第三十六話
「もう嫌だ………」
「………」
「ご主人、ここは場末のスナックじゃないんだ」
「…………………」
「………やばいわね」
「………同感せざるを得ない」
人型のフーシュとロロが死んだ目で頷き合う間も、メルヴィンはベッドに顔を埋めたまま動かなかった。
「急に…あんな、可愛い反応するとかずるい…」
がしがし頭を掻いたかと思えば、また力をなくしたようにベッドに倒れ込む、その繰り返しだ。
「……小悪魔すぎる…」
「分かるわよマスター、あれが無作為なのがすごいわよね。サキュバスも形無しよ」
「パニックになって快諾するのが更にすごいよね。ご主人も形無しだ」
昨日の晩のやり取りを密かに見ていただけに、罪悪感から必死に励まそうとメルヴィンを慰めるロロに対して、心底楽しそうにフーシュがくすくす笑う。
「ちょっと綿!あんたさっきから慰めたいのかおちょくりたいのかどっちなのよ!」
「圧倒的後者かな」
「な、なんですって!あ、見なさいよ!ご主人ったらこんなにベッドに沈み込んで…もう上がって来なかったらどうしよう…」
「君もなかなか天然だよね」
「なっ…!五月蝿いわよ!この綿!腹黒!」
「はいはい。そもそもだけどさ、ご主人」
ぽすっとメルヴィンの横たわるベッドにフーシュは腰を下ろす。フーシュの圧倒的な髪の白さの前では、ベッドのシーツも、彼の服も、全てがくすむようだ。
「サラは異世界から来た人間なのに、魔法を使えるの?」
「…使えるよ」
薄く顔を上げたメルヴィンは浅い息を吐いた。
「昨日の晩からサラに癒しの魔法をかけてたんだ。僕の魔力がその時、サラの体を通ったけど…あれは…」
「…マスター?」
「ううん、なんでもない。サラがこっちに来た時に体が組み変わったのか、もともと魔力は持ってたのか、それはわかんないけど。あるよ、魔力は、間違いなく」
メルヴィンの断言を受けて、ロロがコテンと頭を横に倒す。
「じゃあ、なにがだめなのよ?」
ずずっと引きずるようにメルヴィンが体を起こした。壁際で小さくなれば、その小さな体躯がよく目立つ。
「僕は…大人の考える難しいことなんてわかんないけど…」
「なによ?」
「いきなり…現れた女の子に、僕が魔法を教え始めたら、どう思う?」
「え、なに?だめなの?」
「ロロ、ご主人の魔力量は普通の魔導士とは違うでしょ」
はぁ、と息を吐いて、メルヴィンは目を伏せる。
「…きっと焦るよ、そして殺そうとする。強い魔導士は、もうこの世界にはいらないんだよ。僕がサラに魔法を教えるのは…育てるのは、危険にしか映らない」
「平和のために魔導士を殺すのも厭わないなんて、皮肉だね」
「僕が生きてるのは…単に僕が殺せないからってだけだ」
「マスター……」
目の前の男の子は何歳だっただろうか、とロロは目を伏せた。マスターはたまにこうしてまっさらな表情をする。そこには怒りも悲しみも一切なかった。
「そこで1つ思いついたんだけどね」
「うん?」
「サラを2番目に強くしようか」
「………………は?」
ポカンと目を剥くロロに対して、フーシュは「だから好きだよご主人〜!」とゲラゲラ爆笑し始めた。
嫌な予感しかしないわね。




