愛が重い
sideクレア
「ワタシの領に土足で踏み込んで、よく生きて帰れると思ったわねお馬鹿さん?」
「知らないわそんなもの? ただ殺しに来ただけだもの、どきなさい?」
なんだかリリスと侵入者が争っている。それはそうとサリアに会いたいが、その前にこうなった流れを振り返るべきよね。うん。
時を巻き戻して三日前、私はお兄様に縛られて魔族領に運ばれ、用意された部屋のベッドに転がされていた。理由は簡単、サリアに会おうと狭間に行こうと試みたのをお兄様とアリス先生に見つかり拘束されたからだ。
「離しなさいよ! どこにも行かないからコレを解きなさい! ていうか縛り方がイヤらしいのよ! さっきから縄が食い込んで痛いわ!」
「しばらくその体制でいてくださいクレア様。その方が暴れられないでしょう?」
「ならせめて縛り方を変えてよ。一国の王女を亀甲縛りだなんて、お兄様はどうかしてるわ」
『そのような事を私に言われても・・・。』みたいな顔をしないでサツキ。あなたが私の事を友人と思っていないのは知ってるけどこれ本当にきついんだってば。もう大人しくするからとにかく自由にさせて欲しい。
「ついでに何か飲み物持ってきてちょうだい。紅茶がいいわ」
「いけません。尿が早くなってしまいます。その体制だと御手洗にも行けないというのにそのようなものは駄目です」
「アンタがついてくればいいでしょ。ほら、さっさと縄を切りなさい。これは命令よ」
「私はクレア様にお仕えしてるわけではありません。よって頼みを聞く道理も理由も無いのです。というか、魔術でお切りになられたらよろしいのではないのですか?」
その手があったか・・・。風刃を生み出して縄を切る。自由になった瞬間、私に猛烈な尿意が襲いかかって来た。そういえば、ここに来るまで一切行っていなかった。これは大まじめに緊急事態である。
「お手洗いの場所・・・。教えなさい」
「部屋を出て階段を降り、エントランスを抜けたところを二回右に曲がった所の突き当りをさらに・・・」
「あんたわざとやってるんでしょ!! ・・・お願い、限界なの。連れて行って、お願い」
「わかりました」
長台詞を聞いている場合ではないのでもうプライドも何もかもぶん投げて懇願した。漏らすくらいならその方が圧倒的にマシよ。うん、きっとそうに違いない。サツキは私を背負うと、そのまま歩き始めた。
「あ、あまりゆらさないでね・・・。本当にヤバいから」
「わかっておりますとも。まあ、耳元で五月蠅くされたら全力で上下にゆすって差し上げますが」
「絶対にやめなさい。一生恨むわよ!」
この後、九死に一生を得ることができた。最悪の事態は何とか回避できたみたい。あと数分おくれてたら本当にヤバかった。
「ありがとう。助かったわ」
「いえ、前にもサリアが同じような事を言っていましたから。その時にもこうやって運んであげたので」
むっ、得意気にいいおってコイツ。そういえばサリア、しょっちゅうこの子の家に泊まりに行ってるって言ってたわね・・・。しかも、学校でもよく一緒に行動してるし昼食はいつも二人でどこかに姿を消しているんだもの。アイツの最初の友達は私だってのに。
「へぇ、そんなに仲良いのね。私はサリアと修行したり色々してるけど」
「修行なら私も付き合ってもらったことがありますね。レーギャルンは私が本気で切っても死にませんし、普通に対応してくれますからね。彼女も快く引き受けてくれるので気持ちよくできています」
「ふーん。まあ、私は毎朝馬車で一緒に登校してるし」
クレアは若干眉をひそめてこちらを見てきている。これは向こうもこっちに嫉妬しているのか?と思ったのは束の間こんな事を言って来た。
「・・・失礼ながらクレア様。そのことなんですが、レーギャルンは流石に馬車は大げさだから私まで載せるのは勘弁して欲しいと昼食の時に言ってましたよ? なんでも、私は正式に王族という訳でもないから特別扱いしないでいいだとか」
「・・・そんなの知らないわよ。だいたいサリアがそんな事いうわけないでしょ」
「いや、レーギャルンが言うには王族でもないくせになんでアイツがおね、オホン。クレア様と一緒に馬車で来ているの?何様のつもり? みたいな視線に晒されたりするのは疲れるのだそうです。彼女は絶対に言わないのでこの場で言わせていただきました」
「アンタ喧嘩売ってんの!? あいつは魔法使いよ? そんな事でどうこう思う訳ないじゃない! ああ、さっきの事はお礼しかないけど、その点についてはカチンときたわ!」
「レーギャルンは確かに化物じみた肉体をしていますし、有事の覚悟は決まってますけど日常での精神は割と普通の少女のそれです。現に、クラスでのクレア様には近づいてこないでしょう?」
確かに、私が昼食に誘ってもそそくさとどっかに逃げていく。大体は周りに他の貴族の子女がいる時に誘っているのだが、あの子はそこまでコミュニケーション能力低かったかしら?それに、あの子はただの貴族より立場は上のはずなのにわけわからない。
「たかが木っ端貴族どもの何が怖いんだか分からないわ。サリアならいくらでも腕っぷしとかで何とでもなるのに」
「その思考が間違ってます。というか一国の王女が言っていいセリフじゃ無さすぎます」
「あーもううるさいわね! さっきから説教臭く言ってくれて! あんたは私のなんなの!? 何様のつもり!?」
「少なくとも友人ではありませんね」
もういいあったま来た。こんな奴と同じ部屋に居られるかっての。相当腹が立っていたので立ちながら椅子を後ろに蹴り飛ばし、勢いよくドアを開けて飛び出した。・・・はいはい、無反応なのはわかっているわよ。
sideサツキ
「何歳児だあの方は・・・。いや、ムキになっていたのは私もか」
・・・・・・しまった。これは私の立場がまた酷い事になるのでは・・・。この事が母上にバレたらと思うと恐ろしくてならない。違う違う、何故保身に走っているのだそういうところだぞ私!
「しかし、今は放っておくべきか。あの方は多分かなり拗らせるお方だろうから、ほとぼりが冷めるまでは別の事をしておこう」
レオリック様に手合わせとかお願いできないだろうか。いや、場所も分からぬ上に避難という名目で領主殿の屋敷に泊めていただいている身である。わきまえなければ。
「このような時にレーギャルンがいればいいのだが」
「私では役不足か?」
「ひゃっ!? れ、レオリック様、なにゆえこちらに?」
今のはいささか驚いた…。らしくもなく悲鳴を上げてしまうとは、一生の不覚。それにしても本当になぜここに来られたのだろうか。
「なに、妹がすごい剣幕で走り去るのを見たからな。何か地雷でも踏んだのか?」
「サリアの話をしたのが悪かったのだろうか。それくらいしか考え付かぬ」
「なら、そうなのだろう。後はお前が不必要に煽るように言ったとか、だろうな」
彼がそう言われるのなら、そうなのだろう。確か調べが合ってればこの方は過去を見ることができたはず。物知り顔でこちらに話しかけてこられたのもきっと先程の一部始終を見られたからに違いない。そうして、私の所に来られたわけか。
「まあ、多少はそのように言ったが、必要な事を行ったにすぎん」
「それもわかる。わかるが、言い方に問題があったという事だ。冷静になればわかるだろう?」
「・・・納得はしかねるが、わかった」
「うむ。そうだ、この後茶でもどうだ? クレアはリリス殿の元に行ったようだし、そちらで発散するだろう。お前も少しは発散しておけ、魔法使いの少女を心配するのは分かるがどうこうできるわけではないだろう?」
「そう・・・だな。ありがとう、レオリック様」
私自身もサリアが消えて結構参っていたのかもしれない。でも、そういって優しく微笑んでくれて少ししこりが取れた気がする。気づけば、私も微笑んでいた。レオリック様は面食らったようなばつが悪そうな顔をしてサッと顔を逸らしてしまったが、私の笑顔はそんなに怖いのだろうか。
「どういたしまして。さて、良い物を見れたことだ。一服するか」
「ああ、そうしよう。それがいい」
レオリック様の後について行き、私は少々遅めのティータイムを取ることに
「くっ!」
「ぐうっ。何事だ!」
なる訳もなく敵襲だ。まったく、私は呪われてでもいるのか? ひとまず事前に察知できたのでレオリック様を抱えて床に転がって回避できたが、今のは完全に私たちを。というよりはレオリック様を殺すために放たれた魔術だろう。属性は風だろうか?
「レオリック様、私の後ろに。そして離れないように」
「わかった。可能な限り自衛はするが、後は任せる。徒手空拳でどこまでやれる?」
「相手の出方次第だが、貴方が逃げ切るまではやって見せる!」
よし、レオリック様は自分に防護魔術を展開して移動を始めている。避難経路は恐らく把握済みなのだろう。私もある程度応戦したら彼の後に続かなければ、間違いなくジリ貧に追い込まれるのが落ちであろう。
「どきなぁ小娘ぇ・・・。オラはおめえじゃなくて後ろさ男に用があるんだぁ」
「鼻息が荒いぞ、何者だ」
「へへへ、武器も持たずにぃ何か、できると、おもっているのかぁ?」
「言葉が通じぬか。仕方ない、私も急いでいるのだ。手早く終わらせるぞ」
襲って来た謎の影は全身を金属鎧で包んだ巨躯のオーク。言葉は話せていても意味が通じているのかは分からぬ。手早く終わらせるとは言ったものの、あの鎧を私の手で穿てるのかが問題だ。
「GUAAAAAAAAAAAAA!!!」
私の背丈の二倍はある大棍棒を構え、かなりの速度で敵は突進してくる。咆哮には微塵の知性も感じ取れず、ただ野の獣のよう。ならばそれを打ち砕くのは人の拳。長きにわたり研鑽され続けられてきた技術の結晶である。
「破ッ!」
「GAッ!?」
震脚、そして突進してくる敵に肘撃を当てる。相手の勢いも利用し、鎧を半壊させるほどのダメージを与えることができたが、見様見真似の八極拳ではこの程度が限界か。私の腕と足にも負傷こそないが魔術で回復しないと同じ一撃は流石に撃てない。ヤツはそれなりの距離吹き飛んでいるので、今のうちに撤退しよう。ただし、背後への警戒は怠らずに。
「ぐおっ! お前、何をおおお!」
「もう追って来たか! もう少し寝ていろ下郎!」
廊下を走り、逃げていたがもう追いかけて来たか。相手は瓦礫を投げつけてきているが、まあ当たることはない。オークは屋敷を破壊しながら突き進んでくるが、私の方が速い。何か武器があれば一刀のもとに切り伏せてくれるのだが、おっと危ない!
「魔術か!」
風だけでなく氷まで使うのか! 足元を凍結するなどの知恵は回らないようだが、流石に弾幕もかくやというレベルでばらまかれては回避だけでは耐えきれない!
「いや、狙いは甘い。割と余裕を持って逃げ切れそうだ」
その後、紆余曲折はあったが何とか逃げ切れた。レオリック様が通った経路をそのまま通り、エントランスの裏にある隠し通路に出た。しかし、その次に私が目にしたのは衝撃の光景だった。
「すまない、触手に掴まった! くっ!」
「何があったらそのような事になるのだ!?」
「あら。お気に召さなかったのかしらん? あたしはそそるわよん! 敵じゃなかったら嘗め回したいくらい!」
男の癖に物凄くキツイ女物の化粧を施し、やけにくねくねした格好のおぞましい人間がレオリック様を謎の触手生物に捕らえさせたらしく、何故か情欲に染まりきった目で彼を見ていた。しかも、どこぞの春画のように触手から出る液体に服が溶かされており、何とも言えない状態にされていた。
「頼むサツキ、ソイツだけは速く倒してくれ! 俺の貞操がおかしなベクトルにヤバい! 武器はやるから!」
今まで見た事が無いレベルで狼狽したレオリック様がかろうじて伸ばせた腕から私に武器を投げ渡してくれた。
「筒でどう戦えと!?」
渡されたのは装飾が施された鉄製の筒。魔力を練りこまれていることは分かるが、一体こんなものをどう使えというのだ。訳が分からん、せめて短刀でもいいからそちらを渡して欲しかった。
「魔力を流せば刃が展開される! それで叩き斬れ! 速く!」
「釣れないわねぇん。そんなに怒鳴っちゃったらいい男が台無しヨン?」
「はぁ。叩き切る前に名を聞こう。変態、汝は何という?」
本当は名も聞かずにさっさと切り捨ててやりたいが、一応礼儀だ。礼儀は大事だからな。まあ、魔力は筒に溜めておこう。
「アタシ? アタシはね、ゆみこっていうの♡ チュッ♡」
「相分かった切り捨て御免!」
「ぎぃぃぃぃぃやあああああああ!」
腕切ったのに何故いまだにくねくねしているのだ! ああもういい、最初からこうすればよかったのだ。
「受けるがいい!奥義『九重桜』九重桜!」
魔力刃と実体剣の違いはあれど、その剣閃に狂い無し。繰りだしたのは目にも止まらぬ九連撃。私の流派に名は無いが、確かに技は私に受け継がれている。父上や始祖様が繰り出す技ならば、魂もまとめて切り捨てることができ、もっと制度も高いのだが未熟故にまだこの程度の技しか出せない。
「・・・まだまだ修行が足りぬな。レーギャルンにも及んでいない」
「余韻に浸るのはいいが、とりあえずこの触手を取ってくれないか?」
「承知した。これで十分か?」
「ああ、後は手頃な布を頼む。服が溶けて無くなった」
・・・頼むから股間だけは隠して欲しい。そう思いながら布を調達しに行く私だった。




