その28 宝物(終)
透き通る青空の下、真っ白な花を咲かせる束を手に一人の男が墓地を訪れていた。
壮年期半ばの男の目じりには皺が刻まれており、光を受けて輝く碧眼にはうっすらと涙が滲んでいる。
男性にしては少しばかり長めの髪は後ろでゆるく編んで縛られているが、解かれるとそれは見事な金色の髪が風になびくのをウィスタリアの国民の誰もが知っていた。
多くの女性から熱い視線を送られる美貌は年を重ねても健在で、今現在も秋波を送る女も多かったがことごとく玉砕している。
男が想いを寄せるただ一人の女性が誰であるかなど皆が知っており、その想いがぶれることなどただの一度とてなかった。
男の名はレイトール。
ウィスタリア王国の第二王子として生を受けた。
現在は兄が王位についたため王族としての籍を離れ、貴族位も受け取らずに一般人として生活している。
身分は彼らを守りもするが、大切な者たちを巻き込んで不要な争いも生むからと、父王が亡くなったと同時に放棄したのだ。
「お前が逝って十年が過ぎたぞ」
膝を付いたレイトールが白い花束を墓前に置くと、その美しい青い瞳から一滴だけ涙が零れ落ちる。彼の碧い瞳は涙の膜で潤んでいた。
「奇跡が起きた。奇跡と思っているのは私だけかも知れないが」
出来ないと決めつけていたのかも知れない。だから胸が詰まり、これほど嬉しく涙が零れてしまうのだろう。
「今朝ユアが子を生んだ。三人目の子だ。白い肌に鱗の文様を持った息子――アイデクセの血を引いた子だ。ロアーク、お前の孫娘はなんて素晴らしいのだろうな。だまし討ちのような婚姻ではなく、ユアを妻にする許可をお前から貰いたかったよ」
形は人のもので、黒い髪と瞳をした、それは美しい赤子だ。白い肌に所々浮かぶ硬い模様は鱗状でアイデクセの特徴を引き継いだ男児。
望めないだろうと思いながら、出来るならと心の奥では渇望していた。
アイデクセを誘拐し、全てを奪った首謀者の一人として贖罪の心は常に心の片隅に存在し続けた。
子を望んだのも家族を増やしたかったからであり、その一つにアイデクセに沢山の家族をという想いもあったのだ。
それだけが全てではないが、大切な存在だからこそ向こうの世界に全てを置いて来させた責任は常に付きまとう。
己の命よりもアイデクセを何より優先したかった。だからこそ子を持たない選択肢もあったのに、レイトールは率先して一人だけで命の繋がりを解く覚悟もできたのだ。
ただ一人残される覚悟を持って、三人の世界にさらなる絆と喜びを求めた。
「どんな子でも愛しい。己の浅はかさを今も呪わずにはいられないが、ユアを生み出してくれた師や母君、そしてロアーク、全ての者たちにとても深く感謝している」
人の形をしていても、鱗を持った我が子がいつの日か辛い目に合うかもしれない。
けれどどのような逆境に曝されようと愛されていることを忘れないよう、生まれてくれたことに感謝の念を抱きながら立派に育ててみせると、レイトールは膝を付き涙を流しながら亡き人たちに語り続けた。
*****
白い肌に鱗を持って生まれた赤子も一人座りができるようになり、乳離れの時期になった。
普通の赤子からすると乳離れにはかなり早いが、既に大人と同じものを食べるようになり、母親の胸は眠るときくらいしか欲しがらなくなっている。
今日も昼間からおやつに与えられた饅頭を口の中いっぱいに詰め込んで愛らしい姿を披露していた。
「この子は本当に饅頭が好きなのよ。アイデクセさんも昔そうだったから遺伝かしら?」
「まさにそうだな」
我慢しきれず吹き出したレイトールをアイデクセが睨む。レイトールが何故笑うのか理解できないユアは、月齢に似合わず大人と同じものを口にし出した三人目の我が子に視線を落とした。
「あなたのお父さんもお饅頭が大好きだったのよ」
「なぁユア。アイデクセが饅頭を好きな理由を知っているか?」
「美味しいからでしょう?」
違うのかと問う視線がレイトールとアイデクセの二人に向けられた。
何とも居心地悪そうにアイデクセは席を立ち、その姿を見送りながらレイトールは声を上げて笑い出した。
「お前の胸を想像していたんだよ。アイデクセの種族では女の胸は膨らまないらしい。夫婦になり触れるようになったから饅頭は不要になったんだ」
驚いたユアが振り返る前にアイデクセはそそくさと庭に出る。ユアが振り返った時にはアイデクセの尻尾だけが見えた。
アイデクセが庭に出ると丹精込めて作られた薔薇の庭が広がっている。この十年こつこつと作られた庭では二人の少年が棒を手に剣術のまねごとをして遊んでいた。
蜂蜜色に輝く金の髪に碧い瞳の、とても美しい同じ顔をした双子の少年は、今年で八歳になるアイデクセ達の息子だ。
いつもここにある、平凡ながらも夢に望んだ光景を前にアイデクセは眩しそうに目を細めた。
異界に来たからこそ得られた幸せ。
故郷といえる世界で手に入れることができたかと言えば難しかっただろう。
羽も角もない最下層に位置するただの庭師だ。特出した点もなく、夢を持って過ごしていたが生涯夢で終わるような物語だった。
それが言葉も解らぬ異界に攫われ、大切な二人に出会って三つの宝を得た。
届かなかった物の全てがここにあると目を細めるアイデクセに、棒を手にした美しい二人の少年が満面の笑顔で駆け寄ってくる。
「お父さん!」
全力で飛びついた子供たちを難なく受け止めたアイデクセは、その逞しい肩に抱え上げ、嬉しそうに喉を鳴らすと二人に鼻を寄せた。




