065.友情の隠し味、それは……
何日か振りに見たヴァズは、元々細かったか体が一層細くなった気がした。
痩せこけたというより、絞られた、という方が正しいか。かといって疲弊しているかというと、そうでもなさそうだ。
「どうした、寝てないのか?」
「ん? いや……考えることが多くてな」
気が付いたら日が暮れている、と苦笑気味に帰ってくる。
ヴァズは責任者の1人なのだから、健康的でいて貰わねばならない。
まあ、そんな相手に厄介事を持ってきたのは他でもない、俺自身なのだが。
「結論から言えば、俄かには信じがたいが……ラディのいうことだ、信用する」
「いいのか?」
思わず驚いた顔で問いかけるも、ヴァズはそのまま頷くのみ。
こちらに向けられる信用の重さを気にしながら、机の上にカヤック将軍にもらった巨大真珠を置く。
「真偽はともかく、それだけの物を渡して嘘でした、ということは無いと思っている。
問題はあくまで向こうからの連絡であり、襲撃を予測する物ではないということか」
窓から差し込む陽光に煌めくその球体を眺めつつ、いつも通り、冷静で真面目な顔でヴァズが呟く。俺も同じように真珠を見つめつつ、頷いた。
「準備さえ怠らなければすぐに壊滅ということは無いだろうけど……な。
伝令が行って帰って、の間に終わりそうだというのは間違いない」
そう、カーラのように地形を無視して飛べるような手段がない限り、海魔に襲われている、という情報が周囲に伝わる頃には襲撃は終わっていると思うべきだ。
ではどうするかと言えば……囮を出すしかない。
「パンサーケイブは内地の街だ。となれば母上にも頼むしかあるまい。
ちょうどいい。このあたりは静かになってしまった。どうも北の連中はあれから動けていないようだ」
例の5人の使者もあれから音沙汰がないそうだ。
隙を伺っているのか、あるいは……。
「北で見つかったという髑髏杖の話は本当なのかもしれん。難民の話も少しずつ変わっているのだ。
追い出された、から内乱のように小競り合いがひどくて恐ろしい、と言ったような内容にな。これも作戦なのかもしれないが」
その言葉に俺は呻くしかない。なんとも、厄介なことだ。
こちらは疑い出したらキリがないわけであるからして……。
出来ることをするしかないのも確かだろう。
「ひとまずはヴィレルへの相談ぐらいか」
「そうだな、どう動くにしても母上の意志を確認せねば」
そうして、俺達は久しぶりにヴィレルに会うべく、フロルへと向かうことになる。
ヴァズが不在の間の引継ぎを済ませ、旅支度をして街を出る。
ミィ達はカーラに乗ってもらい、俺とヴァズは……そのまま走った。実際、その方が早いんだよな。
季節の都合上、強くて冷たい風が吹き付けてくるが外に少しずつ熱を出しているカーラは暖房同然だろうからミィたちが風邪を引くということはなさそうだ。
問題は俺とヴァズだが、彼もまたしっかりと前を向いて走っている。
(思ったより早いかもな……)
そんな考えの通りに、行きの半分ほどの行程でフロルが見えてくる。
カーラの事を知っている人も多いだろうけれど、知らない人もいるだろうということで少し手前で一時休止となる。
確か、強力な竜は自分の大きさをある程度操作する術も覚える時があるというけど……。
カーラがいつ覚えられるかは不明なままだ。
『このまま歩いて行った方が良いんじゃないかしら』
「……のっしのっしと、迫力満点」
フロルへはヴァズが走るというのでそちらは任せ、俺達はカーラをねぎらうように布で体を拭いてやる。
汚れがという訳でもないけど、こういうのは気持ちが大事だ。
首や耳の後ろなんかを拭いてやると喜ぶのが良くわかる。
イアの言うように、もう一度飛ぶよりは歩いて行った方がよさそうだ。
妹3人を首裏に乗せ、足元には俺、という形でのんびりと進む。
そうしてる間に街からはヴァズが戻ってきた。
「ああ、ちょうどいい。そのまま進んでくれ」
「なんだ、行進でもしたらいいのか?」
からかい気味にそう言ってみると、ヴァズには真顔で頷かれてしまった。
それが希望ならそれでいいのだが……ミィ達はどちらかというと乗り気で、どこかでブレスを使った方が良い?といった提案を却下するのが大変だった。
ブレスは目立つだろうけど、やめておいた方がよさそうである。
街に近づくと、街道沿いにまで人々が出てきているのがわかる。
見慣れているはずの人もいるようだけど、仕方のない事だろうなと思う。
一般的には、火竜というより竜種は畏怖そのものなのだ。一流の戦士を集め、被害を覚悟してようやく撃退、そういった物だ。
それがいうことを聞き、一緒に過ごせるような我慢もする火竜。
そんなものは、ありえないというのが普通だろう。
カーラと俺達を見る人々の表情は大体は驚きと恐怖であり、それがいつしか興奮の表情に変わる。
つまりは、ヴィレルの考えは火竜すら共存の枠に収める偉大な物なのだ、といった空気が満ちていくわけだ。
まあ、子供の中にはどうしても泣いてしまう子もいるようだけど。
確かにさ、カーラは顔が何も知らないと怖いよな、竜だし。
『グル……』
「落ち込むなよ、それだけ強そうってことなんだからさ」
うなだれるように首を下げる彼女の首なのか肩なのかはわからない場所を慰めにぽんぽんと叩いてやる。
今の言葉の何が気に入ったのかはわからないけど、その後のカーラは胸を張るようにきりっとした姿勢で歩き、そのまま領主の館へとたどり着く。
カーラは窓からのぞき込むような形で、俺達はいつか出会った時のように大部屋でヴィレルと相対することになる。
「しばらく見ない間に立派な火竜になってまあ……味方と思わねば恐ろしくてここにいるのも怖いほどだな」
椅子の上でおどけたように肩をすくめるヴィレル。身につけた装備はどこか真新しい。
恐らくはパンサーケイブの職人に作らせた特注品であろう。
贅沢な、とは思わない。組織の頂点が下手な格好をしていては舐められる、というのもあるし、現状だと戦力は多い方が良い。
正確には、強い戦力は数があったほうが、ということだ。
魔豹と呼ばれたヴィレルの戦力が向上するというのはとても良いことだ。
その力を帯びた手で、大きな真珠を転がしながら眺めるヴィレル。
「どう転んでも他人事ではすむまい。我々も警戒を強めよう。特に新設の村ではな……退避の訓練でもせねばいかんか」
「塩と海産物の確保は順調ということに?」
海岸そばに村を1つ作った、とは聞いている。そこでやることと言ったらこの2つであろう。
「今のところは、な。さて……私は明日にでも魔王の後継者に名乗りを上げようと思う」
さらりと、大きな衝撃を場にばらまくヴィレル。
俺だけでなく、ヴァズやイアらも鋭い視線を彼女に向けるほどだ。
「勿論、理念は今と同様。共存を目指すというよりも、魔王様の残した言葉を守ってこそ魔族は生き残れるという趣旨になるな」
「となると他の土地、他の家とはどうしてもぶつかるということだが……」
念のためにと俺は敢えてその言葉を口にした。そう、魔族至上主義の他の地域とはどうしても考えがぶつかる。どうなるのかは言うまでもなく、争いになる。
「出来れば同族で争いたくはないが、そうせざるを得ない状況でもある。
出来ればラディ、力を貸してほしいのだが……どうだろうか」
確かに、対話で片付くのはなかなかないことだ。だからこそ、時に武力での争いがあるわけだが……。
ここで俺が断っても2人は強くは引き留めないだろうと思う。
あくまでも自分は一般の魔族であり、統治者ではないからだ。
しかし、今の俺にその選択は取れない。かといって、このままでどこまでやれるだろうか?
力を隠したまま、期待だけをさせるのもどうなのだろうか。
(ここら辺が限界だろう)
このまま、色々と隠したまま争いに身を投じるのは問題が多すぎる気がした。
ちらりとイア、そしてミィにルリアを見ると、3人が3人とも、こちらに真剣な瞳で頷いてきた。
覚悟が決まっていないのはどうやら俺だけだったらしい。
妹達に情けない姿を見せるわけにもいかないだろう。
「ヴィレル、ヴァズ。確認したいことがある。聞いてくれるだろうか?」
そうして、俺の告白のための問いかけが始まる。
いつこの話を入れるか悩んでましたが、
どこかでこなさないとのんびりいけないので
この章前半は重めです。
ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。
増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。




