39 決意
玄関を入っていく陽菜を陰から見届けた後、俺も自分の家の玄関から帰宅した。
ぐっしょりと濡れてしまった服を急いで脱いで陽菜が先に風呂に入るのを待つ。
まだ俺が帰ってきてることを知らないだろうし、気を遣うこともないので、すぐに入りに行くだろう。
風呂だけは共有スペースなので仕方がない。
陽菜が出た後すぐに自分もシャワーを浴びようと、一階のダイニングで、風呂場の灯りが付くかどうかを見ていたが、一向に点る気配がない。
どうしたんだろう……?
流石に自分も池の水を全身かぶって、不快だったので、彼女に早く風呂に入るよう声をかけるか……と思った時だった。
二階の方からドスンと何かが落ちる大きな音がした。
俺は驚き慌てて二階に上がる。
辺りを見回しても、俺の家の方ではないようだった。
陽菜……??
心配になって、彼女の部屋をノックする。
「おい、陽菜?? 大丈夫か??」
大声で呼ぶが反応がない。
心配になって勢いよくドアを開ける。
「陽菜!!」
視界に飛び込んできたのは、彼女がごみ箱と共に倒れている姿だった。
きっと躓いたんだな……?
「……悠真……?? 何でここに……?」
ゆっくりと起き上がった陽菜の弱々しい目を見ると心配になる。
「おい、大丈夫か?」
具合の悪そうな彼女のおでこに手を当てると、少し熱っぽい。
「まだ風呂入ってないんだろ??」
俺の問いかけに静かに頷く。
「さすがに池に落ちてそのままじゃな……。 風呂ためてくるから、サクッと入って来いよ」
頬が赤くなってる……
熱が上がりそうな顔をしているな……
陽菜に自分の部屋からバスタオルを持ってきて陽菜にかける。
「……ごめんね……何から何まで、私悠真に迷惑ばっかりかけて……」
泣きそうな声で振り絞るように謝る陽菜。
「そんなの気にすんな」
彼女に何もしてやれないもどかしさに耐えきれず、俺は早足で風呂場に向かう。
簡単に浴槽を洗って、その間に自分もサッとシャワーを浴びた。
髪に絡んだ藻屑が落ちて流れていくところを見ると、長い陽菜の髪にもよっぽど絡んでいるだろうと思った。
今の彼女の心情とリンクさせたら、きっと心も体もボロボロになってるに違いない……と察する。
彼氏の目の前で彼女に別の男がキスしようとするなんて……冷静に考えればとんでもないことだ。
謝ったからといって許されることじゃない。
はぁ……
最低だな、俺。
「陽菜、準備できたぞ。立てるか?」
立ち上がろうとする彼女を支えながら階段を下りていく。
「……うん」
必要以上に言葉を発しない陽菜の姿を見ているとチクチクと心が痛んだ。
脱衣所まで彼女を送り届けると、俺は彼女の部屋を通過し自分の部屋へと戻る。
ふと陽菜の机の上に目をやると、見覚えのある女優さんの顔がプリントされている、使いかけの化粧品のサンプルが置いてあった。
「……これ……」
思わず手に取った。
その瞬間、彼女のぷっくりとした唇にキスしようとしたシーンがバッと目の前に出現して、頭の中を一気に埋め尽くす。
『どうしても悠真に見せたくて。だって可愛いいって言ってくれたでしょ? 私、凄く嬉しかったから……』
改めてその言葉の意味を考えて出したら、急に鼓動が早くなる。
彼女のことになると、コントロールの利かない自分の理性に恐怖を覚える。
深呼吸をして冷静になろうと、自分を言い聞かせてサンプルをそっと机に戻した。
陽菜の何気ない一言にこんなにも自分を見失ってしまう俺は、恥かしいけど本当に彼女しか見えないんだ。
自分の部屋に戻って、今日のことを振り返った。
どのシーンを振り返っても、そこには陽菜がいて……
泣いたり、笑ったり、いつも俺の心に命を吹き込んでくれていた。
どの陽菜も、宝物のように大切で、愛しくて……
結局、俺の毎日は陽菜に色を付けてもらっていたんだって、改めて気が付かされただけだった。
そして、陽菜はもう海斗の彼女なんだってことも、十分に思い知らされた。
「あぁ……どうするかな……俺……」
いっそのこと、自分の気持ちを素直に陽菜に吐き出してしまいたい。
陽菜は俺が『好きだ』って言ったらどんな顔をするだろう?
困惑するだろうか?
嫌がるだろうか?
どちらにしても、彼女に負担をかけてしまうことは間違いない。
そして、こうして築き上げてきた幼馴染の関係が全て崩れ去るかもしれない。
それでも……
伝えたいんだ。
このまま気持ちを伝えずに、陽菜と普通の毎日をとても送っていける自信がないんだ。
どうせ幼馴染の俺の元を離れて別の男の手に渡ってしまうなら……
陽菜に対する男としての自分の気持ちを、たとえ最初で最後になろうとも……




