や組織に属さず、強大な力を無軌道に振るう、それはただ混乱を招くだけだ!」


名無しの少年は言葉は発しないが、瞳はしっかりとローレンスを見据えている。

ローレンスはそれをしばらく睨み返し、30秒ほど続いてから。


「・・・ふん、何度も同じ事を言われているだろうがな」


何せ無メイの乖離が戦場に居る時間は、最近士官学校を卒業したローレンスよりもずっと長い。

わかってはいたが、自分の口から言わずにはいられなかった。


「街を案内する。ついてこい」


それが本来の目的だと、役目を果たすため先を歩くローレンス。

それから若き青年士官が見せてくれたランジベルの街は、どこも凄惨な状況であった。

食料品店の看板がかけられた店舗は打ち崩され、その中には小麦一粒も落ちてはいない。

配給が遅れている状況で飢餓に苦しむ住民が暴徒と化し、食料がありそうな場所を次々と襲ったのだという。

通報をうけて駆けつけた兵士も暴徒に混ざり、全てが終わったあとに残されていたのは、店主の死体だけだったそうだ。

住人が個人で掘りあてた井戸も、水を求めた住人が殺到してあっという間に枯れ果て。

物資がとにかく不足している事が言われなくてもわかる。

いろいろ見て回ってから、茶歩丸が疑問を持った。


「なぁ、街はこんな状況なのに政府は何してんだよ?

 土砂崩れはなんとかできないにしても、備蓄してる食糧や水を運ぶぐらいできるだろ?」


それでも足りないかもしれないが、暴徒を生むほどの飢餓にはならないはずだ。

茶歩丸の質問にローレンスは。


「現在、リンクス連邦の政府が保守派と改革派に別れているのは知っているな?

 ここランジベルは保守派の街だが、周辺にある領地7つのうち6つが改革派に属している。

 保守派のダルマック将軍は、改革派の援助を受けるのを良しとはしない」


ローレンスの答えは感情を押し殺したようにも聞こえる。

軍人としての答えなのだろうが、それには茶歩丸も平静ではいられない。


「はぁ!? そんな事言ってる場合じゃねぇだろ!? 住民が死んでんだぞ!?」

「だから、残り1つの領地から支援を届けてもらい、今こうして街は生き永らえている」

「足りてねぇのはわかってんだろうが!?」

「・・・言われるまでもない」


軍人として、上官の命令は絶対である。

最高司令官であるダルマックの事を悪くは言わない。

ただ直情的な性格が災いしてか、将軍のやり方に不満を抱いているのは顔を見ればわかる。


「住民たちもおとなしくはしてねぇだろ、

 大抵の連中はやんごとない連中の政権争いなんかどうでもいいんだ。

 他の街に難民として受け入れてもらうとか―」

「今回の件に関しては、近隣7つの領地から事前に通達があった。

 難民の受け入れは一切できない、とな」

「7つって、同じ保守派の連中までか?」

「・・・大戦が終わったのは去年の事だ。どこの街も経済的に余裕など無い。

 改革派が軍縮を進めているのも、戦時中の消耗を一刻も早く立ち直らせるための費用捻出の側面が強い。

 わかるか? ギリギリの生活をしているのはランジベルの街だけではない。

 どこも何かを切り詰めて、なんとか生活をしている状況。

 街の外にでれば先の戦争で盗賊と化した敗残兵はあちこちに居る。

 我らが生き残るために選べる方法など、それほど多くは無い。

 ましてや土砂崩れを引き起こした相手がわかっているというのなら、

 我らには報復する権利がある」


それがランジベルが引き起こした戦争の大義名分。

虐殺の正当性を訴えるための言い訳なのは明白だが、彼らはそう信じて侵略を行った。


「無メイの乖離、全ては貴様の暴挙が引き起こした事だ」


原因は、戦争を無理矢理終わらせた一人の少年の責任であると。

ローレンスの糾弾に名無しの少年は何も返事をしない。

このやり取りが、アズキは不愉快で仕方がなかった。


(誰も彼も、あいつを槍玉にあげて・・・)


生きる事すら困難な情勢の中で、悪人を作って意思統一を図る。

ロックラウンドでもしていたように、ランジベルでもそれは同じ。

そうしたほうが人の集団心理はコントロールしやすいのはわかるが、まったく理解をしようともせずに、ただ一方的に悪人にするなどどうしてできるのか?

だいたい名無しの少年も、少しぐらい反論したらどうなのだ?

今の状況が、本当に気に入らない。

そんな形でランジベルの街の惨状を見ながら歩き、住宅街へさしかかった時だった。


「出て行け! お前達はこの街から出て行け!」

「そうだ! 出て行けぇ!!」


複数の声が重なり、とても穏やかではない雰囲気の叫びが聞こえてくる。

何事かとそちらを見ると、街の一角にある、孤児院と書かれた家屋を10人ほどの大人が取り囲み大騒ぎ。

その中心に居るのは、家屋の入り口で大人達の侵入を防いでいる、アズキと同い年ぐらいの少女だった。


「アナタタチにどんなケンリがあってそんなコトイうのネ!?」


随分と訛った言葉使いで、取り囲む連中に言い返す少女。

この地域ではあまりみない、手が隠れるほど長い袖に、刺繍をあしらった装飾を着用し。

薄いブルーのかかった髪を両即頭部で団子にまとめており。

怒りと悲しみの混じった表情を浮かべていても、かなり愛らしいフェイスなのがわかる。

しかし出て行けとは過激だ、彼女がいったい何をしたというのか。

まだ状況が把握できない茶歩丸は、この国に詳しいローレンスに視線で問うと。


「・・・口減らし隊か」

「”くちべらしたい”?」


ローレンスの口からでてきた、聞きなれないが、名前を聞いただけでなんとなく想像がつく。

彼も噂だけは聞いていたが実際目の当りにするのは初めてだと。


「一部の市民が非公式の団体を作り、影響力が少ない住民を街から追放しているという報告を受けている。

 物資は日に日に減りつづけている。消費する口が無ければその分自分達が長生きできるからな」

「過激な発想じゃねぇか。そいつらこそ追放するべきなんじゃねぇのか?  

「先頭に立つ男はここら一帯の区長だ。

 彼に逆らえば、ただちに追放されるだろう。

 それに今のこの状況、自分達以外の口が減るのを止めようとするものはいないだろうな。

 ・・・街の外にもかなりの死体があがっている」

「陰険な事してんじゃねぇか」


無駄に知能がある、実に人間らしいやり口である。

人間のそういう光景を見ると、獣のほうがよっぽど清々しい生き方をしていると思う茶歩丸。

ローレンスは腰にかけた剣に手をかけ引き抜いた。

治安維持も軍人の仕事だ、執行する権利も持ち合わせている。


「普段ならこの時間は哨戒の兵士もいないと見たのだろうが、タイミングが悪かったな」


街の不穏分子は、誰であろうとひっ捕らえる。

ところが、ローレンスよりも先に動く影があった。


「どけ女!」


区長と呼ばれた男が少女に手を伸ばそうとしたとき。

その腕が、横からつかまれて止められた。


「・・・・・・・・・」


深緑色の外套に身を包む少年の手が、区長の手を掴んで離さない。


「な、なんだ貴様は、私を誰だと思ってる!?

 私に逆らえば街を追放―」


権力を傘にして怒鳴り散らす区長の首筋に、背後からヒタリとあてられる冷たい小太刀の刃。


「どうぞご自由に。

 まぁ、その前にアンタの首がこの体から追放っすけど?」

「ヒィッ!?」


いつのまにか区長の背後に回りこんで、冷たい声で言い放つアズキ。

街の住人ではないのは明らかだ、こんな状況の街に、旅人がやってくるのか?

恐怖に狼狽しながら状況を確認しようとする区長。

出遅れたとローレンスは慌てて駆けつけ。


「俺はランジベル軍第3騎士団副長、ローレンス・ミックホルンだ!

 貴公らの狼藉、この目でしかと見届けた!!」


ここで初めてローレンスの役職を聞いたなんて少しノンキな事を考えつつ。

今は人手がないため、口減らし隊の身元を記録してから、自宅謹慎を言い渡している姿を見ていると。

孤児院の前に立っていた少女が声をかけてくる。


「あ・・・あの、タスけてくれてアリガトウ。アナタタチは、グンジンさん?」

「いいえ、ただの旅人っすよ。

 とんでもない目にあってたけど、この街ではいつもこんなんっすか?」


どうみても普通の孤児院だ。窓から中を覗き込めば、数人の子供達が部屋の片隅で怯えているのが見える。

いい大人が子供を脅してなにやっているのかと呆れているアズキ。

その問いに孤児院の前に立つ彼女は。


「・・・オヤもシンセキもいないなら、このマチにイるリユウもないだろう。そうイわれたネ」

「首、切り落としておけばよかった」


冗談ではなく、割りと本気でそう呟くアズキ。

同時に、人の心がそこまで荒むほどこの街が追い込まれている現状も知れる。

イヤなものを間近で見せ付けられて、街を見て回る気力がドンと失せてしまった。


「はぁ。ねぇ、今日はもう宿とらないっすか?」

「俺もそれには賛成」


気がつけば日も随分傾いてきた、この調子だと街灯も点かないだろうし。

本格的に日が暮れる前に、今の内に宿を探しておきたい。

アズキの提案に茶歩丸も同意すると、孤児院の前にいた少女が。


「ヤド? このマチでヤドなんてもうナいよ」

「あ~、薄々そんな感じはしてたっすよ」

「そうそう上手い話はねぇよなぁ」


そうなると、また今夜も野宿だろうか?

少しだけ、ひさしぶりのベッドのありつけるかもなんて期待をしていたのだが。

まぁ仕方ないかと街の出口のほうへと向かおうとするアズキと名無しの少年に。


「・・・よかったら、ウチでトまっていくネ。

 タスけてもらったおレイもしたいヨ」


孤児院の少女は、柔らかい笑顔でそう申し出てくれる。


「それはありがたいっす。いいっすよね?」

「・・・(頷く)」

「屋根があるところならどこでも天国だぜ」


渡りに舟だと快諾するアズキに、同意する名無しの少年と茶歩丸。

ここで口減らし隊の連中の名を記した手帳を懐にしまいながらローレンスが戻ってきて。


「ん、ここで泊まるのか? ならば俺もそうさせてもらおう」

「というわけで3人と1匹でよろしくっす。・・・ええっと」


そういえばまだ名前を聞いてなかった。

孤児院の前に立っていた少女は、そういえばまだだったと気がつき。



挿絵(By みてみん)



「ワタシは、『翠蓮スイ・レン』。このクニではあまりナジみないナマエだから、

 ミンナ『スイレン』ってヨぶネ」


そう言って彼女、スイレンは孤児院を扉を開き、恩人を中に招き入れる。

ここしばらく歩き続けていた2人と1匹の、ひさしぶりの休息の時だった。

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