きつねのよめとり~白狐息子の求婚④満月の婚礼
外に出ると、神社の参道に白く丸い光が、一列に連なっていた。
「え……?」
灯りはないはずなのに……。
光の列は、神社の中から、道の方へと何十メートルも連なっているみたい。
次の瞬間、私たちの目の前に、ボオッっと白い楕円の大きな光が降りてきた。直径三メートルくらいあるだろうか。
「まほろ」
その光から、地響きのような声がした。
光が、そのままの色で形を変え、大きい真っ白な狐になった。
瞳は、金色から紫に変化する。あの瞳……。
「まほろ、迎えにきたえ」
白い尻尾は、炎が燃え上がるように揺れている。
「……下弦さん……?」
本当に来たんだ……。
自分の倍もあろうという大きな獣の姿は、やはり恐ろしい。全身が震えた。
律くんは、ぐっと唇を結んで険しい表情を崩さない。
足元では、サクラとタチバナが、毛を逆立てて吠えている。
白い狐は、私の声に反応するように、フッと揺れて、あの人間的な下弦さんになった。
以前と違うのは、上下真っ白な紋付き袴姿なこと。
こんな状況でさえ、うっかり見惚れるほど荘厳な美しさがあった。
「さあ、花嫁衣装も用意したで」
後ろに灯っていた白い光の一部が、フッと前に出てきた。
着物を着た白い小柄な狐たちが、手分けして一生懸命白無垢を掲げている。
「後ろも、ぜんぶ、まほろへの贈りもんや」
よく見れば、連なる光は、全て同じように白い着物の狐たちだった。
食べ物や、家具、大きな水晶のようなものなど、様々なものを手にしていた。
特にタンス持たされてる狐さんが気の毒過ぎて見ていられない。
わざわざ持ってこなくてもいいのに……手伝ってあげたい。
皆、手は埋まってるけど、こちらに向かって一斉に尻尾を振っている。
狐も犬みたいに親愛で尻尾振ってくれるのかな?
「さあ、まほろ、久遠の契りを結ぶ花嫁の姿、わしに見せとくれや」
律くんが、私を庇ったけれど、下弦さんが手を上にあげると、周囲を霧のようなものが満ちて、視界を奪われた。
「まほろ!」
律くんの声が遠のく。
視界が戻ったとき、私は白無垢姿になっていた。
上等な絹地のしっとりした重さ。結われた髪、肌に触れる化粧の感触。
(こんなことができるなんて……)
「さあ、行こうや。愛しい花嫁。わしの魂のつがい」
下弦さんが、私に手を伸ばした。
「行かせない!」
律くんが大きな声を出して前に立ちはだかった。
サクラとタチバナも律くんの意思に呼応して、下弦さんに飛び掛からんとする姿勢になっている。
下弦さんが、じろりと律くんを見た。
「何や、犬が犬連れて。そないにまほろと離れたないんやったら……わしらの新居で、飼うたろか。……それとも……」
下弦さんの周囲にビュウっと風が吹いて、下弦さんは、再び白い狐の姿になる。
さっきより、大きくなっている。鳥居くらいの高さがある。
狐の姿の下弦さんは、大きな鼻先を律君の顔に近付ける。
律君の目の前で、見せつけるようにガバっと大きな口を開く。
真っ赤な口の中に鋭い牙が並んで光っていた。
噛みつかれたら、ひとたまりもない。
私は、その姿が恐ろしくて、立っていられなくなりそうなほど足が震えたけれど、律くんは目を逸らさない。
「勝てないのは分かってる。でも、それでも渡す気はない」
その声は静かで、強かった。
律くんの周囲に、赤いもやのようなものが立ち上るのを、感じた。
下弦さんもそれが分かったのか、一瞬目を見開いた。
「……何や、大した覚悟やな。気配が違うとる。勝手に男の見せ場つくんなや」
尻尾を大きくユラユラと揺らす。
同時に下弦さんの周りに浮かんでいる光の球も揺れた。
「まあでも、わしの敵やないな。まほろ、どちらが夫にふさわしいか見とれ」
下弦さんの尻尾が、ふわりと揺れると、律君の手首の数珠が弾け飛んだ。
石が粉々になって、パラパラと地面に落ちた。
「なっ……」
さすがに律くんも驚いた。
再び、下弦さんの尻尾が揺れる。
サクラとタチバナは、弧を描いて下弦さんに飛び掛かったけれど、下弦さんの周囲の風に軽くいなされて届かない。
ボオっと青い炎が、地面から湧き上がり、私と律くん、サクラたちを分断する。
律くんの周りの炎が一番高く燃え上がって、顔の辺りまで達している。
偽物の炎かと思ったけれど、実際にすさまじい熱風を感じた。
火炎が火の粉を巻き上げてチリチリと音を立てる。
「律くん!」
「ほな、行くで、まほろ」
下弦さんが、ポンっという音とともに、また人間の姿に戻った。
移り変わっていた瞳の色が、朧さんと同じ完全な金色になっていた。
微笑んで私の手を引く。
「まほろ!」
律くんが叫びながら、炎を横切って、私に手を伸ばす。
律君の布袍の袖に火が燃え移った。焦げた臭いが立ちこめる。
「律くん!」
私は、思わず律君の方へ走った。
(律くんを助けなきゃ!)
それしか考えていなかった。
無策で飛び込んだ私の花嫁衣裳も火にあぶられる。
「まほろ!」
今度は下弦さんが叫んだ。
シュ! と音がして、炎が消えた。
律君の布袍を確認する。
幸いなことに、燃えたのは黒衣の一部で、下に着ている白衣までは燃え移っていない。
「大丈夫?」
「ああ……」
「何や、まほろ、わしを振り切ってまで、犬のもとに走るとは……妬けるわ」
下弦さんは口をへの字に結んでいる。
「せっかくの婚礼衣装も、燃えてもうたな」
下弦さんの言葉に私は、自分の姿を見る。
確かに真っ白だった着物は、焦げてすすけてしまった。
「人間がすぐ焦げるんを忘れとったわ。ちょっと脅かすつもりやっただけやのに。それじゃ祝言上げられへんな」
下弦さんは、悔しそうに顔をしかめた。
「まあ、ええわ。満月はまたある。もう一回出直してくるわ」
私は慌てて叫ぶ。
「下弦さん! 何度来てもらっても、私一緒に行けません」
「何でや? わしより、その犬が良いっていうんかえ?」
「ええと……そうです。人間が……律くんが良いです」
「まほろ……」
律くんの声がわずかに震えた。
下弦さんは、しばらく無言で考えていた。
「わかったわ」
「え?」
下弦さんが拍子抜けするほど素直に引いてくれて、私と律くんは顔を見合わせた。
逆に調子狂いそう。
「ほな、まほろがきゅんきゅん? するくらい、わしもっとええ男になってくるわ! 犬なんか気にならんくらいにな。花嫁衣装も、もっとええの持ってくるし!」
「下弦さん……」
「千年後でいいぞ」
そう言った律くんの体は、緊張が溶けて崩れかけてるみたいに見えた。
私たちの脱力をよそに、下弦さんはご機嫌で行列を引き連れて帰っていった。
白い光の帯が、夜の空に消えていくさまは、とても幻想的できれいだったけれど、私たちは、それを楽しむ余力もない。
「布袍、燃えちゃったね……」
私は、社務所の玄関先に座り込んで律くんを見た。
火傷とかしてなくて良かった。
サクラとタチバナも無事で、今は私たちの足元で静かに寝息を立てている。
守護として小さい身体で頑張ってくれた。
「まほろの衣装もな。今回は燃えて良かったけど」
「そうだねえ。こんなことで花嫁衣装着るなんて想定外だったよ」
律くんは、じっと私の衣装を眺めて言った。
「いつか、まほろが選んだ相手と……いつかちゃんとさ……」
「そうだね。できるかなあ」
私が言うと、律君は、何か想像しているように空中に目線を送った。
二人で並んで見上げた空には、大きな満月が輝いていた。
その光を割くように白い霧のようなものが、横切っていった。
きつねのよめとり(完)
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。次回、律兄編です。




