5・バイト
今日の授業も全て終わり、生徒達は次々と帰っていく。零華も例の漏れず、帰り支度をする。
「お~い零華。帰りに孝明と一達とゲーセン行くけど、お前も来るか?」
修兵がゲーセンに行くのを誘ってきた。零華が目を向けると、修兵の他に向井 孝明、大崎 一の二人も手を上げている。
因みに修兵が灯里にどう謝罪したのかは不明である。
「ごめん。今日はバイトだから、また今度!」
鞄を持ちながら零華が丁重に断る。
「そっか…じゃあまた明日な!」
「うん。ごめん」
零華は修平達に詫びると、足早に教室を出て行った。
「…アイツ、俺達と同じ中二なのに、もう働いているんだよな…」
孝明が去った零華について呟く。
「アイツは親父もお袋も居ないから、自分で何でもやっているみたいなんだ」
修兵が言った。修兵は零華と親しい為に、零華からある程度だが話は聞いていた。
「でも凄いよ、零華は…」
一が口を開いた。
「何がだ? 一人で何でもやっている事か?」
孝明が返す。
「それもそうだけど、知っているでしょ? 去年の零華の成績…全て学年トップだったじゃないか…」
「確かに…容姿は美少女風男子でバイトしながら、学年首席を維持するなんて…完璧過ぎだろ…どっか弱点見つけたくなるな…」
何故か最初は称賛の言葉だったが、最後はあくどい表情を見せながら言う修兵だった。
※ ※
カランカラン
「いらっしゃいませ♪」
穏やかな笑顔で、扉のベルの音と共に入ってきた来客を迎えるのは、制服の上着を脱いで、ワイシャツの上からエプロンを着た零華だった。右目には学校の時と同じ布が巻かれている。
「おっ! 零華君、今日はシフトに入っているんだ」
「はい、そうなんです」
来店した客に愛想よく応じる零華。
「じゃあ何時ものお願いしようかな」
「分かりました。少々お待ち下さい!」
そう言うと零華は、店のカウンターに入って行き、其処に置いてあるコーヒーミルを使って、豆を挽き始める。
「零華君の作ったコーヒーは、凄く美味しいからね」
先程の客が呟いた。
「本当だね。マスターも良い子を雇ったよ」
他の客が同意する様に言い、その店の店長‐マスター‐の方に顔を向ける。
「そうだね…中里君に紹介してもらった子だけど、ホントに雇って良かったよ」
初老のマスターも同意する。
「まあ零華君は女の子みたいだから、僕達みたいな男しか来てくれなくて、残念かも知れないね」
客の一人が言うと、店内に笑う声が響き渡った。それに対して零華は、学校の時とは違い、苦笑いするだけで、豆を挽き続けた。
※ ※
零華が今アルバイトをしている店は、勿論喫茶店である。
本来中学生である零華は、アルバイトを行う事は許されないが、家庭の事情により学校側から特例として認められた。学年首席の成績を維持しているという理由もあるが。
アルバイトの許可を貰った零華は、早速アルバイトを探したが、現役中学生ともあって、雇ってくれる所は無かった。困り果てた時に理奈の父親、即ち中里弁護士がこの店の紹介をしてくれた。
中里弁護士は自身が中学の頃から、この店に良く通っており、マスターとは顔見知りだった為に、信頼して零華を紹介する事が出来た。
中里弁護士の紹介ともあって、マスターは直ぐに零華を雇ってくれた。その際に二つの事があった。
一つは零華の右目の布の事である。流石に仕事中は外そうか考えた零華であったが、事故の話を聞いたマスターが、そのままで良いと言ってくれた為に、そのままでいられる事になった。
もう一つはお約束的な事…零華を女の子だと思っていた。
零華を雇った事により、マスターにも良い事が起こった。零華の容姿が噂になって客が増えた。見た目は絶世の美少女の為に、男性客が多くなったのだ。元々男性客が多い店であったが。
そして更に、零華の作ったコーヒーは凄く美味しいらしく。態々遠くからも来店する客も増えた。
こうして零華は、此処で働いて収入を得る事が出来た。
尚、修兵達もたまに来るが、最初に来た時に、『メイドさんの格好をしてくれれば良いのに』と言った為、零華は『じゃあ秋葉原にでも行け!』と返したのであった。
カランカラン
カウンターを布巾で拭いている時、再び来店のベルの音が響いた。
「いらっしゃいませ」
そう言いながら顔を向けると、其処には理奈が居た。
「来ちゃった♪」
ご機嫌な表情で理奈が言った。そして零華の真ん前の席に座った。
「何になさいますか?」
営業スマイルで、理奈に接客する零華。
「何で接客スタイルで相手をするの? 別に私なんだから良いじゃない。前にマスターが言ってたでしょ?」
「…分かったよ。それで何にするの?」
観念したかの様に、何時も口調で尋ねる零華。
「零華の入れたコーヒー♪」
「はいはい」
注文を受けた零華は、先程と同じ様にコーヒーミルで豆を挽き始めた。やがて出来上がったコーヒーをカップに入れて、ソーサーに乗せて理奈の前に出した。
「お待ちどうさま」
「ありがとう」
理奈はコーヒーをソーサーごと持ち上げて、まずコーヒーの香りを堪能してから、カップに口を付けてコーヒーを飲んだ。
「うん、やっぱり美味しいね。零華の入れたコーヒーは」
「どうも…ってか今日は空手の練習は無いから、麻美と千秋と帰ったんじゃないの?」
「う~ん…まあ二人共『ある条件』で、此処に一人で来るのを認めてくれたんだ」
零華は理奈の言った『ある条件』が気になったが、それを聞く前に理奈が話を進める。
「それはそうと…零華今日バイトが終わったら、ウチにご飯食べにおいでよ! さっきお母さんに聞いたら良いってさ」
「ええっ…!?」
「何? 嫌なの?」
やや睨むような目つきを理奈にされ、零華は慌てる。
「い、いや…そうじゃなくて…この前も行ったから、そんなに頻繁に行ったら悪いと思ってさ…」
「お父さんもお母さんも、構わないって言っているよ。私の家族からしたら、零華も家族みたいなもんなんだよ」
「……」
理奈に当たり前の様に言われ、零華は一瞬目頭が熱くなった。
「だからさ…おいでよ」
「…分かったよ」
零華は理奈の申し出を受け入れる事にした。理奈は笑顔で応じて、その様子をマスターや他の客も温かい眼差しで見ていた。
「何だ零華君…理奈ちゃんは彼女さん処かお嫁さんにみたいになっているじゃないか」
客の一人に言われて、零華と理奈は顔を赤くして慌てる。
「ち、違いますよ! 理奈にとって僕は、いも…弟の様なもんなんですから!」
慌てて弁解する零華。さり気なく学校で言われた、『妹みたい』という言葉で、反射的に『妹』と言いそうになったが、慌てて訂正したのであった。
その後マスターの気遣いで、予定より早く上がる事が出来て、零華は理奈と共に、理奈の家に向かった。
美少女風男の子がバイトしていたら、その店は大人気でしょうな…。
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