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「お前はバグだ」と断罪された令嬢ですが、10年前の「カラス」様との約束を果たします。  作者: ちゃこ太郎


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一人の世界

 穏やかで、優しくて、まるで春の日差しのような人だった。それなのに――


「ははっ!ははは!これで、おれが彼女を救うことができる!」

「で、殿下……?」

「触んな!クソヒロインが!」


 払われた手。瞬間的に熱を持った手の平が、じわじわと痛み始める。


 ――誰、この人。


 声も、姿も確かにカスティエル殿下なのに、言動が違う。まるで、悪魔でも乗り移ってしまったみたいな。少し休むと言って眠りに落ちた時は今までと同じだったのに、どうして。

 弾かれた手が行き場をなくして宙を彷徨う。呆然とする私を見て、いい気味だと言わんばかりに酷く醜い顔で笑った。耳障りな笑い声が四阿の中で跳ね返り、増幅。急に起き上がったかと思えば、辺りを見渡し始めたカスティエル殿下が目を見開いて地団駄を踏み始める。


「何でだよ!このスチルイベントはお前とじゃないだろうが!」


 聞きなれない単語の羅列に置いてけぼりにされていく。グラグラと足元が揺れている気がして、自分を落ち着かせるためにも深呼吸を一つ、二つ。何とか平静を装おうとするも、それを上回る速度でカスティエル殿下の口撃が続いていく。


「ここは重要、かつ、おれの一番お気に入りのスチルイベントのはずのに、何でお前なんかと!」

「あの……。」

「これでちゃんと回収できなかったらどうしてくれんだよ!ふざけんな!」


 届かない声。私の口から出たはずの言葉は地面に落ちて消えていく。かける言葉が見つからず、グッと唇を噛み締めれば、口内を侵す鉄の味。眉根を寄せれば、何睨んでんだよ、と肩を押され後退した。

 二、三歩下がるようにしてよろけた体を支える手。布越しなのに、どこかひんやりとした温度を背中で感じる。振り返った先のアルマール様が、何も感情を映していない顔でカスティエル殿下を真っ直ぐ見据えていた。


「……今のは何ですか?」

「何だお前。」


 平行線の会話を頭上で繰り広げる二人。背中にピリピリとした気配を感じて本能的に逃げ出したくなる。

 眉尻を上げ、不快感を全面に出しながら、足音荒く詰め寄るカスティエル殿下。アルマール様の顔を見上げ、あぁ、と鼻で笑って。


「お前、モブだろ。」


 それが侮蔑の言葉であることは理解できた。アルマール様を憧れだと言った同じ口から発せられる言葉をもう、聞きたくない。耳を塞ぐわけにもいかず、代わりに目を伏せる。地面と私の間に割って入るようにして覗き込まれる顔。探るように私を見るエメラルドグリーンの瞳に、もしかして――


「悲劇のヒロインぶってんじゃねーよ。」

「……っ!」

「騙されたと思ったか?お前がどんな奴か、おれはよく知ってんだからな!」


 立ったまま、悪夢を見ているみたいだ。唾を添えて当てられた言葉に、握り締める手。瞬きを繰り返し、浅くなりそうな呼吸を静かに整えて、カーテシーを一つ。くるりと踵を返し、制止しようとするアルマール様の手を退けて、背中に刺さる笑い声を受けながら、早足で退場した。

 逃げ込める場所を探しても、ここにはない。ここには、いない。息が上手くできなくなって、止まる足。憎らしいくらいに陽の光が私を照らして、痛い。


「泣くな。」


 あの日、決めたはず。泣くのは最後にするんだ、と。その時まで、前を向くと決めたから。例え、その時が来なくても、決めたから。

 振り切るように顔を上げれば、ぐらついた視界が晴れている。爪先に力を込めて、地面に足がついていることを確認。まだ、私は立っていられる。


「負けない。」


 この婚約を受け入れた時に、ラングリッチ王国の国母になると覚悟した。途中で投げ出して、泣き言を言って、それであの人に胸を張って会えるのか。背筋を伸ばさなきゃ。私はまだ何もしていないのだから。

 もしかしたら、何か事情があったのかもしれない。聞いたこともない異国語を話していたし、普段と一人称が違っていたけど、気を許してくれたのかも。兄も外面だけは良かったし、カスティエル殿下も素を出してくれたのかもしれない。


「戻ろう。」


 強く頷いて、踵を返す。ミモザのほのかに甘い香りを身に纏いながら来た道を戻っていけば、見えてくる四阿の屋根。アルマール様の背中が見え、まだそこにカスティエル殿下がいることがわかる。足を止めて、深呼吸を一つ。地面を踏み締めながらゆっくり近づいて――


「セシリアの髪、華やかで美しくて好きだな。」

「ありがとうございます、殿下。」


 ――どうして。


「セシリアといると、ぼくも肩の力が抜けるよ。」

「殿下は何でも頑張りすぎですわ。エーデルガルト様も少しは殿下をお支えすればよろしいのに……殿下、少し休みませんか。」


 春の日差しのような、人だった。


「まとまった休みが取れたら、オルトリンデの市に一緒に行こう。珍しいものがたくさんあるそうだ。是非きみに贈り物がしたいんだ。」

「殿下……ふふ、まずは一休みなさってください。これから時間はたくさんありますわ。」

「ありがとう、セシリア。」


 そこに私の居場所はもうなかった。

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