9-4.的外れ
「ランディは……公爵夫人の舞踏会に参りますの?」
私は思わず話をそらした。
「え? あぁ、行く予定だよ。またエスコートして欲しい? それなら喜んで……」
「私も呼ばれておりますの。招待状をいただきましたわ」
私がランディの言葉を遮るように言うと、ランディは嬉しそうに目を輝かせた。
「えぇ?! そうなんだ! それは喜ばしいことだね、アデリン。夫人は本当に君を気に入ったんだ。僕も嬉しいよ。まぁ、でも、僕のアデリンだ、当然だね。きっとダリウスも喜ぶだろう」
「ありがとうございます」
「もう誰と行くか決めたの? またダリウスが決めた相手? それとも、今度こそ、ダリウス?」
「ダリウス兄様には頼みませんわ」
というか、最後の手段にしたい。
ランディが目を丸くした。
「じゃ、誰?」
ランディに、……あなたに頼みたいの。
そう言いかけて、私は急に怖くなった。私はランディの”恋の天使”になってしまうんじゃないかしら?
お茶会の時は、突然だったから、そう、お茶会だったから。目的は違っていた。
でも今回は、そうじゃない。
ランディにお慕いする人がいるのなら、話は違う。私がランディと一緒に舞踏会に出たら、ランディはその方のもとへ行ってしまうんだ。
私を置いて。
そんなの、無理だわ。耐えられない。
自分が急に弱くなったように感じて、私は戸惑った。男性に置いていかれることなど、今まで平気だったのに。
どうしたらいいの? 他に誰もいない。だってランディにお願いするつもりでいたんだもの。
「……ジャンに」
私の口から、思ってもいない名前が出た。
「ジャンをお誘いしようかと」
するとランディは、ぽかんと口を開けた。
「君は……ジャンを……愛しているのかい?」
「そう……なのかしら?」
私は首を傾げた。
そんなこと、考えたことがない。好ましく思うだけで十分だから。愛する人なんて、いたところで、何の解決にもならない。例えば、目の前にいたとしても、自分がその対象と見られていなければ、愛なんて邪魔なだけなのだ。
「よくわかりませんわ。あってもなくても、関係ありませんし……私の身分を明かし、お話をしてみるつもりです」
「どうやって?」
「私は貴族令嬢で、結婚相手が必要で、私はジャンの将来性を買いたいということです」
「パトロンってこと?」
「えぇと……聞こえはあまりよくありませんが、そうなりますわね」
私が頷くと、ランディは呆れたように眉をひそめた。
「そのためだけに結婚をするって?」
「だって、私は早く舞踏会に顔を出すのをやめて、読書とペットショップメインの生活に戻りたいですし、ジャンは好きなだけ小説を書けるんですよ! ジャンの小説の構想を聞いたことがありまして? とっても面白そうなんです! きっとすぐに大作家になれますわ。そうしたら、その時にはお兄様など関係なく、好きな道をお互いに歩めると思いますの」
私は前のめりでランディに説明した。勢い込んでランディにぐっと顔を寄せてしまった。ランディは私の熱気に当てられ、頬を赤く染めながら視線を逸らした。
「でも君がジャンを愛しているのでなければ、条件に合わないじゃないか」
「条件?」
「君の愛を受け止めてくれる方、だろう? わからないじゃなくて、一番大事なことのはずだけど」
そんな条件あったかしら? あぁ、そうだったわ、私の本やペットたちへの愛を受け止めてくれる方……そんな気持ち、わかってもらえそうにない。ペットショップの方が大事なんて?
「あぁ、ええっと……他にも……条件がありまして、」
ランディは歯切れの悪い私に、訝しげに目を向けた。
「一応聞くけど、他の条件って、どんなの?」
ランディの言葉に、私は情けない気持ちで指折り数えた。
「お金がなくて、穏やかで、地位も低めで、本好きな人。貴族が良かったけれど、それは兄さんのためで、私が望んでるわけではないから、そこは不問にしようと思って」
「地位やお金があってはダメなの?」
ランディの言い分に、私は憤慨した。
「それじゃ、私の魅力が通用しないじゃないですか。それでは結婚の申し込み損です」
「魅力?」
「侯爵令嬢であるということと、資産が相当にあって、現在は定期的に稼げているということですわ」
「ダメだ、全然ダメ」
残念そうに頭を振るランディに、私は腹を立てた。
全否定された。賛成してくれると思ったのに。