第82話:墓参り
◆ 静かな墓参り
ある日の早朝――
おっさんは、一人で館を出た。
誰にも言わずに。
セシリアにも、ゴードンにも。
ただ、静かに。
馬に乗って、森の中へ。
向かう先は、決まっている。
墓地。
グリーンヘイブンの外れにある、小さな墓地。
そこに、ケンジの墓がある。
おっさんは、定期的に訪れていた。
人知れず。
誰にも気づかれないように。
朝早く、あるいは夕暮れ時に。
なぜか。
おっさん自身も、よく分からない。
ただ――
救えなかった命。
それが、心に引っかかっている。
◆ ケンジの墓
墓地に、到着した。
静か。
鳥の声だけが、聞こえる。
おっさんは、馬を降りた。
ゆっくりと、歩く。
墓石が、並んでいる。
その中の一つ。
シンプルな墓石。
「勇者ケンジ ここに眠る」
と刻まれている。
おっさんは、墓の前にしゃがんだ。
手を合わせる。
黙祷。
しばらく、静か。
そして――
おっさんは、小さな声で語りかけた。
「……ケンジ……」
「……俺だ……」
「……また、来た……」
風が、吹く。
木の葉が、揺れる。
おっさんは、続けた。
「……お前を、救えなかった……」
「……すまなかった……」
「……でも……」
おっさんは、空を見上げた。
青い空。
「……お前には、息子がいる……」
「……ホープだ……」
「……今、3歳だ……」
「……元気に、育っている……」
おっさんは、墓石を見た。
「……王女も、変わった……」
「……今では、優しい母親だ……」
「……ホープを、愛している……」
「……だから……」
おっさんは、手を合わせた。
「……新たな命を得て……」
「……今度は、幸せになってくれ……」
「……お前は、間違いを犯した……」
「……でも、それで終わりじゃない……」
「……次の人生で、やり直せ……」
おっさんは、立ち上がった。
最後に、一礼。
そして――
帰ろうとした。
でも、その時。
おっさんは、気づいた。
◆ きれいな墓
墓が、きれいだった。
いつも、きれいだった。
最初に来た時から。
雑草が、生えていない。
墓石も、磨かれている。
花が、供えられている。
新しい花。
おっさんは、考えた。
(……誰が、来ているんだ……?)
最初は、気にしていなかった。
でも、何度も来るうちに、気づいた。
いつも、きれいすぎる。
誰かが、定期的に来ている。
手入れをしている。
花を供えている。
(……誰だ……?)
おっさんは、周りを見た。
でも、誰もいない。
静か。
おっさんは、首を傾げた。
(……まあ、いいか……)
(……ケンジにも、誰か思ってくれる人がいるなら……)
(……それは、良いことだ……)
おっさんは、馬に乗った。
帰路につく。
◆ 先客
数週間後――
おっさんは、また墓参りに来た。
早朝。
誰もいない時間。
でも――
今日は、違った。
墓地に、誰かがいた。
おっさんは、馬を止めた。
遠くから、見る。
ケンジの墓の前に、人影。
女性。
フードをかぶっている。
でも――
おっさんは、気づいた。
その立ち姿。
その雰囲気。
(……王女……?)
おっさんは、馬から降りた。
静かに、近づく。
女性は、墓に向かって何か語りかけている。
声は、聞こえない。
小さな声で。
おっさんは、少し離れた場所で止まった。
邪魔をしたくない。
ただ、静かに待つ。
◆ 王女の独白
王女は、墓の前に座っていた。
手を合わせている。
そして――
小さな声で、語りかけていた。
おっさんには、聞こえないはずだった。
でも――
風が、声を運んできた。
断片的に。
「……ケンジ……」
「……私です……」
「……また、来ました……」
「……ホープは、元気です……」
「……3歳になりました……」
「……よく笑う子です……」
「……あなたに、似ているかもしれません……」
「……いえ……」
「……似ていてほしくないです……」
「……でも……」
王女の声が、震える。
「……でも、あなたの子です……」
「……それは、事実です……」
「……だから……」
「……私は、ホープを愛します……」
「……あなたの罪を、ホープは背負いません……」
「……私が、守ります……」
「……母として……」
王女は、涙を流していた。
「……あなたを、許すことはできません……」
「……あなたがしたことは、許せません……」
「……でも……」
「……憎むこともできません……」
「……あなたがいなければ、ホープはいませんから……」
「……複雑です……」
「……でも……」
王女は、手を合わせた。
「……安らかに、眠ってください……」
「……そして……」
「……次の人生では、幸せになってください……」
「……間違いを、犯さないでください……」
おっさんは、その言葉を聞いて驚いた。
(……俺と、同じことを……)
(……願っている……)
◆ 二人の出会い
王女は、立ち上がった。
涙を拭く。
そして――
振り返った。
その時、おっさんと目が合った。
王女は、驚いた。
「……康太郎さん……!?」
おっさんは、頭を下げた。
「……すまない……」
「……盗み聞きするつもりは、なかった……」
王女は、首を振った。
「……いえ……」
「……構いません……」
王女は、フードを下ろした。
顔が、見えた。
涙の跡。
でも――
穏やかな表情。
おっさんが、聞いた。
「……お前も、来ていたのか……」
王女は、頷いた。
「……はい……」
「……定期的に……」
「……墓を、手入れしています……」
おっさんは、理解した。
「……そうか……」
「……だから、いつもきれいだったのか……」
王女は、少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「……はい……」
「……誰にも、言っていません……」
「……ただ……」
「……ケンジの墓を、放置したくなかったんです……」
おっさんは、頷いた。
「……分かる……」
◆ 二人の会話
しばらく、沈黙。
そして――
王女が、口を開いた。
「……康太郎さんも、来ていたんですね……」
おっさんは、頷いた。
「……ああ……」
「……時々……」
「……救えなかった命だから……」
王女は、おっさんを見た。
「……救えなかった……?」
おっさんは、墓を見た。
「……ああ……」
「……俺は、ケンジを救えなかった……」
「……魔力を使いすぎて、廃人になった……」
「……そして、死んだ……」
「……俺は、何もできなかった……」
王女は、首を振った。
「……いいえ……」
「……康太郎さんのせいでは、ありません……」
「……ケンジが、自分で選んだ道です……」
おっさんは、黙っていた。
王女は、続けた。
「……でも……」
「……康太郎さんは、優しいですね……」
「……ケンジのことを、今でも思ってくれている……」
「……墓参りに、来てくれている……」
おっさんは、首を振った。
「……優しくなんて、ない……」
「……ただ……」
「……忘れたくないんだ……」
「……救えなかった者を……」
「……それが、俺の責任だと思っているから……」
王女は、涙を流した。
「……康太郎さん……」
◆ 王女の本名
王女が、言った。
「……康太郎さん……」
「……私、ずっと言えなかったことがあります……」
おっさんは、王女を見た。
「……何だ?……」
王女は、深く息をついた。
「……私の名前です……」
おっさんは、少し驚いた。
「……名前……?……」
王女は、頷いた。
「……はい……」
「……ずっと、王女としか呼ばれていませんでした……」
「……でも……」
「……今は、グリーンヘイブンで暮らしています……」
「……王女ではなく……」
「……一人の人間として……」
「……だから……」
王女は、おっさんを真っ直ぐ見た。
「……私の名前は、アリシアです……」
「……アリシア・エドワード……」
「……これからは、アリシアと呼んでください……」
おっさんは、少し考えた。
そして――
微笑んだ。
「……分かった……」
「……アリシア……」
アリシアは、涙を流しながら微笑んだ。
「……ありがとうございます……」
◆ 共通の想い
二人は、ケンジの墓の前に並んで立った。
手を合わせる。
黙祷。
しばらく、静か。
そして――
おっさんが、小さな声で言った。
「……ケンジ……」
「……新たな命を得て……」
「……今度は、幸せになれ……」
アリシアも、小さな声で言った。
「……次の人生では……」
「……間違いを、犯さないで……」
二人の想いは、同じだった。
救えなかった者への想い。
憎むことも、許すこともできない複雑な想い。
でも――
幸せを願う想い。
風が、吹く。
木の葉が、揺れる。
まるで、ケンジが答えているかのよう。
おっさんとアリシアは、顔を見合わせた。
そして――
微笑んだ。
◆ 帰路
墓参りを終えて――
おっさんとアリシアは、一緒に帰ることにした。
馬に乗って。
並んで。
アリシアが、言った。
「……康太郎さん……」
「……これからも、墓参りに来てください……」
「……一緒に……」
おっさんは、頷いた。
「……ああ……」
「……一緒に、来よう……」
アリシアは、微笑んだ。
「……ありがとうございます……」
おっさんは、空を見上げた。
(……ケンジ……)
(……お前には、まだ思ってくれる人がいる……)
(……アリシアが……)
(……そして、俺も……)
(……お前は、一人じゃない……)
(……だから、安らかに眠れ……)
◆ 新しい日常
それから――
おっさんとアリシアは、時々一緒に墓参りに行くようになった。
早朝に。
静かに。
二人で、ケンジの墓を訪れる。
手を合わせる。
花を供える。
墓を、手入れする。
そして――
小さな声で、ケンジに語りかける。
「……ホープは、元気だ……」
「……今日も、笑っていた……」
「……希望や光と、仲良く遊んでいる……」
「……だから、安心しろ……」
アリシアも、語りかける。
「……私も、元気です……」
「……グリーンヘイブンで、学んでいます……」
「……畑で、働いています……」
「……幸せです……」
二人の声が、風に乗って消えていく。
ケンジに、届いているのかもしれない。
グリーンヘイブン。
おっさんとアリシアの、新しい日常。
共に、墓参りをする。
救えなかった者を、忘れない。
でも――
前を向いて、生きていく。
ホープと共に。
希望と光と共に。
新しい命と共に。
物語は、続く。
(次回:第83話「平穏な日々」に続く)




