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38 二つに結わいた女の子

「五十嵐くん! 五十嵐くんったら!!」


 ボートから降りても、俺は一言も言葉を吐く気になれなかった。

 早足で歩く俺の後ろを、吉川先輩が名前を連呼しながら付いてくる。


 あぁ、もうそっとしておいてほしい……。

 そう思っても、それを伝えようという気持ちにもなれない。


 突然俺の前に回り込み、緑の中の小道の真ん中に立って、両手を広げて俺の行く手を遮った。


「五十嵐くん! 無視しないでよ!!」


 あぁ、面倒だ。

 誰とも話したくないんだよ。


 ふいと横に顔をそらした。


 あきらめたのか、通せんぼしていた両手をゆっくり下した吉川先輩は俯いたまま立ち尽くす。


 急に元気をなくした吉川先輩に、こんな状況でもやっぱり気にはなって、視線を彼女に投げた。


 石のように動かない。



「なんなんスか?? 少しくらい空気読んでくださいよ!!」

 なんで俺がこんな事言わなきゃなんないんだ??


 すると彼女が突然、無言で思いっきり抱き付いてきた。


 何故か彼女の肩が震えている。


「ど……どうした??」

 うさぎのように小さく震える吉川先輩の体があんまりにも心許無くて、思わず支えるように抱きしめた。


「もっと、いつもみたいに感情表に出せばいいのに……! 私の前では何も取り繕う必要なんてないでしょ?」

 鼻水をジュルジュルいわせながら一生懸命話す姿に、ほんの少しだけ暖かい風が俺の心の中に吹き込んだ気がした。



「何泣いてんですか? 泣きたいのは俺の方なのに……」

 いつも強気な彼女が柄にもなくしおらしくなってる様子に、ふふと笑みがこぼれる。



 分かったようなこと言いやがって……。

 そんなに俺顔に出てるかな……。


 心配かけてしまった吉川先輩の頭を自然と撫でてしまう自分がいた。



「五十嵐くんはいつもそうでしょ……? 小学校の時だって、五十嵐くん佐伯さんにずっとくっついて回ってたけど、彼女が悠真くんの話を楽しそうにしてるとき、五十嵐くんはいつもさっきみたいな顔してた」


 俺の胸の中で吉川先輩の言葉が図星すぎて、心に刺さる。


「いつも見てたって言ったでしょ……? 五十嵐くんの事……。本当なんだから……」

 ふいに見上げた彼女の涙にぬれた瞳に、俺は変にドキドキしていた。


「私は、五十嵐くんに助けてもらって、一目惚れして……。でもいつも佐伯さんに夢中な五十嵐くんの前に私の出る幕なんてなくて……。遠くから見てるだけで精いっぱいだった……」



 吉川先輩……、本当に俺の事……?



「中学の時、五十嵐くんの事知ってる友達から、もしかしたら花宮第一受けるかもしれないって聞いて……一か八かで志望校変えて、一足先に入学したんだけど……」


 彼女の涙声に嗚咽が混じり始める。


「もし、五十嵐くんが同じ学校に来てくれたら……、私今度は絶対五十嵐くんにちゃんと気持ち伝えるんだって、決めてた。でも、まさか佐伯さんも同じ学校に来るなんて思ってなくて……。しかも同じクラスで、やっぱりテニス部で……」



 あぁあぁ……俺のシャツが吉川先輩の涙でグショグショだ。

 でも、なんだか自分を見ているようで……とても突き放せなかった。



「なんでこうなっちゃうんだろう……? 私、ずっと溜め込んでた気持ちが一気に爆発しちゃって……五十嵐くんに強引に付きまとう様になっちゃって……。結局今日のことだって私のせいだって、分かってるの……」


 なんだ、急に素直になって……。


「ごめんなさい……、五十嵐くんにこんな悲しい思いさせるつもりだったわけじゃないの……。ただ、デートの口実が欲しかっただけなのに……」


 一生懸命泣く事を堪えてるんだろうが、だんだんと声が漏れだしてくる。



 俺は、知らない間に長い事一目惚れしたはずの二つに髪を結わいて、膝を擦りむいた女の子にだいぶ悲しい思いをさせてしまっていたみたいだ。


 そう思ったら、急に胸が締め付けられた。



「ごめん……俺のほうが……吉川先輩にたくさん謝らなきゃいけない……」




 深呼吸した。

 今の俺の気持ちを誰かに説明しろって言われても、たぶん正確にはできないと思う。



 でも、ひとつだけ分かったんだ。


 二つに結わいた、俺が助けた女の子は、ずっと俺の心の中で、太陽みたいに凛とした輝きを放ってたんだって……。





「なんか、お腹すいたな! ご飯……食べますか!」




「……うん!!」

 頬に涙の跡が光ったまま、彼女は満面の笑みで頷いた。

 その笑顔は……確かに……間違いなく、ほっぺにキスをしてくれた女の子と同じだったんだ。



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