断罪の舞踏会
「どういうことだ、アルマール!」
劈くようなカスティエル殿下の声。私の目の前で跪く――近衛騎士団長、アルマール様を睨みつけるような鋭い視線。騒めく観衆たちと一緒に混乱する私を置いてけぼりにして、アルマール様のオリエンタルブルーの瞳は私だけを映していた。
「そいつは犯罪者なんだぞ!」
「……殿下。」
「な、何だ。」
「この方を捕らえることはできませんよ。」
溜め息にも似た声でカスティエル殿下に答えるも、その間一瞥もせず、私の手を取ったまま、ゆっくり立ち上がる。剣呑な雰囲気にも拘らず、その優雅さに誰もが息を呑んだ。
私を背に庇うようにして真っ直ぐに対峙するカスティエル殿下とアルマール様。その背中からピリピリと静かな殺気を感じて、小さく身震いをした。
「何を言っている!そいつはセシリアを殺害しようとしたんだぞ!殺人未遂という立派な犯罪行為じゃないか!」
「彼女がセシリア嬢を?」
乾いた笑いを返されてカスティエル殿下の頬が引き攣る。この場にいる全員が固唾を飲んで二人を見つめる中、口火を切ったのはカスティエル殿下だった。
「証拠はこっちにあるんだぞ!」
「証拠?ああ、証拠ですか。」
たじろぐカスティエル殿下にもたれ掛かるセシリア嬢がわずかに眉を上げる。胸元に手を伸ばし、取り出したのは三通の封書。かさり、と紙擦れの音ともに、私でも嗅ぎ取れるほどの不釣り合いな薔薇の香油の匂いがこの場を占拠した。
「どうしてそれをあなたが……!」
セシリア嬢が目を見開き、悲鳴にも似た声を上げた。アルマール様に向けた、口元を覆っていた扇の先が小刻みに揺れている。こちらから封書はよく見えないが、近くにいた数名がその封書を見て、セシリア嬢を振り返った。うずうずと好奇心が顔を出し始めるも、我慢我慢と何とか宥めすかして成り行きを見守る。
「証拠とやらはこちらにもあるんですよ、殿下。」
「な、何のことだ……?リア、どうした。おい、リア!」
カラン、と音を立ててセシリア嬢の手から滑り落ちる扇。それと同時にカスティエル殿下へ倒れ込み、悲劇のヒロインのようにしくしくと泣き始める始末。カスティエル殿下はセシリア嬢を抱き止め、震える指先をアルマール様に突きつけた。
「アルマール、貴様!そいつを庇い立てするというのなら、お前も投獄してやる!」
「だ、そうですけど、どうしますか。兄上。」
公の場でそう呼ぶことは滅多にないが、アルマール様が兄上と仰る人は一人しかいない。全員が一斉に声が投げられた方を仰ぎ見た。
「カスティエル。」
とても、静かな声だった。騒めきが瞬時に静寂へと変わる。誰一人として口を開くことは許されない、そんな雰囲気の中、カスティエル殿下だけは叫ぶように声を張り出した。
「陛下!これは王太子である私への侮辱以外の何物でもありません!」
「……カスティエルよ、余興が過ぎたようだな。」
「違う違う……こんなはずじゃ……これは悪事を暴き、おれとリアが結ばれるための重要イベントなんだろ……?」
また異国へ旅立ってしまったカスティエル殿下を他所に、アルマール様が国王陛下を見上げ、一礼。軽く頷き返した国王陛下にくるりと背を向けて私を見下ろした。温まり過ぎてしまった指先だけを軽く握られる感触。
――この、触れ方。
過去の残像に瞬きをする私の思考を引き剥がすように、歩き出すアルマール様。手を取られている私も自然とその横を歩く形になって。ホールの出口へと真っ直ぐに向かっていく背中に突き刺さる声。
「待て、アルマール!」
「連れて行けと仰ったのは殿下ではありませんか。」
「違っ……エーデルガルトをこちらに渡せ!」
「何故ですか?」
「くそっ!何でシナリオ通りにいかないんだよ……!こいつもバグなのか!」
「行きましょうか。」
にこりと微笑まれ、戸惑いながらも頷く私を見てゆっくり歩き出す一歩目。何かを思い出したかのように、あ、と一音発して振り返るアルマール様。
「殿下。婚約破棄して頂きありがとうございます。」
さあ行きましょうか、と歩き出す。今度こそ誰に止められることなく連れられるまま振り返らずにホールの出口を潜った。
聞きたいことは山ほどある。何から聞いて良いものかわからず、恐る恐る首が痛くなるほど高い位置にある顔を見上げて、とりあえず一つ。
「……私は連行されてる、ってことでしょうか?」
「…………ふっ。まあ、ある意味、そうですね。」
――その、ある意味ってどういう意味?
何を聞いても答えてくれなさそうなアルマール様の微笑みにただ押し黙る。ヒールの靴音が誰もいない廊下の先まで響いた。
身長差があるのに、全く疲れない歩幅。背筋をピンと伸ばして歩いているのに、こんなにも楽だと思ったのは初めてだ。それにしても、連行されている割にはアルマール様一人……いくら相手が非力な令嬢でアルマール様が腕利きの騎士とはいえ、あまりにも無防備ではないだろうか。
「あの、アルマール様。」
「こちらへどうぞ。」
完璧なまでのエスコートで連れられたのは、懐かしい香りのする王宮図書館。初めて入ることが許されたその空間に並ぶ蔵書に圧倒されつつも、大きく息を吸えば、羊皮紙の甘い香りが肺を満たす。導かれるまま足を進めれば革張りのソファーが目に入った。
指先が離れていく。暖かさを失って彷徨う指を急いで引っ込める私に、どうぞ、と座るよう指示。逡巡の後、目の前の圧力に屈した私はおずおずとそこに腰掛けた。ゆっくり腰掛け過ぎたせいだろうか。思いの外、沈むソファーにひっくり返りそうになり、何とか腹筋に力を入れて耐えて見せると頭上に落ちてくる笑い声。
「ふっ、ふふ……可愛い人ですね。」
「……何のことかしら。」
「ふふふ。」
きっと全てお見通しなのだろうが、ここは淑女としてしらを切ってみるも、こうも微笑ましそうに見られるとむず痒くて仕方がない。尖りかけた唇を引き結んで、優雅に微笑む元凶を恨めしげに見つめた。
「そんな顔で見つめられては困りますね。」
「……もしかして、揶揄ってます?」
「いえ、本当に思ってますよ?」
「…………。」
もう何を言っても勝てる気がしない。のらりくらりとかわされてきっと自分が疲弊するだけなのが目に見えてわかる。
「待っていてくださいね。」
動いてはダメですよ、と念押しして、踵を返すと本棚の奥へと消えていく。一人取り残され、はあ、と息を吐き出すと、緊張の糸が切れたようにいろんな感情が押し寄せてきた。
「――コルヴォ。」
あなたに恥じない自分でいたかっただけなのに、何も上手くいかなかった。この国に来てから、蓋をしていたあの日の想いが蘇ってくるのはここにいるからだろうか。
「寒い。」
冷え切った指先を握り締めて、口から漏れ出た溜め息で燭台の灯りがゆらりと揺れたのを見つめ、そしてゆっくりと瞼を閉じた。




