18話『走る』
出版社での打ち合わせが終わる
凛はノートパソコンを鞄へしまいながら、小さく息を吐いた
新作の話
売上
今後の方針
いつもの打ち合わせだった
担当編集は資料をまとめながら、ふと思い出したように口を開く
「あ、そういえばこの前の打ち上げ、結構空気やばかったですよ」
凛が顔を上げる
「……打ち上げ?」
「湊先生、かなりキレてました」
心臓が少し止まる
担当編集は苦笑いした
「AIなら誰でも書けるって言った作家に、“お前、小説見ただけだろ”って」
凛の指が止まる
担当編集は続けた
「なんか……凛さんの話してる時だけ、空気違いましたよ」
喉が鳴る
頭の奥で、
章の言葉が蘇る
『でもお前いた』
『お前の芯が見えた気がする』
息が浅くなる
その瞬間だった
気づけば立ち上がっていた
椅子が大きな音を立てる
「え、ちょっ——」
担当編集の声を置き去りにして、凛は出版社を飛び出した
どこ行けばいい
分からない
でも足だけは止まらなかった
駅前
人混み
赤信号
息が上がる
まずカフェへ向かう
いつもの席
いない
スマホを見る
連絡はない
また走る
アパート
階段を駆け上がる
いない
息が苦しい
何やってんだ俺
頭の中はぐちゃぐちゃだった
走る理由も、
会って何を言うのかも分からない
でも止まれなかった
その時だった
「お前さ」
後ろから声が落ちる
凛の肩が跳ねる
振り返る
章が立っていた
コンビニ袋を片手に、
少しだけ呆れた顔をしている
「何してんの」
凛は息を切らしたまま、
言葉が出ない
章はしばらくその顔を見ていた
やがて小さく笑う
「……会いに来た?」




