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卒業式の日

感想でご指摘いただいた部分の補足です。

 竜神が居なくなった後も、百合は屋上に上がることをやめられなかった。

 昼休み。中休憩。ホームルーム後。

 屋上に上がれば、ふてぶてしい態度の男がそこにいるような気がして。


 竜神が死んだことはきちんと理解していた。

 だが、時折、丸い天窓を上がる衝動を押さえられなかったのだ。


 卒業式の日。

 体育館に三年生が集まり、一人一人名前を呼ばれている最中にも、百合は一人抜け出して屋上に足を運んでいた。


 竜神が座っていた給水塔の影に座って一人ごちる。


「竜神。必ずお前と未来の仇は取ってやるからな」


 今日、高校を卒業する百合は十八歳だ。


 今の百合の目から見ると、高校一年生は恐ろしく幼かった。

 竜神が、未来が殺された高校一年生の夏。


 当時の自分達は、そこらをいく大人よりよっぽど世の中を知っていると驕っていた。


 だけど、今思うと、本当に、何の力もない頼りない単なる子供だった。


「せめて、今だったらな。あの夏ではなく」

 高校一年生の夏ではなく、今だったら。きっと未来と竜神は、今日、ここで笑っていたに違いない。


 日向猛。彼になら時間を稼ぐことができたはずなのに、どうして、あんなに急いでしまったのだろうか。

 彼は彼で未来を心配しての行動だったのだろうが、それでもいまだに憎くて堪らない。


「どんな卑怯な手を使っても、お前達を殺した連中を引き釣り出して報復してやる。安心していろ」


 百合は天国も地獄も魂の存在も信じてない。語りかけているのはどこかで見守っているだろう彼等へではなく、自分の中にある思い出だった。


 自分自身への決意表明でもある。





『お前、早死にしそうだよな』


 耳の奥で、竜神の声が返ってきた。


「馬鹿が。やはり私の言った通りだっただろうが。矢面に立つお前のほうが、よっぽど早く――――」


 それ以上言うと、泣き出してしまいそうなので言葉を切って空を見上げた。





 鉄塔に後頭部をぶつけて小さく吐息する。


 かたんと小さな音がして、百合は伏せていた瞼を上げた。


 屋上へ上がる唯一の入り口である天窓に人影が立つ。

 百合は驚きもしないまま、その人の名前を呼んだ。


「花か。卒業式はまだ終わってないぞ。出席しなくていいのか? 次期生徒会長殿が」

 竜神 花だった。


 この場所を知っているのは、竜神と未来、そして百合だけだ。

 竜神と未来が死に、百合だけの秘密基地となってしまったこの場所を教えたのはただ一人、竜神の妹、花だけだ。


「百合さん……いたんだね。百合さんこそ、出席しなくていいの? 大事な卒業式なのに。美穂子さん、悲しむよ」

「美穂子は式に出席してない。東西医科大に合格したから勉強に専念している。ここ二ヶ月ほどろくに話もしてないよ」

「……未来さんのお兄さんと一緒のとこにいくんですね」

「そうだ」


 美穂子は今は亡き未来の兄、猛と同じ道を進む。研究所内部の人間にしか把握できない、未来を追い詰めた連中の特定をするために。


「私、今日、十七歳になりました」


 花の言葉に、百合は「そうか、おめでとう」と答えた。


「お兄ちゃんの歳、抜いたんです」


「そうだな」


「お兄ちゃんって、強くて、おっきくて、強い大人だって思ってたの。でも、十六だったんです」



 変わった花の声色に、百合は少し目を見開いた。

 それ以上、言うな。脊髄反射でそう思った。

 それは、気が付いてはいけない部分だ。

 天窓の横に立ったままだった花を見上げる。



「お兄ちゃん、十六歳だったの。今の私より、子供だったの。ねぇ百合さん、これ、笑うよね」


「花」


 制止するように名を呼んだ百合に構わず、花は続けた。


「お兄ちゃんね、ずっと、私とお母さんの盾になってくれてたの。うちのお父さん、暴力を振るうDV野郎で、お兄ちゃん、ずっと、私とお母さんを庇ってくれてたんだ。でも、お兄ちゃんって、今の私より年下なんだよ。笑うよね。ねえ。笑えるでしょ」


「花!」


「なんでお母さん、平気だったのかな? お兄ちゃん、小学校に上がる前からずっとずっとお父さんに殴られてたんだよ。私、お兄ちゃんがお兄ちゃんだったから、庇ってくれるの当たり前だと思ってたの。でも、お母さんは大人だったんだよ。逃げようと思えばどこへでも逃げられたはずなんだよ。暴力振るう馬鹿男なんかとさっさと離婚して、私とおにいちゃん連れて逃げること出来たんだよ。なんで、お母さんは、お兄ちゃんを盾にして、自分だけ安全に生きてたの? 私より年下の、お兄ちゃんを、盾にしてさ」


 花は笑っていた。


「お兄ちゃんが居なくなったから、私がお母さんを守らなきゃって頑張ってたんだけど、もう、飽きた」


 花は笑ったまま、百合の横に座りこんだ。


 百合は知っていた。花の細い体がかつての竜神と同じよう、暴力の痣で一杯になっているのを。


「お父さんとおじいちゃんだけが敵だと思ってたんだ。でもそれだけじゃなかったんだよ。お兄ちゃんにとっては、お母さんも、おばあちゃんも、当然、私も、全部敵だったんだよ」


 花の言葉が終わるのを待たずに、百合は声を上げた。


「竜神は誰も敵だとは思ってなかったよ。お前のことも母親のことも、父親も祖父母も。むしろ、警備隊員であるお父さんとお爺さんを尊敬していた。母親のことはあいつの口から聞いた事がないから何とも言えないが、お前のことだって、生意気で扱いあぐねているが普通の妹としてしか見て居なかった。敵だなんて思っている節はなかったよ。間違いない」


「………………」


「母親だって……長い間暴力を振るわれ続けた人間は思考力が落ちるものだ。竜神は馬鹿みたいに強い男だったからな。ガキのころからあんなだったんだろう? なら、頼りにしてしまうのもわからないではないぞ」


 花は面白そうに笑った。


「百合さん、思いもしてないこと言っちゃだめだよ。説得力ないよ」


 くそ。百合は舌打しそうになった。竜神だったらどう説得するだろうか。妹を修羅道へと落とさないように、どう説得しただろうか。

 二歳も年下の男の行動をトレースしようと頭を働かせるが妙案は浮かばない。竜神との付き合いはたった三ヶ月しかなかった。


「いいの。父も、祖父も、祖母も、――母も、敵なの。お兄ちゃんを殺した一味なんだ。もう、気が付いちゃったから」

「竜神は……お前も、両親も祖父母も大事にしていたぞ」

「うん。だからこそ、許せないんだよ。家族も、私自身も」


 花は何かを探すように屋上を見渡してから、別れの言葉も無く屋上から去って行った。


「竜神」


 百合は虚空に呟く。


「魂なんてものがあるなら、妹を慰めてやれ。母だけは、味方だと錯覚させてやってくれ。十七で拠り所を全て失うのは酷だぞ」


 どこからも返事なんてあるはずがない。だから百合は信じないのだ。魂の存在も幽霊の存在も輪廻転生も天国も地獄も。


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