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兄馬鹿勇者は妹魔王と静かに暮らしたい~シスコンは治す薬がありません~  作者: ユーリアル
第二章~魔王候補擁立編~
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077.舞い降りる影

 


「西は救援要請も無し……か。ダイヤ家の状況も不明……正気か?」


「わからん……かといってそちらに割く人員もなかなかな」


 パンサーケイブに戻った俺達を待っていたのは、ヴァズが一足先に受けた各地の情報だった。

 北は混乱の中でもスペード家を中心に魔族以外の何かと戦っているようであり、竜らしき巨体を見たという難民が何人もいる。


 どうやって一地方とはいえ、領土を維持しているのか気になるところだ。

 それだけの強者がいるのか、支えるだけの資源などがあるのか……。


 そして、例の海魔に襲われた西側は壊滅こそ免れたものの、大きな打撃を受けたはずだが、テイシアら西に近い街へと直接の支援や救援の要請は無いという。

 避難してくる人員は結構いるらしいが、元々魔族が北西部を中心に住んでいたことを考えると、これでもまだほとんどの魔族が西から北にかけて住んでいることになる。西側の領主の中でも有力なハート家がほぼ壊滅に陥ったらしいという話だけが不気味な存在感を放っている。


「最終的に俺達は戦うしかないのだろうか……」


「そうなりたくはない……ないが……」


 口ごもるヴァズ。俺もまた、わかってはいるのだ。

 これだという答えの無い問いであることは。それでも、考えないわけにはいかない。

 勝つだけなら、本当に勝つだけなら俺やカーラ等で相手の集まっている場所に威力ある攻撃を打ち込めば終わり。


 だけど、そういうことではない。


「そもそも、何故魔族至上主義を掲げていられるのか、を考えるべきか?」


 沈黙が部屋に満ちる。元々の魔王は明らかに共生、共存派だった。

 魔王がおり、その下に皆がいる、という方が正しいか。

 少なくとも、魔族と獣人、他の種族を区別なく、魔王は用いた。


 それは言い換えれば、自分以外は皆、価値の違いは無いと判断していたともいえる。

 魔族が自分たち以外を排除しようという気持ちは、まったくわからないわけじゃない。

 誰しも、生きていると自分たち以外をなんとなく区別するのだ。


 村の人間じゃない人間、街に住んでいない人間、戦えない人間、貴族じゃない人間、と言った感じに。

 極端なことでいえば、男女もそうだ。そこで獣人の皆のように、相手という物を受け入れられることができればいいのだが……。

 恐らくは、長年の生活の中で魔族はそのあたりを上手く乗り越えられなかった人が多いのだろう。


 それが駄目、とは誰にも言えないと思う。俺だって、色々と学ぶまでは偏見で世の中を見ていたし、わからないまま、力を振るっていた。


「何かきっかけがもっとあれば……な」


「きっかけか……ふむ」


 席を立ったヴァズが壁に貼られた地図の前に立ち、それを睨む。

 数日後には、パンサーケイブより北側、北西部を順番に開拓し、住む場所を増やす計画を立てているはずだ。

 今からその確認ということだろうか。


「これは、私の勝手な話なのだが……」


「今さらなんだ?」


 つつっと、地図の上を滑っていたヴァズの指が、止まる。

 そこは、パンサーケイブの北西。開拓予定の土地よりもさらに先。

 死の山を抱く、ダンドラン大陸の中でも一番住み着く魔物が凶悪と言われる土地。

 もしかしたら通れるかも、と思えるような谷間が1つ、ぽつんとある場所だ。

 俺は行ったことがないが、魔族に伝わる話では何十年かに1度、そこを無事に通り抜ける馬鹿の様な話があるらしい。


「実際に間引くかは別として、獣人と魔族、他の種族も合わせてこちらに近い場所に砦でも作れたら……それより手前の開拓がしやすいと思うのだ。

 それに加えて、外にも示すことが出来る。協力し合うからこそできるのだと」


「つまり、魔族だけでの砦は失敗してるんだな?」


 回りくどくヴァズが言うということはそれだけ厄介であり、戻りも大きいが、掛け金もでかいということだ。

 話としては、面白い。だけど、だ。


「ヴァズ、何を焦っている?」


「私が……?」


 そう、まだニュークだって復興が終わったばかり。それ以外の村や町も拡張の真っ最中だ。

 人手はあればあっただけ必要、という中で困難が予想される大事業にそれらを投入する予定は、恐らく……無い。

 それがわかっていないヴァズではないはずだ。


「そうか……そうだ、な。少し視野が狭くなっていたようだ」


「俺にとってのヴァズは、いつだって冷静で、的確に判断するいい男だよ」


 本心からそういって、軽く背中を叩いた。

 俺の事を知ってからも、こうして付きあえるというのはとてもうれしいことだ。

 あるいは、殺し合いだったのかもしれないんだからな。


「そういえば、イアが気になることを言っていたな。なんだか魔物の生活圏が変わったような気がする、と」


「生活圏が? ふむ……確かに、山にワイバーンらしき影を見たという話がある」


 ヴァズが指さすのは、パンサーケイブから5日ほどの場所にある小山。

 小山と言っても山脈と比べれば、だが。ワイバーンは竜種に近い、別種の生き物だ。

 中には色々なブレスもどきを吐く奴もいるというが……。

 ワイバーンがほんとにいるなら、すぐにこっちに到着できる距離になる。


「ワイバーンが住み着くには、やや低い気がするな?」


「やはり、そう思うか?」


 頷き返し、地図の示す場所を思い出してみる。

 特別低いわけではないが、ワイバーンが住むということを考えると低い。

 空を飛べることから考えても、住処とする土地は縦にも広い場所を好むと聞いている。


 だからこそ、人間の住む大陸ではワイバーンは半ば空想の魔物と思われていたほどだ。

 それだけ、適した山が少なかったのだ。ともあれ、今回の山もやや低い気はする……が。


「ヴァズ、俺には嫌な予感がするんだが」


「奇遇だな、私もだ。大陸中央の山脈に、何かいるのだと思うのだ」


 どちらかというと、めんどくさそうだなという感想からのつぶやきに、冷や汗をかいた状態でヴァズは座り直す。


「高位竜が複数、あるいは類似の状態だったとしたら、ワイバーンが逃げてくるのはわかる。あるいは他の魔物も」


「確かにあいつらは動物を食べなくても生きていけるが、食べないわけじゃない。

 カーラだってそうだ……頭があるやつやカンの良い奴は逃げてきても不思議じゃないか」


 なんとなく、腰の魔鉄剣に手を伸ばす。誰もいなければ聖剣で一刀両断もできるが、せっかくの機会であれば誰かと一緒に、が今後にはいいだろう。

 出来ればそんな状況には出会いたくないが、この大陸で生きていくということはそういうことだ。

 いつかどこかで、竜に出会う。


「ひとまず、少しだけど様子見に出てくる」


「頼めるか? 助かる」


 予想よりもっとこっちにワイバーンが来るようなことがあれば、畑作業のための開拓、開墾に被害が出るかもしれない。

 頷き、さっそく一人出かけるべくミィ達の元へ戻る。

 ミィはカーラと一緒に工房のお手伝いであるし、ルリアも冒険団の皆と一緒に特訓をするという。

 イアは見つからなかったので伝言だけして一人大地を駆ける。


「そのはずだったんだが、いつの間に?」


『いいじゃない。そんなことは。お兄様を一人にしちゃいけないってミィに言われただけよ、それだけ』


 道なき道を走る俺の上に、いつの間にかイアがいた。

 パンサーケイブから徒歩であれば5日ぐらい行った先でのことだ。

 奴らであれば、そう遠いとも感じないであろう距離の場所にいる。


 イアになおも問いただそうとした時、俺達は影の中にいた。膨れる気配。

 先ほどから近くにいたのはわかっていたが……。


『来たっ!』


 上を向けば、太陽を背に舞い降りてくる巨体。

 なるほど、そのぐらいの頭はあるか。


「だが、まだまだ!」


 爆発音すらまといながら、上空に風の魔法がさく裂する。

 久しぶりの強めの魔法のための祈りに、神様が喜んでいるのが伝わる。


 さあ、戦いを始めよう。




ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。

増えると次への意欲が倍プッシュです。


リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは

R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。

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