ダンジョンの中、少女二人
「う、うう……」
また地下に墜落したらしい。落下の衝撃で一応身に着けていた防具は砕け散っているが、動くことはできそうだ。
「はぁ、絶対にメリッサさんに怒られるやつですね、これ。ああ、クレアさん起きてください」
まあ、落下したり転がったりしたので、私の衣服はぼろぼろになっていた。所々に穴が空いており、何故か胸の谷間が露出している。
「うーん、サリア? ここはどこ?それに、なんでそんな恰好なの?」
「また落ちてきたんですよ。格好はあなたのせいですからね」
頭を抑えながらクレアさんが起き上がってきた。よし、外傷はなさそうだ。
「ぶっちゃけグレースさんの手を借りたいですけど、無理でしょうね・・・」
「なんで…ああ、確かにあの方なら絶対に手は貸してくれないわよね」
グレースさんのスタンス的に間違いなくノーを突き付けられると思う。基本的に自分の気まぐれか、世界のバランスを崩しかねない時、または私がギリギリまでやっても無理だった時にやっと力を貸してくれるといった感じなので、まだやれることがある以上絶対に手も貸してくれないし、アドバイスも行き詰った時くらいにしか貰えないのだ。ちなみに、勉強や修行となると別らしく、そっちは嬉々として教えてくれる。今回の場合は普通にやれることがあるので、そもそも助力を願うこと自体が間違いなのだと思う。
「取り敢えずダンジョンに私も入りますか・・・」
「行ってくれるの!?」
「行かないとまたごねるんでしょう?いいですよ、ただし私のそばか私のそばから離れないでくださいね」
「はーい!」
足跡を辿り、再びダンジョンの前に立つ。今度は門前立ち止まることは無く、その暗闇の中に私達は足を踏み入れていった。
ダンジョンの中は暗闇に包まれており、一寸先も見えない。一切の音はせず、カツン、カツンとただ私の足音が反響する音だけが響いていた。
「ほっ」
自分の周囲に数個の火球を浮かべ、周囲を照らす。壁と床は同じ素材でできているが、少なくともただの石材では無いという事だけしかわからない。罠がありそうな痕跡すら無く、ただひたすらに真っすぐな一本道が続いていた。そのまま通路を歩いて行くと、急に開けた場所に出た。
「道がいくつかに分かれてますね」
「そうね」
前方に二つ、左右にも二つと、計六個の道がある。
「このいずれかに誰かは進んでいったわけですけど、なにか目印か痕跡は残っていないかをまずは探してみましょう」
流石に一発で正解の道に入れるようなことが起きたなどとは考えにくいので、それぞれの壁面か床あたりに目印でも残していないかなと思い、探してみることにした。
「まずは左から行きましょうか」
「……そうねー」
左の道に向かって行く。二つの道が見えるが、この近くに何かしらの痕跡は…無し。床にも壁にも怪しげな部分は無かった。
次、右の道に行ってみる。
「あれは・・・×マークでしょうか?」
「そうみたいだけど、むぅ…つまんないわね。もっとダンジョンって色々な魔物とかが出てくるイメージだったんだけど」
私から見て、左側の道の床に、光で照らしても薄っすらと見えるくらいだが、×マークが彫ってあった。クレアさんは、自分で行きたいと言っておいてめちゃくちゃつまらなさそうだ。
「これは・・・よくわかりませんね」
「とりあえず行ってみましょうよ。何かあるかもしれないし」
「あっ、ちょっとクレアさん!?」
行くか行かないかを迷っている場合では無い。クレアさんが一人で駆け出してしまったし、謎の集団とクレアさんが出会ってもアウトの可能性が大きい。それに加えて、まだ私は出会っていないとはいえ、その集団が魔物に襲われている可能性も否定できないのだ。
「遅いわよ!さあ、行きましょう!」
「待っててくれるのはありがたいですけど、勝手に進まないでくれますか?罠かも知れないんですよ?」
早速二人でその道へと歩みを進めていく。☓の付いているところから一歩踏み出した矢先だった。急に足元の感覚が無くなったかと思い、下を見てみると穴だった。
「ほら、言ったそばから罠じゃないですかぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「また落ちるのー!? さっきみたいに受け止めなさいよー!」
穴の縁に掴まろうとするが、縁にはいつの間にか油が染み出しており、掴むことができなかった。なのでそのままボッシュートという感じで下に下に落ちていく私達であった。
「取り敢えず減速!」
前回の落下時と同じように、炎を手足から地面に向けて放って減速していく。一度目とは違い、今回は無事に着地できた。
「よっと、大丈夫ですか?」
「ええ、ありがとう」
勿論、クレアさんも受け止める。体制的にはお姫様だっこになっているが、彼女はリアルにお姫様なのだから問題は無いだろう。現に彼女も全く動じてないし。まぁここがどこなのかはさっぱりわからないし、未だに人が通った跡すら見つからないどころか、ダンジョンなのに魔物の一匹すら見つからない状況が今も続いている。時間ばかりが刻一刻と過ぎていく中、ようやく手がかりを見つけた。
「これは…人の死体ですね」
「うわぁ、中々にグロいわね…。平気なの?」
「ええ、実際に殺したことは無いですけど、大丈夫です。でもクレアさんの方こそ大丈夫ですか?」
「ええ、王女である以上は、ある程度の戦闘力も必要ってのがこの国の王家の鉄則ってことで、盗賊の討伐とかについていかないと行けなかったからね。そこで見慣れたの」
周りに飛び散っている血を見る限り、ついさっき死んだんだと思う。彼は恐らく兵士だったのだろう。板金でをつなぎ合わせた鎧を身に纏っている。この国の兵士の鎧では無いことは明らかなので、他国の人間が侵入していたことは確定のようだ。
「でも、鎧がひしゃげていますね。特に胸部は完全にお腹と背中が合わさってますし…内臓も横から出ちゃってますねぇ」
「何死体の批評なんてやってるのよ。さっさと進みましょ」
と、死体の様子を確認している場合ではない。問題は彼は一体何に殺されたのかということだ。
「でも、あの時足跡は他にも何人か分はあったからまだ生存者はいるはず。そして、彼以外の血痕がない以上ここに来たのは私と同様に落下してきた可能性が高いってことですよね」
「いや、普通に別の道から来たんじゃないの?そこの男は確かに私達と同じかもしれないけど、他の兵士がいるのなら多分そうだと思うけど」
つまり、この兵士を殺した何者かが近くに潜んでいるということだ。
彼の亡骸を置いて先に進むと、広間に出た。この場所だけなぜか周囲にランプの灯が灯っており、少し薄暗いが魔法で照らさずとも十分な明るさを保っていた。そして、眼前に広がる凄惨な光景を映し出していた。
恐らくさっきの兵士の仲間であろう兵士たちが、バラバラに切り刻まれた状態で辺り一面に転がっていた。人数で言うと十五人くらいだろう。
「誰か、たすけてくれ・・・・・・」
小さい声だったが、何とか聞こえた。どうやらまだ息がある人間がいるらしい。色々と聞き出すべきことがあるので、彼の息の根が止まる前に何としても見つけないと。私はピチャピチャと血だまりを歩きながら、声の主に向かって呼びかける。
「何処にいるんですか!教えてください!」
「あっちよ!早くしないとあの人も殺されるわ!」
「それって?」
「未来を視たからよ!」
急いでそっちに駆け寄って、クレアさんが指差している人物に駆け寄った。
「はやく、たすけて・・・」
見る限り五体満足なのは間違いないが、死体に押しつぶされて身動きが取れないでいるらしい。ただし、四肢は無事とはいえ出血は中々多いので、一刻も早く引きずり出して治療を施さないと死んでしまうだろう。
「わかりました!今死体をどかしますから!もう喋らないでください!」
心の中で謝りつつ、彼の上に覆いかぶさっていた死体を放り投げる。そして、彼の身を起こして壁に寄り掛からせた。
「腹からの出血が大きい・・・ちょっと痛いですから、これでも噛んでおいてください!」
そう言って私は、ポーチの中に入っていたハンカチを取り出して彼に噛ませる。
「な、何をする、むぐぅ!」
「火で傷口を無理矢理癒着させて一旦止血します!舌を噛んだり、大声で叫んであなた方を襲った何者かを呼び寄せてもいいならどうぞそれを口からお外しください!」
そう怒鳴りつけると、一気に顔を青ざめさせて必死にハンカチを噛む。魔法を発動させて彼の傷を繋いでいく。苦しそうな呻き声が聞こえてくるが、無視して作業を終える。
「これで大きな出血は大丈夫です。でも、ここは危険なので一旦この広間から出ますよ」
「ああ・・・でも、まだ一人じゃ満足に歩けそうもない・・・肩を、貸してくれないか?」
「わかりました。クレアさん、私は見張りをしますから安全なところに運んであげてください。 私も後ろからついてきますから」
「わかった。じゃあ、ちょっと我慢しなさい?」
ここで断っても見殺しにするだけだ。クレアさんが男に肩を貸してやり、広間から出て先程の通路まで戻っていく。入るときは気づかなかったが、最初の部屋にあった道と同じ六本の道があった。だが一旦それは心の隅にとどめてから、元々来た道に入り、そのまま進んで行く。
「ここで一旦下ろすわよ」
「ええ、ついでに回復してあげてください」
穴から落ちてきた場所まで戻ってから彼を一旦降ろした。
火球を浮かべているので、明かりは十分だろう。ただし、下手に私以外が触れると、触れた側が消滅するという仕様だが。
「ありがとう・・・でも、君は凄いな。腹の傷が綺麗に消えている。どんな魔術を使ったんだ?」
「普通の回復魔術よ。 サリアのやつよりはずっと安全だから」
「あはは・・・まあ、私の魔法なんてただ危険な物ですからね」
「・・・そうか、それは助かった。ありがとう」
「どういたしまして。命が助かって何よりです」
情報を聞き出すためとはいえ、助けることができたのは良かったし、礼を言われて嫌な気はしない。
「ああ、ところでお嬢さん。さっき魔術じゃなくて魔法って聞こえた気がしたんだが、どういうことだ?」
あ、まずい。と思ったら、既にクレアさんが魔術を発動させようとしていた。目は完全に据わっていて、完全に殺す気満々だ。
「よし、消しましょうか。今ならろくに動けないでしょうし、いいでしょ?」
「おっと待ってくれ!何も言いふらそうってわけじゃない。あくまで俺の興味本位で聞いてみただけなんだ。だからそんなにえげつない殺気を向けないでくれ!」
「クレアさん、殺すのは色々聞きだしてからでもいいじゃないですか。取り敢えず話くらいは聞いてあげましょう」
「しょうがないわね。じゃあ、目的と知ってることを全部吐きなさい。殺すか生かすかはそこで判断するわ」
ここで彼を殺したら情報も聞き出せないままに再びダンジョンをさまよう事になるところだった。
傍から見たら私たち二人が完全に悪役だが、ここには傍目なんて存在しないから気にしないことにする。
「と、いうわけで質問するからきりきり話しなさい。まあ、自分から話してくれるのならありがたいんだけどね。ああ、もちろん拒否なんてしようものなら」
そう言ってクレアさんはこちらを軽く一瞥する。軽く炎を手から出しておくが、完全に悪党のやることだ。ちょっと可哀そうになってくる。
「いきなり脅しかよ。普通は自己紹介とかからだと思うんだけどな」
「何言ってるのよ? こっちが助けてあげたのにそっちが条件なんて出せるわけないでしょ。ほら、さっさと話しなさい」
うーん、ここはクレアさんに任せたほうが良さそうだ。彼が洗いざらい話してくれるのならば、憲兵に突き出さずにグレースさんに何とかしてもらえるように頼んでみるのもありかもしれない。
「ああ、お嬢さんは命の恩人だしな。だが、俺からも二つ条件というか頼みがあるんだ。図々しいとは分かっているんだけどな」
「話次第ね。 あなたの話を聞いてから決めるわ」
「じゃあ、まずは一つ目だ。俺もお嬢さんに同行させてもらっていいか?傷は治ったが、まだ戦えるほど体力も魔力も回復していないんだ。ここで置いて行かれたら間違いなく死んじまう」
「ま、それくらいならいいわよ。見る感じこの国の人間じゃないし、憲兵に突き出さないといけないしね」
「そして二つ目。首尾よくここから脱出できたら、俺がヴェルディに亡命できるようにしてくれないか?どっちみちお嬢さんは、ここから出たら俺を捕まえて憲兵あたりにでも突き出すつもりなんだろう?それなら他国の冒険者とかなんとか理由をつけて亡命させてくれればありがたい。まあこれはできたらでいい。無理なら憲兵に突き出してもらっても構わないさ」
できるかできないかでいえば、多分できる。要するに彼を憲兵じゃなくてグレースさんに突き出せばいいのだが、問題は彼が国でどれくらいの実績を残していたのか、どれくらいの能力を持っているのか。あとは、クレアさんを説得できるかだ。
「それは・・・とりあえず自己紹介してもらってもいいですか?できれば役職までお願いします」
「それはいいが、まずはお嬢さん達から頼む。いつまでもお嬢さんて呼ぶのは面倒だからな」
むう、しょうがないか。
「私はサリア・レーギャルン。十四歳です。お察しの通り魔法使いです。使える魔法は『終焉』。炎の形で表れてますけど、触れたら存在ごと強制的に消されるんでその火球には絶対に触れないでください。家族は無くしてて、今はグレース・クロノスフィアの養子として引き取られてからヴェルディに住んでいます」
どうせバレているからと、魔法のことも含めて事細かに自己紹介してみた。案の定、聞いていた彼は唖然としていた。
「ちょっと待て、その、グレース・クロノスフィアってあのヴェルディの初代女王でいいんだよな?今は離宮に住んでいるっていうあの」
「はい、その人で会ってますよ?」
「マジかよ! てことは嬢ちゃん、いやサリアちゃんは王族なのか!こりゃあ驚いたぜ。いや、魔法使いならば同じ魔法使いの元にいた方が安全なのかもな」
「じゃあ、次は私かしら」
クレアさんが男に向き合い、はっきりと言った。
「私はクレア・ヴェルディ。 この国の王女よ」
開いた口が塞がらない様子で茫然とこちらを見ているが、気持ちはわからなくも無い。
「それで? あなたは何者なんですか? 亡命云々はあなたが何者かにかかっていますよ?」
相手が呆然としている今の内に先を促してみる。まあ、おかしな事を考えてる場合も十分あり得るから、そこは警戒しておかないと駄目だろう。
そうして、男は割と彼の命がかかった自己紹介を始めた。
「俺の名前はノア・レギンレイヴ。隣国のハルシオンで最年少で将軍にまで 駆け上がった男だ。 歳は二十五歳。ここに至った経緯はサリアちゃんが俺から聞き出したい事にも関係するから、その時に話すよ」
その年で将軍ってことは、言うまでも無く超有能だってことだ。そんな人物が亡命したいと言っている。そして私にはその伝手があり、伝手──グレースさんもここまでの人物なら欲しがってもおかしくは無いだろうし・・・
「ノアさん、二つ目の話ですが多分大丈夫です。後でグレースさんのところに行きましょう」
「よっしゃ!恩に着るぜサリアちゃん!」
「はぁ…ちょっとでもおかしな動きを見せたり、グレース様が断られたりしたら、即刻憲兵に突き出すからね」
「了解」
ノアさんの見た目は、短く揃えた黒髪に黒い目をした長身の伊達男である。筋骨隆々で、スタイルもいい。そんな男性から笑顔でお礼を言われると、ちょっと照れる。
まぁそれはいい。いいったらいいのだ。とにかく本来聞くべきことを聞かないければ。
「じゃあ、ノアさんはなんでこの国に来たんですか?」
「そうね。大方ここがなんの場所なのかは理解してそうだし、そこも説明してもらいましょうか」
多分そこから聞くべきだろう。じゃないとこちらもわからないことだらけだ。
「わかった。まずはそこからだな? 俺はまあ、ハルシオンで最年少で将軍になったわけだが、結構無茶な任務ばかり押し付けられて辟易してた。 そんな時に舞い込んできたのが、隣国ヴェルディに眠る地下ダンジョンの探索と、その内部にある遺産を奪取するって任務だったんだ。 何でも、今度ヴェルディと戦争をするために、勇者を異世界から召喚するとか大臣が言い出してな。 そしてその勇者が召喚できたとしても、速攻で殺される可能性もあるから、それを防ぐために遺産が必要なんだとか。 最初は結構やる気があったんだが……この国に侵入するときに百人の精鋭を集めて来たんだが、なぜかさっき死んだ十五人にまで減っていてな。 それでメリッサ·ヴェルディの襲撃を受けたんだが、なんとか俺が足止めして兵士と共にここのダンジョンに辿り着いたはいいが、全員ボロボロだったわけだ。」
「なるほど、それで貴方はどうしたんですか?」
ここまでを簡単に整理すると、国からの命令で部隊を連れて侵入したものの、メリッサさんと見つかって、戦闘になったが部隊はほぼ壊滅状態でここまで来たということらしい。
「ああ、それで分岐点で仲間とバラバラになったから、一人で探索してたわけだが、そしたらすぐにさっきの広間に出たんだ。 他の奴らもほぼ俺と同じタイミングで出てきた。 その後はサリアちゃんが見たとおり、俺は重傷を負い仲間は全滅ってわけだ。襲ってきたのは双子のオーガ。 本調子ならパンチ一発だったんだが、メリッサとの戦闘でかなり消耗してたからか攻撃を避けきれずに死にかけてたわけだ。 そして今に至るってところだな」
「なるほどね…。 貴方がどこまで本当の事を言ってるのかはわからないけど、とりあえずここを出ましょうか」
「………なるほど、全く信用されてないわけか。でも、ここを出るのには賛成だ」
「というわけで、サリア!」
「はい、わかってますよ」
「ならいいわ。その男が何もしないようにしっかり見張って置きなさい。もし何かしようものなら…」
こう何回も繰り返すことで、彼が変な気を起こさないように事前に予防線を張っているのだろう。
「そうですね。 貴女に何かするのなら、勿論その前に首を刎ねますとも」
無言で何かを考えこんでいるように見えるノアさんだったが、とにかく警戒だけはしておかないと。 そう思いながら、このよくわからない迷宮の脱出を目指すのであった。




